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【短編】【挿絵あり】ヒトツメの恋〜私が恋した妖の話〜【なろう限定】

掲載日:2024/03/13

挿絵(By みてみん)




 村の近く、山を登った者はヒトツメの悪魔に襲われる。

 

 襲われたものは瞳を奪われる。

 

 女子供、誰彼構わず襲われる。

 

 12月8日、2月8日には山からヒトツメの悪魔が降りてくる。その日は誰も村の外に出ては行けない。

 

 ヒトツメを見た者は誰1人生きては帰れない。

 

 ーーーーーーー。

 

 これは私の村に伝わるヒトツメの噂だ。

 

 山には危険がある。早く帰らなければならないと、よくおばあちゃんに言われたものだ。

 

 要は子供を危険な目に遭わせないための噂といったところだろうか。

 

 時代錯誤もいい所だ。未だにこの村にはそういった古臭い伝承や風習が残っている。

 

 女性の立場は低いし、和服が主流だ。

 

 ほとんど自給自足に近い生活で、村の子供たちや家業を継ぐものは激減。

 

 村に嫌気をさして出ていく人も大勢いる。

 

 ーーーーーー。

 

 「おばあちゃん、また子供たちが山に行ってしまって。すこし探してくるよ。」

 

 襖を開けて、奥の部屋。薄暗い和室に年季の入った座布団に正座する老婆。

 

 私の祖母だ。紫色の上等な衣と黒の和服が印象的だ。

 

 瞳を閉じて柔らかい表情を浮かべている。だが、私の言葉に対して発せられる声は低く厳格なものであった。

 

 「遅くにはならんようにな。」

 

 「うん、夜ご飯には間に合わせるよ。」

 

 「そうではない。山には妖が出る。」

 

 「……はいはい。じゃあ行ってきますね。」

 

 「うむ。気をつけるように。」

 

 「はーい、行ってきます。」

 

 私は慣れたように促すと、おばあちゃんに微笑んでみせる。

 

 もう子供では無いのに心配性だ。

 

 両親は早くに他界して、おばあちゃんとの二人暮し。

 

 村を出てもいい、早く結婚しろ、醜女なんだからいい男を見つけろ、なんて平気で言ってくる。

 

 時代に取り残されていく村。

 

 家に一人残るおばあちゃん。

 

 私は村を出ることを決断できなかった。

 

 そんなことを思いつつ、晴れた空の元私は家を後にした。

 

 ーーーーーーー。

 

 山に入って1時間は経過しただろうか。道なりに歩いてきたが、子供たちの姿はない。

 

 木々の中を心地よい風が通り抜けていく。

 

 だが、足取りは次第に重たいものへと変わっていっていた。

 

 「はぁ、和服動きづらいな。都会の女の子みたいな服装したい。」

 

 私は桃色の和服を恨めしく睨みながら、山を登っていく。

 

 だんだんと息も上がってきて、すこし辛くなってきた。

 

 晴れていた空も木々に囲まれてあまりよく見えない。

 

 

 

 子供たちはいつも『こんな村嫌だ!山を越え都会に行くんだ!』と飛び出していく。

 

 子供が山を越えるのは中々難しい。

 

 かくいう私も経験者だ。何度も村を飛び出しては大人に見つかり帰ってきた。

 

 足を滑らせて死にかけたこともある。

 

 周りの同年代も成人してすぐに村を出た。

 

 きっと山なんて越えないで外には出られる。

 

 私はそれを知ってしまった時きっと外に出てしまう。

 

 だから、きっと外に出る方法を探さなかった。

 

 村から出たいんじゃない。

 

 変わっていって欲しかったんだ。素敵な村にずっといたい。そのために時代に取り残されぬよう変えたかったんだ。

 

 今ならそう思える。

 

 きっと、みんなだってそうだ。

 

 そのために外に出たんだと思う。

 

 ーーーーー。

 

 さらに探すこと一時間。

 

 昼はとうに過ぎているだろう。

 

 雲行きが怪しくなってきたのを感じる。

 

 辺りには霧も立ち込めて視界はあまり良くない。

 

 何よりも雲の影りで、一段と暗くなっていく。

 

