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第四十四章「裏切りの影」


鶴士山市の春は、例年よりも肌寒く、冷たい風が街を吹き抜けていた。田村誠は、小さな市役所の一室で、ぼんやりと書類の文字を見つめていた。しかし、その視線の先には何も映っていないようだった。


数か月前、難波江欣一という政治家との出会いが、彼の人生を大きく揺さぶった。欣一はかつて、田村の最大の支援者であり、行政の闇に斬り込むための強力な味方だった。しかし、田村が知らなかったのは、その裏に潜む「裏切り」の影だった。


ある日、田村は携帯電話の画面に表示された匿名のメールを見つけた。そこには、難波江欣一が大手企業から多額の献金を受け取り、その見返りとして調査の範囲を制限しているという告発が記されていた。田村の胸は鋭く刺され、彼の心は凍りついた。


震える手で資料を手に取ると、そこには献金の証拠となる領収書、秘密裏に行われた接待の写真、秘匿されたメールのやりとりが並んでいた。彼は呟いた。「こんなことが……」


田村は迷いながらも決断した。真実を隠し通す者たちに、再び立ち向かうことを。しかし、それは同時に彼自身の孤独と絶望の始まりでもあった。


彼は少しずつ周囲に事実を伝え始めたが、かつての同志たちもまた、政治と企業の強大な力に押され、身動きが取れなくなっていた。


「俺は、何を信じていいのかわからなくなった」田村は呟いた。信じた人間が利用され、自らの信念すら揺らぎ始めていた。


そんな時、旧友の藤枝から電話が鳴った。「田村、お前、まだ戦う気あるんか?」


田村は静かに答えた。


「……やるしかない」


彼はもう後戻りできなかった。政治の闇は深く、出口は見えない。しかし、彼は自身の正義を胸に、孤独な戦いの道を歩み始めた。



田村誠は、古びた市役所の応接室のドアの前で、重い呼吸を整えた。

目の前に座っている男は、かつて彼の告発活動を支援してくれた難波江欣一。


だが、その表情には以前の温かみはなく、冷たい影が差していた。


「欣一さん……」

田村は声を震わせた。

「どうして、こんなことに……」


欣一は一瞬、目を伏せた。

「田村君、話すべき時が来たと思う」


「君は、企業から献金を受けている」

田村の声は小さいが、怒りと失望が混じっていた。


欣一は静かに頷いた。

「確かに、そうだ」


「なぜだ……なぜ裏切ったんだ」

田村の目に涙が浮かんだ。


欣一は苦渋の表情で答えた。

「政治は理想だけでは動かない。現実はもっと複雑なんだよ」


「俺は信じていた。君の言葉を、行動を」

田村は拳を握りしめる。


欣一はため息をついた。

「君の情熱は痛いほど分かる。だが、この国の行政も政治も、金と権力の絡み合いの中で動いている」


「君は戦いすぎた。だが、俺は守らなければならないものもあった」


田村は震えた声で言った。

「守るべきは、現場で汗を流す俺たちじゃないのか」


欣一は視線を逸らしながらも続ける。

「企業の献金は、地域経済のための投資だ。彼らがいなければ、多くの人が職を失う」


「それは……言い訳だ」

田村は首を振った。


沈黙が続く。


「お前にはまだ若すぎたんだよ、田村君」

欣一の声はどこか寂しげだった。


「だが、この道を歩むなら、もっと多くのことを飲み込まなければならない」


田村は立ち上がり、部屋の窓から外を見る。

曇った空が重たく垂れ込めている。


「お前は俺の希望だった」

欣一は続けた。

「だが、希望は時に裏切りを生む。それが政治というものだ」


田村は拳を握り直し、決意を込めて言った。

「裏切られても、俺は倒れない。真実を伝えるために、最後まで戦う」


欣一の顔に僅かな動揺が走ったが、すぐに冷静さを取り戻した。


「覚悟はいいか、田村君」

「ええ、俺はもう引き返せない」


会話は続くが、二人の間には戻れない溝が広がっていた――


田村は応接室を出て廊下を歩く足取りが重かった。

欣一との会話は、彼の胸に深い闇を落とした。


「政治は理想だけじゃ動かん」

その言葉が何度も脳裏に響く。


だが、彼の中で燃え続ける炎は消えなかった。

「現場で汗を流す仲間たちのために、俺は戦い続ける」


帰宅した田村は、妻も家族もいない自室で一人、書類の山に目を落とした。

そこには、旧職場のデータ、現場の声、そして告発の記録。


彼の孤独な戦いは、ここから本格的に始まった。


数日後、田村は旧友の藤枝と電話で話した。


「田村、お前、大丈夫か?」

藤枝の声には心配が滲んでいた。


「正直、キツイ。でも、負けられん」

田村は吐き捨てるように言った。


「俺らも全国で頑張っとる。お前も負けんなよ」

藤枝の声に励まされ、田村は再び拳を握った。


市役所の上層部は田村の動きを警戒し、徐々に孤立させていく。

同僚の一部は口を閉ざし、田村を遠ざけた。


「正義感は時に組織を壊す」

デスクに残されたそのメモが、彼の胸に冷たく刺さった。


だが、田村は負けなかった。

自らの正義を胸に、彼は孤独な戦いを続けた。


こうして、田村の人生はかつてないほどに厳しい局面を迎える。

だが、彼の闘志はまだ消えていなかった。

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