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少女はそして逃げ出した。

見切り発車でスタートします!

初っ端悲惨です!ご注意ください!!

「なんてかわいらしいんだ」


触れた手がむやみに汗ばんでいて、それがとても気持ち悪かった。


「ああ、夢のようだ……」


そういって、うっとりと、普段だったらとても素敵な声だと思っていた声が、気味の悪い欲にまみれながら言うのが、耐えられなかった。


「この日をどんなに……」


そんなことを言うのが聞こえて、モヴは耐えきれず、大きく悲鳴を上げて、むやみやたらに腕を振り回し、足を振り回し、それはたしかに、どこかに、いいや、誰かにぶつかったのだ。

のしかかってくる体重が、うめいて下がる。それしか逃げ出すことのできる可能性はない。モヴはそれまで経験したことのない様な必死さで、のしかかっていた相手の下から這い出して、耐えきれない吐き気にえずきながら、とる物もとらずに、外に向かって走り出した。


「モヴ!! 外に行ってはいけない!!」


のしかかってきた男がそう怒鳴ってくる。これまでのモヴならば、その言葉を素直に聞いただろう。

だが今はもう、その男を信じることなどできなくて、モヴはこれまで彼をとても頼りにして、信じていた自分が情けなくて、悔しくて、涙をぼろぼろとこぼしながら、あれた道を裸足で走り続けていたのだった。





これまで、モヴは襲ってきた男……フォスの屋敷で、何一つ不自由のないだろう生活を送っていた。

外から聞こえる罵声におびえることも無かったし、毎日の食事に事欠いたこともなく、女性のたしなみだという勉強を教えてもらい、お姫様のように幸せに扱ってもらっていたのだ。

それもこれも、祖母とフォスが、祖母が亡くなった際にはモヴを

「月の満ちた頃になりましたら、必ず数に数えてくださいませ」

とフォスと約束したからで、モヴはまだそれらの言う意味が良くわからなかったが、フォスがそれは麗しい笑顔で


「おばあさまが、私に君を任せてくださったのですよ」


そう言ったので、それを信じたのだ。聡明で先がよく見えていた祖母が、フォスに自分のことを預けたのだろうと、そう信じたのだ。ほかにそれらのことに対して、何か教えてくれる人がいなかったから、余計にそう思ったのだ。

フォスの屋敷に預けられてもう、四年以上の歳月が流れ、モヴは今年で十五になった。女性ならば法的に結婚が許される年齢だ。

貴族女性の多くは、この年齢の前に婚約者が決まるし、結婚する人もそれなりの数なのだ。

もうそんな年齢になるのか、と感慨深く思っていたモヴだが、フォスがそれはそれは大切にしていると噂の奥方が、出産の際にはかなくなって、喪に服している間は、フォスのお屋敷で、彼の心の傷が癒えますように、と祈っていた。フォスの奥方は、妊娠して里帰り出産をしていたそうなのだ。奥方の名前はアルテア。ひときわ際立った美女だと、モヴは身の回りの世話をしてくれる女性達から、教えられていた。

屋敷はモヴの想像がつかないほど広かったので、モヴがアルテアと面識がないのも仕方の無いことだった。アルテアにとっては、夫が知り合いから預かったらしい小娘など、歯牙にも掛けぬ存在だっただろう。

そんなアルテアが亡くなって、喪が明けてすぐに、モヴは十五歳の誕生日を迎えた。

フォスはそれをことのほか喜び、十五歳の誕生日は特別な誕生日だと繰り返した。

たしかに結婚の許されるようになる年齢は、女性にとって特別な年齢に違いないと、モヴはその言葉の裏に隠された欲望など、気付くことも無かった。

そして、いつものように寝る前に、フォスが寝台の脇に座ってくれて、お話をしていたその時に。





モヴは、フォスに襲われて、必死に抵抗して、今、逃げ出しているのだ。





行く当てなんてどこにも無かった。母もいないし、祖母もいないし、父の屋敷なんてどこにあるのか全くわからない。

モヴはぼろぼろと泣きじゃくりながら、とにかくどこをどう走ればいいのかわからないまま、裸足で、ほぼ肌着姿で走っていた。寝間着の状態で手を出されたので、今が肌着なのは仕方の無いことだった。


「うえっ、ひぅく、うっ、うええ」


モヴは泣いていた。だって何が起きているのかわからなかったのだ。だが何が起きているのか気付いたその時に、それまで頼もしい兄や父のように思っていた、美しいフォスの顔が、汚く醜悪な怪物にしか見えなくなり、触れてくる手も、かかる息も、何もかもが気持ち悪くて、助けてと叫んでも誰も助けてくれなくて、やめてと必死になっても笑われて


「こういう男女のことには疎いですね、そこもかわいらしい」


などとわけのわからないことを言われて、頭の中はめちゃくちゃで、モヴにはとにかく、泣きながら逃げる以外に、出来ることなど無かったのだ。


「っ、う、ううう」


涙がぼたぼたと転がっていく。そしている間に、一体どこまでたどり着いたのだろうか、彼女が近寄ることもないだろう、都の右側の地域にまで逃げてきてしまっていたようだった。

嗅いだことのないきつい匂いがして、モヴは咳き込んだ。咳き込んでいたし、前もきちんと見ていなかったモヴは、盛大に転んだ。

転んで、泥だまりに全身からつっこんだだけで、モヴの不運は終わらなかった。


「いまだ!」


という子供のような声が聞こえたと思ったら、抵抗する時間も無く、モヴは着ていた上等の肌着を剥ぎ取られて、情けのようにぼろぼろの服を一枚だけ放られて、そこにうち捨てられることになっていたのだった。


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