 「早く見つけて帰らないと……!」

 

 私は焦る気持ちで足取りを進める。

 

 大声で子供たちの名前を呼びながら、探し続ける。

 

 しかし返ってくる言葉はない。

 

 次第に雨が降り出し、足元がぬかるんできた。

 

 ザーッと言う雨音、濡れていく服。

 

 あっという間に土砂降りだ。

 

 奪われていく体力。

 

 「これは……帰った方がいいね」

 

 雨は止む気配はなく、私は一度帰宅することを決めた。

 

 「入れ違ったのかもしれない。」

 

 子供たちは独特なルートで山を登る。きっと、どこかで行き違いが起きたんだと言い聞かせた。

 

 ーーーーーー。

 

 刹那、戻ろうとした足はぬかるんだ足場によってツルンと滑る。

 

 「えっ!?」

 

 驚く声と共に予期せぬ方向へと体が回転していく。

 

 「わっ!?ちょっ!!!!」

 

 手をつくまもなく私はそのまま山を転がって行った。

 

 体に衝撃が走り、私はそのまま意識を失った。

 

 ーーーーーーー。

 

 気がつくとあたりは暗く、外の雨音だけが耳に聞こえてくる。

 

 どれぐらい経ったのだろうか。

 

 意識が覚醒し、ようやく自分の状況を理解していく。

 

 どうやら、足を滑らせちょうど雨に当たらない場所に入ったようだ。

 

 まるで異世界に来てしまったようなそんな空気感だ。

 

 「どこだろう……ここ。」

 

 自分の居場所が分からない。方向もまるで分からない。

 

 意識がどれだけ失っていたのかも分からず、時間の感覚がない。

 

 体に力が入らず、体の至る所に傷を負っていることに気がつく。

 

 とても危険な状況であることだけが理解出来て、焦燥感に襲われる。

 

 幸い雨は凌げているが、時間の問題だろう。

 

 「寒い……」

 

 雨で体温がかなり下がっている。

 

 外の雨は激しさを増していく一方でこの寒さ。

 

 下手したら死んでしまうかもしれない状況だ。

 

 「……子供じゃないんだからって……はは、まだまだ子供ね。」

 

 すっかり大人になった気でいたが、これでは子供たちに笑われてしまう。

 

 わたしは自嘲気味に笑って見せて、自分の不甲斐ない姿に悲しくなってくる。

 

 わたしはどうすることも出来ず顔を膝に埋めた。

 

 なんだか、頭がぼーっとしてどうするべきか考えるのが難しい。

 

 このまま、私は死んでしまうのだろうか。

 

 次第に私の意識は沈んでいく。

 

 どうやら体力も底をついたようだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「……なんだ、人か。」

 

 ふと、見知らぬ声がして顔を上げる。

 

 誰の気配もしなかった。

 

 それなのに目の前に青年が立っていた。

 

 「……え?」

 

 人なんてこんなところにいるはずは無い。

 

 なんでこんなところに人が?という疑問符で漏れる声。

 

 朦朧としながらも何とか思考を加速させていく。

 

 目の前の青年に視線を落とすと、傘帽子と長い灰色の前髪、隠れた左目と美しい右目に目がいった。それに服装を見るとなんとも珍妙だ。ポロボロな布切れを上から羽織り、中からは見たことない文字が刻まれた白の衣をまとっていた。

 

 だが、それ以上に傘帽子から見える黒い瞳に釘付けとなる。

 

 「……綺麗な瞳……」

 

 私は魅入られるようにその青年に手を伸ばしていた。

 

 青年はわたしの手をそのまま取ると、真剣な眼差しを向けてくれる。

 

 「……冷えている。火を起こそう、少し待って。いや、手当が先?」

 

 「……あなたは……?」

 

 「きにしなくていい、雨を凌ごうと立ち寄った。」

 

 「そう……なんだ…」

 

 私は朦朧とする意識の中、夢なのか現実なのか分からずになぜだか安心して目を閉じた。

 

 ーーーーーー。

 

 目を覚ますと、目の前には見知らぬ天井が広がっている。

 

 「いっつ!!?」

 

 体を起き上がらせようとすると、全身に激痛が走る。

 

