第二十章 公園の異常事態
その日の仕事は、普段ならばあまり気にすることのない流量計の点検作業だった。しかし、田村と大西にとって、これはただの仕事というよりも、ちょっとした冒険のようなものだった。流量計の設置場所はし尿処理施設の外、しかも公園の近くにあった。静かな公園は、平和な昼下がりを迎えており、ただ流れる風の音と、小さな鳥のさえずりが心地よい。
「ほら、ここだ」と田村が指差す。
「おお、ここか。めっちゃ風通しが良さそうやな、まるで避暑地やん」と大西が手を広げて、まるで休憩しに来たかのような態度で言った。
公園の中央にある流量計を点検するために、ふたりは道を歩きながら、周囲の景色を楽しんでいた。しかし、次第に公園の中に不穏な空気が流れ込んでくる。遠くのトイレの前に、ひとりの年老いた男性が立っていた。
「何だ、あのおじいさん?」と田村が不審に思って振り返った。
大西も、その男性を目にして一瞬止まる。「ん? あれ、ちょっとおかしいぞ……」
男性は、公園のトイレが壊れているのを見て、近くの木の陰で何かをしようとしていた。田村はその姿勢に気づき、眉をひそめた。
「……まさか、あれって……」
その時、大西が突然大声を上げた。
「うわっ! あの、おっさん、ケツから黒い尻尾が生えとる!!」
田村は驚いて足を止め、大西を見た。「えっ、尻尾? 何言ってんだ、まさか……」
大西は腰を抜かしたように立ちすくみ、顔が真っ青になっている。「いや、マジで! あのおじいさん、ケツから何か生えてるんやけど! ほんまに! あれ絶対尻尾やろ!」
田村は何も言えず、ただその場で立ち尽くした。男性は今、明らかに不自然な姿勢で排泄しており、まるで一部の体が異常をきたしているかのように見えた。黒い物体が見え、まさに尻尾のように見えたのだ。
「これ、どうすんだよ……」田村は顔を背けるが、状況にどう対処すべきか全く分からない。だが、大西はその場でふざけたように声を上げた。
「ちょっと、あの尻尾、ヤバないか? とりあえず、誰かに言おうぜ。ケツから生えた黒い尻尾って、普通見んやろ!」
「お前、真面目に見ろって」と田村が慌てて大西に言った。
すると、大西は顔をゆがめて大きく息を吐き、再度その男性を見た。「うーん、いや、マジでこれ見てると笑ってまうけどな。誰か通報したほうがええんちゃう?」
田村は、思わずため息をついた。こんな状況をどうするべきか判断もつかない。周囲に注意を払いながら、田村は言った。
「大西、警察でも呼んだほうがいいんじゃないか。俺たちがどうこうする問題じゃない」
しかし、大西は頷くものの、顔にはまだ笑いが浮かんでいた。「うーん、まあ、でももしあれが本当に尻尾なら、ちょっと面白いかもなぁ。あのおじいさん、実は異世界から来たのかもしれんし」
「異世界から来たって、どういうことだよ」と田村は呆れた。
結局、大西がふざけている間に、近くの住人が通りかかり、男性に声をかけて事態が収束した。だが、後で知ったことだが、その男性はトイレの壊れた便器に困り果て、非常に奇妙な体勢で用を足していたという。その「黒い尻尾」は、どうやら単なる排泄物だったようで、恐らく彼自身がそれに驚いていたのだろう。
「まぁ、でも、ちょっとは面白かったやろ?」と大西が田村に向かって言った。
田村は呆れ顔で答えた。「お前、もうちょっと真面目にしろよ。こんなときにふざけてる場合じゃない」
それでも、大西の笑顔は消えることはなかった。彼の軽妙さが、どこか職場の重たい雰囲気を和らげていたのかもしれない。しかし、田村はふと思った。この先、彼がどれだけ場を盛り上げる役割を果たしても、施設で起こる小さな異常事態には適切に対応しなくてはならないと。