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第四十八章「静かな場所にて」


九月も深まり、朝夕の涼しさが少しずつ秋の気配を濃くしていた。

田村は実家の小さな畑で、母とともに野菜の世話をしていた。


「ここはな、茄子とネギを植えとるんよ」

母が穏やかな声で語りかける。


田村は土の感触を確かめながら、小さなノートに日々の記録を書きつけていた。

「今日の空は青くて、風は少し涼しかった」

そうした些細なことを綴ることが、今の彼にとって大切な日課になっていた。


ある日、藤枝からの手紙が届いた。

「お前のこと、いつも思っている」そんな短い文面に、田村は胸が熱くなった。


同様に、西谷や藤巻、大西もそれぞれの地で新たな一歩を踏み出している様子が伝わってきた。


夕暮れ時、縁側で蚊取り線香の煙を見つめながら、田村は静かに微笑んだ。

この穏やかな日々こそ、自分が求めていたものだと、ようやく実感できたのだ。


日記の最後の一行にこう書き添えた。


「闘わなくていいと、やっと思えた。

真実を突きつけなくても、生きていていい。

自分を保って、誰かの声を聞ける。

そういう人間になれたらいい」


庭の隅で、かつて飼っていたポメラニアンのモモの写真に水をかける。

「もう十分だよ」とだけ呟き、空を見上げた


エピローグ



西谷

大型下水処理施設の現場主任として再び職務を全うする西谷は、現場の指揮を執ることで自分の居場所を取り戻そうとしている。しかし、その心の奥底では、かつての職場で起こった難波江との激しい衝突や、田村との関係のもつれがくすぶり続ける。時折、無意識に指示を強く出しすぎてしまい、若手職員に距離を置かれることもあった。彼はそれを痛感し、昔の自分のままではいけないと自戒するが、変わることの難しさに葛藤している。夜になると、薄暗いアパートの窓辺から見える街の灯りに目を落とし、孤独を噛み締める。


藤枝健司

長野の山あいで静かな生活を送る藤枝は、自然の中で心の平穏を得ている。しかし、ふとした時にかつての騒動や職場のトラブルが頭をよぎり、胸が締め付けられる。田村からの手紙は彼にとって唯一の救いだが、彼自身も「本当にこれで良かったのか」と自問自答する日々が続く。地域住民との穏やかな交流の裏で、内面にはまだ解決しきれていない心の傷が残る。


藤巻隆史

職務と自分の将来への不安に押しつぶされそうだ。イケメンとして周囲の期待も大きく、自分の本音を見せることができずにいる。田村に対しては尊敬と羨望が入り混じり、時折自己嫌悪に陥ることも。夜遅くまで資料を読み込み、知識を増やそうとするが、心の中の焦りや孤独感が消えることはない。


大西健

関西弁で明るく元気な大西は、家族を支えるために必死で働いている。しかし、職場の過去の事件を笑い話に変えることで自分の不安を隠し、時折感情が溢れそうになることもある。彼は田村たちへの思いと、家庭の責任感の狭間で揺れ動きながら、真の安らぎを求めている。


難波江(退職者)

退職し実家に戻った難波江は、かつての激しい自己主張とトラブルの記憶に苛まれている。親族の政治家の力を借りて談合問題の調査に関わるが、その行動は孤独だ。自身の過去の失敗と向き合い、再起を目指しながらも、時に自暴自棄になりかける。彼の心にはまだ燃えるような情熱が残っているが、それが同時に彼を苦しめている。


副所長・佐野

表面上は落ち着きを装う副所長だが、内心は恐怖と猜疑心に揺れている。過去の不正がいつか暴かれるのではないかという不安に囚われ、職場での振る舞いはどこかぎこちない。将来の展望が描けず、孤独な夜をスマホを握りしめながら過ごす。自分の行いを悔やみつつも、どうしようもない運命を嘆く。


所長・山村

解任されて故郷の農村で過ごす山村は、失意の中で孤独と向き合っている。地域の人々の冷たい視線に耐えながら、過去の過ちを反省し続ける日々だ。畑仕事の手を休めて空を見上げると、冷たい風が頬を撫でる。心の中にはまだ希望の光があるが、それは細く頼りない。彼は自分の存在意義を見つけようと必死に模索している。

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