 「……起きたか。ゆっくり体を起こすといい。」

 

 ボソボソと見知らぬ青年が語ってくれる。

 

 先程の傘帽子の青年だろうか。ベッドから少し離れた扉から現れた青年に視線が向く。

 

 帽子はしていないが、長い灰色の前髪と美しい右目をみて同一人物であると理解する。

 

 「助けてくれたの……?」

 

 「ああ、外より家の方が安全。もう少しで、雨止む。少し、雨宿りをするといい。」

 

 よく見ると青年は右手にマグカップを持っており、私にそれを手渡してくれる。

 

 「熱いから。気をつけろ。」

 

 マグカップを受け取ると確かに熱い。

 

 だがそれよりもあまいココアの香りが気持ちを落ち着かせてくれる。

 

 わたしはふぅーと息をふきかけながらココアを頂いた。

 

 「あったかあい。」

 

 私は自然と笑みが零れていることに気がつく。冷えきった体が温まっていくのを感じる。

 

 「……よかった。」

 

 青年はボソッと言うと少しばかり微笑んでくれる。

 

 なんて寂しそうに笑う人なのだろう。

 

 なぜだかその表情に瞳が釘付けとなる。

 

 「……どうした?」

 

 ずっと見つめていると、元の顔に戻ってしまう。

 

 「ああっ!ええっと!!」

 

 私は赤面し慌てて話題を探す。

 

 こんなこと初めてで、なんだか緊張してしまう。

 

 成人の男性と話すなんて何年ぶりだろうか。なんだか今更ドキドキしてしまう。

 

 「あ、ありがとうございます」

 「……おかわり、あるよ」

 「あ!えっと!助けて頂いて!」

 「ああ、気にしなくていい。」

 

 「私、さっきぼーっとしてて!!足滑らしちゃって!馬鹿ですよね!子供探してに来て怪我しちゃって、遭難して!あははは!」

 

 自嘲気味にまくし立てるように、話す。

 

 別にそんなこと話さなくてもいいのに、何を話したらいいかわからず言葉が止まらない。

 

 「……子供たち無事。安心していい。」

 「……えっ」

 

 さも当然かのように壁際にもたれ、腕組みをしながら言ってみせる。まるで確信しているかのようだ。

 

 私の困惑した表情に答える訳でも無く、突然と会話は終わりを告げる。

 

 雨音だけが室内に響き、改めて私は部屋を見渡す。

 

 木でできた様な作りの家。

 

 青年は部屋に備え付けられた窓に視線を移している。

 

 今更ながら、私は大きなベッドに寝かされていたようだと気がつく。

 

 私は思い立ったように、マグカップをベッド端の小さなデスクに置き立ち上がろうとする。

 

 いつまでもベッドにいる訳にも行かない。私はそのまま無理やり体を動かした。

 

 刹那、体全身に激痛が走り、そのまま体勢を崩す。

 

 「いいぃっ!!?」

 

 声にならない痛みに表情を曇らせ、そのまま落下しそうになる。

 

 「……無理しなくていい。」

 

 だが何事も無かったかのように青年はそっと私を支え、受け止めてくれる。

 

 力強く、それでいて優しく包み込まれる。

 

 「あわわわわわ!!!!」

 

 私は床に落下しそうになった驚きと男性に抱きしめられた驚きで口をパクパクさせて赤面する。

 

 色んな意味で恥ずかしい。

 

 「ふっ……そそっかしい」

 

 わたしのその様子を見てなのかボソッと呟く青年。

 

 私はそのまま顔を上げると美しい顔が視界に入る。

 

 先程とは違い慈愛に満ちたその表情にこころがキュッとする。

 

 近くでようやく見ることのできた青年の顔。

 

 通った鼻筋、黒くて吸い込まれるような瞳、やさしい口元。

 

 なんて綺麗な顔立ちなのだろうか。

 

 意識するとなんだか、鼓動が早くなる。

 

 「ご、ごめんなさい、わたし。」

 

 ようやく言葉を発することができた。

 

 しかし吐息が今にも当たりそうな距離感に、鼓動が高鳴る。

 

 「……もう少し休むといい。」

 

 青年は優しくそう言うと、わたしをそのまま抱き抱えて、ベッドに横にしてくれる。

 

 私は耳まで熱くなるのを感じていた。

 

 こんなに大切に扱われたことなんてない。

 

 村では醜女といじられてきた私にとっては、なんとも耐え難いシチュエーションだ。

 

 不意に青年は私の額に触れる。

 

 「顔……赤い。……熱?」

 

 「ち、違うと思います!!!」

 

 私はそれだけは自信を持って否定して見せた。

 

 ーーーーーー。

 

 それからしばらくして青年は部屋を後にした。そして私はそのまま眠りについていた。

 

 知らない男性の家だと言うのに、不思議と落ち着いて眠っていた。

 

 雨音がちょうど心地よく眠りを誘ったのもあるが、体も万全な状況ではなかった。

 

 どちらにせよ、私の体は回復を優先させたようだ。

 

 ーーーーーー。

 

 翌朝だろうか。小鳥の鳴き声で意識が覚醒する。

 

 すっかり寝ていたようで、体を動かしても痛みはない。

 

 家で寝た時よりも疲れが取れているぐらいだ。

 

 ユラユラと体を起き上がらせ、扉を開ける。

 

 するとリビングらしき空間が目の前に広がる。

 

 暖炉のストーブに木の壁。ログハウスと言うやつなのだろうか。

 

 素敵な空間に私は感嘆の声を漏らす。

 

 「うわあ、素敵なお家……!」

 

 和室や和風なものにしか触れてこなかった私にとっては、かなり新鮮だ。

 

 昨日のマグカップやココアでさえ、そんなに馴染みがある訳じゃない。

 

 外に出て仕事をしている村人もいて、たまに触れる程度の知識しかない。

 

 見知らぬ景色に感動して忘れていたが、昨日の青年の姿は見当たらない。

 

 私はソファに腰かける訳にも行かず、床に正座する。

 

 うん、私にはこちらの方が落ち着く。

 

 正座で落ち着いたところで、不意にガチャっと音がして、視線を移す。

 

 扉からは青年が現れて綺麗な木のお皿にお粥を入れてテーブルまで運んでいる。

 

 「お、おはよう、ございます……!」

 

 私は変に力が入りながら挨拶をする。

 

 「……調子…よく、なった?」

 

 青年は美しい瞳で私を捉える。

 

 レンゲと食器を私の方に向けて置くとまた見つめられる。

 

 「え、えっと。はい!お陰様で!なんだか、いつもより元気なぐらいです!!!」

 

 「そう、よかった。」

 

 まただ。寂しそうに笑って私の横に座る。

 

 「おわっ!!!?」

 

 私は驚いて一瞬体をはねらせる。

 

 「看病……もう要らない?」

 

 「は、ひゃい!!大丈夫……です!!」

 

 まことに失礼ながら、私は今の一言で青年にアーンされる所を勝手に脳内再生してしまう。

 

 私はどうしてしまったのだろうか。

 

 恥ずかしくて赤面する。

 

 それに近い!なんで隣!?

 

 そんなこんなで混乱していると、お粥の温かな香りが食欲を掻き立てる。

 

 「うっ!」

 

 わたしは視線をお粥に移す。

 

 そういえば、昨日夜ご飯食べてないんだ。

 

 どうりでお腹が空くわけだ。

  自分の中の空腹感の理由に気がつくと途端に食欲が掻き立てられる。

 

 比例するように、お腹がグゥと悲鳴をあげた。

 

 「ああっ!?」

 

 わたしは焦ったようにお腹を抑える。

 

 聞こえただろうか。なんて図々しい女なのだろう。

 

 助けて貰って、泊めてもらってご飯までねだろうとするとは。

 

 なんてはしたないお腹なのだ!

 

 私は恥ずかしさのあまり赤面して、顔を伏せる。

 

 「ふふ、君のために……作った。……食べていい。」

 

 青年は覗き込むように微笑むと、レンゲを手渡してくれる。

 

 「い、いいんですか……?」

 

 「うん、食べて?」

 「あ、ありがとうございます……!じゃ、じゃあ、いただきます!」

 

 私はお礼を言うとゆっくりお粥を口へと運んでいく。

 

 なにも体に入れていなかったからだろうか。

 

 口いっぱいに旨みが広がる。味付けが程よく、喉を違和感なく通り抜けていく。

 

 「おいし……!!!」

 

 私の食事のペースは徐々に増していき、あっという間に完食してしまう。

 

 「ごちそうさまでした!ほんとうに美味しかったです!!!」

 

 私は食い気味に顔を近づけさせて、青年にお礼を言う。

 

 「本当に、元気……だね。よかった。」

 

 青年は優しく微笑むと、食器を片付けていく。

 

 「ああっ!や、やります!!!」

 「ううん。いいよ、座ってて。…そんなにすぐ戻るから。」

 

 青年は優しく私の肩をポンと撫でる。

 

 私はあっけに取られそのまま任せてしまう。

 

 なんだろう、本当にこんなに良くしてもらったことがあるだろうか。

 

 新鮮な感覚だ。

 

 ーーーーー。

 

 それからしばらくして、青年は傘帽子とボロボロの衣を纏って戻ってくる。

 

 準備をするように急かされ、とはいえなにも準備するものが無く立ち上がる。

 

 「道…案内する。帰ろう。」

 「あ、はい!」

 

 そうだ。なんだか居心地がよく馴染んでいたが、帰らなければならない。

 

 その事を思い出しなんだか少し切なくなる。

 

 この人とももうお別れか。

 

 「ごめん、水あみできるところない。」

 「……え?」

 「お風呂?……いつも近くの水辺行ってるから。」

 「あっ!いえ!!!大丈夫ですよ!帰って入りますから!」

 「ん、なら行こう。」

 

 私を心配してくれたのだろうか。突然の謝罪に一瞬困惑する。

 

 本当にここに住んでる人なのだと改めて認識する。

 

 いや、まて。もしかしてわたし臭いのか?

 

 そういえば、山で転がって雨当たって、昨日はずっと寝ていた。

 

 臭いに決まってるじゃないか!!!

 

 「ご、ごめんなさい!!!わた、私臭いですよね!?」

 

 「……?」

 

 青年は家を出る様子だったが、疑問符を浮かべて振り返る。

 

 私の突然の言い分になんと答えていいか分からないのだろうか。

 

 いや、私もいきなり何を言っているのだろうか。

 

 混乱し色んな思考が加速していく。

 

 なんだか色んなことが今更恥ずかしくなっていく。

 

 最悪すぎる!醜女で、食いしん坊で、臭い女!最悪じゃない!!!

 

 そんなことを考えていると、不意に青年の顔が近くにあることに気がつく。

 

 「どぅわぁああああっ!?」

 

 驚いて今まで出したことの無い大声をあげる。

 

 そのまま少し離れてみせると、青年はそっと私の手を取る。

 

 「香りは……魂から滲み出る……君は穢れていない。」

 

 伏し目がちで呟くその姿にわたしの心臓は今年1番飛び跳ねる。

 

 「ああっ、ええっと、あの、その。…どうも……です。」

 

 私は慌てふためき、赤面し、俯いてお礼を口にする。

 

 青年は微笑むとそのまま私の手を引き、外へと連れだしてくれる。

 

 きっと気にしなくていいと言ってくれたのだろうと言い聞かせて私は落ち着くまで、彼に身を任せることにした。

 

 ーーーーーー。

 

 山を下ること数分。

 

 意外とすんなり知っている道に出ることが出来、安堵する。

 

 「ここから……分かる?」

 「はい!本当に何から何までありがとうございます!!!」

 

 「今度は……気をつけて」

 

 「はは、そうですね、気をつけます。」

 

 すごく心配した表情で見つめられる。

 

 吸い込まれるような綺麗な眼差し。美しい灰色の髪。

 

 これで見納めか。

 

 なんだか、本当に素敵で不思議な日をすごしたと思う。

 

 感謝してもしきれないし、とても心が満たされた。

 

 「しばらくは……山、来ない方がいい」

 

 私が感謝の気持ちでいっぱいになっていると、青年はポツリと呟く。

 

 牽制……だろうか。

 

 私は彼と再び会えたらなとどこかで思い描いている。

 

 こんなに素敵な人だ。

 

 言い寄られても困るだろう。

 

 だが、しっかりとお礼だけは伝えておこう。

 

 「……わたし、千本木希花って言います。……本当に、ほんとうにお世話になりました。……また、どこかで会えたら嬉しいです。」

 

 私は一番の笑顔で彼にそう伝える。

 

 きっとこのご恩は返してみせる。

 

 いつになるか分からないけど、絶対に忘れない。

 

 「……そうか、じゃあこれで。『さよなら』」

 

 青年は一瞬驚いた表情を見せ、だがすぐに背を向ける。

 

 遠のくその背中に、私は不意に声をかける。

 

 「あの!!!名前、名前教えてください!」

 

 「……シンラ」

 

 青年は少し振り向きそう呟くと、山を駆け上がっていく。

 

 すぐに見えなくなる背中。

 

 「……シンラ、か。不思議な人、だったな。」

 

 まだ消えない胸の高鳴り。

 

 私はそっと胸に手を当てて、少しばかり紅潮した頬を撫でる。

 

 私はきっとこの出会いを忘れられないだろう。

 

 ずっと居なくなったカレの影を見つめ、少しばかり思いを馳せた。

 

 ーーーーーーー。

 

 

 村にようやく戻ることが出来て、ようやく緊張がとける。

 

 そこにはいつもと何気ない景色が拡がっていた。

 

 木を割る人、畑仕事に勤しむ人、洗濯物を干す人、駆け回る子供たち。

 

 やっと戻ってこれた。

 

 「姉ちゃーん!!!!!」

 

 ほっとしていると、大きな聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

 

 ドタドタと複数の男女の子供たちが私を取り囲むようにして、やってくる。

 

 「姉ちゃん、ごめんなさい。俺らこんなことになるなんて思ってなくて。」

 

 彼らは村の子供たち。中心に立ち、申し訳なそうに謝るのはリーダーとして振る舞う少年だ。

 

 腫れた頬と頭のコブを見ればこっぴどく怒られたことが分かる。

 

 むかしの友達や自分と重なり、微笑ましい。

 

 「無事でよかったよ。怪我とかしてない?怖い思いしなかった?」

 

 私はしゃがむようにして、目線を子供たちに合わせる。

 

 数人の女の子がわたしの体に抱きついて、泣いている。

 

 私はそっと頭を撫でてあげる。

 

 「ごめ、ごめんなさい。こわ、怖かった!本当に変なヒトツメに襲われて怖くて……!!!」

 

 「……ヒトツメ…?」

 

 「うん!そうなんだ!マジでクソ怖かったんだぜ!!こーんな大きな体で!目が1個しかねーの!!!」

 

 何言っているのか分からず、混乱していると少年が興奮したように話してくれる。その小さな体いっぱいを使って、『とにかく大きくて一つの目の妖』だったというのだ。

 

 にわかに信じ難い話だが、子供たちの恐怖は本物だ。

 

 だからこそあまり素直に謝らない子供たちが怯えていることに説明がつく。

 

 本当に怖かったのだろう。そして、わたしもその妖に襲われたと思ったと話す。

 

 「お姉ちゃん、無事でよかった。」

 

 子供たちの中でも甘えん坊で可愛らしい女の子が、少し離れたところから話しかけてくる。

 

 いつもくっついてくるかわいい女の子、テンだ。

 

 「怖かったでしょう?いつもみたいにぎゅってしてあげるよ?」

 

 「うん、くっつきたいけど。やめる。……お姉ちゃん、くしゃい。」

 

 「なっ!!!?」

 

 わたしは妖うんぬんよりもこころに深い傷を負い、力無くその場から離れることにした。

 

 可愛いく純粋な目で言われて、とても悲しい。

 

 やっぱり臭うじゃないか。

 

 「あはは、だよね。お姉ちゃん、ちょっとお風呂入ってくるね。」

 

 わたしは引きつった笑顔で子供たちと分かれる。

 

 「……な、なあ!!姉ちゃんも信じてくれないのか!?」

 

 不意に少年に足を止められる。きっと大人たちに何か言われたのだろう。

 

 「信じるよ、みんな悪いことばっかりするけど嘘はつかないもんね。」

 

 私は微笑んでみせる。

 

 子供の頃に見えるものは大人になって見えるものとは異なる。

 

 狭い考えの押しつけは良くない。

 

 それに、少しは反省してもらわないといけないしね。

 

 私も昔大人たちに否定されて嫌な思いをしたことがある。

 

 今は何も見えないけど、その時の私にとっては紛れもない現実だった。

 

 信じることは素晴らしいことのはずだ。

 

 いつの間にか進む勇気を無くした私は、彼らの大切な何かを壊したくはない。

 

 「だ、だよな!さすがは姉ちゃんだぜ!!!不細工じゃなかったら俺がお嫁に貰うのにな!!!」

 

 「誰が不細工じゃ!こらぁ!!!!」

 

 「おわあ!!姉ちゃんがきれた!!!」

 

 「もぅ!怒られるの嫌だ!男子やめてよ!!!謝って!」

 

 「そうだよ!お姉ちゃんはお化粧が苦手なだけなの!」

 

 「フォローになってないわ!!!」

 

 私は声を荒げながら、子供たちを追いかけ回した。

 

 怒りつつ、楽しく。

 

 いつもの日常が戻ってきたと安心しながら。

 

 少しだけ、ヒトツメの妖のことを気にかけながら。

 

 そして、脳裏に離れない彼の眼差しを想いながら。

 

 ーーーーーーー。

 

 私は家に戻りおばあちゃんに無事を伝えると直ぐにお風呂に入った。

 

 おばあちゃんは、「ひとまず休むといい。疲れたであろう?話はあとだ。」と言ってくれた。

 

 体の汚れを落としながら、やはり体の疲れはなくなっていることに気がつく。

 

 「……あれ」

 

 ふと体を洗いながら違和感に気がつく。

 

 昨日まで体の至る所に傷を負っていた。

 

 なのに今はどこにも傷はなく、昨日までの激痛はない。

 

 この違和感になぜ今更気がついたのだろう。

 

 どう考えても、傷の治りが早すぎる。

 

 シンラと名乗った青年とのやり取りで深く気にとめなかった。

 

 だが、あんなにポロボロだったのに山を降りられるほど回復するなんて。

 

 それに傷跡すら残られないなんて。

 

 少々奇妙な出来事に、少し頭が冷静になってくる。

 

 山に住む見知らぬ青年。

 

 子供たちが見たというヒトツメの妖。

 

 村に伝わる噂話。

 

 私の傷の治り。

 

 「うーん。」

 

 少しばかり不思議なことが多い。

 

 わたしは思考を進めながら湯船に浸かる。

 

 ぶくぶくと音を立てて顔をつける。

 

 「ブクブク……うーん。」

 

 とんでもない妄想をするならば、私が出会ったシンラは妖だった……とかだろうか?

 

 子供たちには真の姿が見えていて……それなら辻褄合う?

 

 「……はは、ないない。」

 

 妖なんて村の噂話。

 

 もし居たとしても私には縁がない。

 

 子供たちのような年齢なら有り得たかもしれないけど、今の私にそんな純粋な心なんてないだろう。

 

 それに仮にも命の恩人に失礼だ。

 

 私は一瞬過ぎる思考を馬鹿馬鹿しいと放棄し、お風呂を満喫する。

 

 「今度会ったら聞いてみようかな……話のネタ作っておこうかな、えへへ。」

 

 私はなんだかウキウキと楽しい気持ちでお風呂を終えた。

 

 ーーーーーー。

 

 翌日おばあちゃんにこっぴどく怒られ、しばらくの間山に行くことは禁じられた。

 

 おばあちゃんは山のことになると人が変わったように怒る。

 

 昔から山で何かを起こす度に厳しく叱られた。

 

 『信じぬかもしれないが、山は危険だ。危険なんだ。だから、行くのをやめなさい。ヒトツメも出たという、行ってはいけない。分かりましたか?』

 

 低く諭すように、淡々と山は危険であると聞かされた。

 

 まただ。またヒトツメの話だ。

 

 『私はヒトツメに会ってない。』『素敵な人に助けてもらった』

 

 と話したが、『あの山に人なんて居ない。いるとしたら、それは妖だ。頼むから行くのをやめてくれ。お前が心配なんだ。妖は怖い存在なんだ。』と念を押されてしまった。

 

 彼に会いたくてお礼がしたくて仕方なかったが、おばあちゃんに心配をかける訳にも行かない。

 

 なぜだか、怒っていると言うよりも、山を恐れるような必死な姿に私は根負けしてしまった。

 

 元々は私の不注意が招いた事だ。ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていよう。

 

 それに、やはり山は危険な場所だと改めて認識したのも事実だ。

 

 それからしばらくの時間が過ぎると、不思議と山に行くことをすんなり諦めてしまった。まるで『何か』に影響を受けたように。

 

 子供たちもあれから山に行くことは無くなった。

 

 暫くは問題ないだろう。

 

 私は彼のことを考えるのをやめた。

 

 ーーーーーー。

 

 あれから2ヶ月。

 

 12月を迎えていた。

 

 山では早くも雪化粧が見られ、年の終わりを感じさせられる。

 

 あの特別な日が遠い過去のように思えて、私の中でも次第に記憶から薄れようとしていた。

 

 いや、会いに行けないからこそ私は考えないようにしていたのかもしれない。

 

 本当は山を見る度にあの日を思い出していた。

 

 ーーーーーー。

 

 「お姉ちゃん、薪このぐらい?」

 

 「うん、これぐらいでいいよ。手伝ってくれてありがとう。」

 

 テンは薪を小さい体で一生懸命運びながら、まとめてくれている。

 

 今日は薪割りを手伝うと言ってくれた。

 

 「今日はまたどうしたの?急にお手伝いなんて」

 

 「みんな山行かなくなった、だから暇。」

 

 「……え?ああうん。冬だしね。」

 

 「……違うの。みんな怖がってる。……ヒトツメの人何も怖いことしなかったのに」

 

 「……そう、なんだ。」

 

 山の話題。ヒトツメの話。

 

 気にしないようにしていた話をテンから聞き、胸が熱くなる。

 

 「……お姉ちゃんも怖いから行かないの?」

 

 「……え?」

 

 その言葉は薪割りをしていた私の手を止めさせる。

 

 「どういうこと……かな?私はヒトツメの人と会ってないよ?」

 

 「……香り。」

 

 「え?」

 

 「同じ匂いがするの。あの日からお姉ちゃん、匂い変わったの。」

 

 「……何の話?」

 

 『ヒトツメの人と同じ匂いするの。』

 

 「っ!?」

 

 私は耳を疑った。

 

 確かにこの子はあの日を境に私にくっつくことは無くなった。

 

 匂いを警戒してだと勝手に思っていたが、あの日他の子は私に普通にくっついていた。

 

 なぜ、気が付かなかったのだろう。

 

 テンは私から何かを感じ取っている。

 

 「お姉ちゃん、あの日ヒトツメさんと会ったんでしょ?だから前みたいな綺麗な匂いじゃなくなったんでしょ?ヒトツメさんはやっぱり怖い人なの?お姉ちゃんは大人なのにみんなと同じ匂いしてたの。でも変わっちゃったの。」

 

 「え、えっと。」

 

 私はたった一人の純粋な眼差しに答えを口にできない。

 

 なんだか、今自分は世界の境界線にいるような気がして、足を踏み入れては行けない気がした。

 

 一度踏み込むと戻れないような。

 

 体が知ることを恐れるような、そんな感覚だ。

 

 でもだからこそ、私の予想が正しいのなら。

 少しだけ胸が高鳴っている。

 

 私は今そこに足を踏み入れたいと思ってしまっている。

 

 彼が妖だったのかもしれない。私を本当に助けてくれたのかもしれない。

 

 村の噂話は本当だったのかもしれない。

 

 彼は人知れず村を見守ってくれているのかもしれない。

 

 そんなことが思考を過ぎり、恐れや不安という気持ちよりもまた会いたい知りたいという気持ちが強くなっていく。

 

 いまを逃したら彼に会えなくなるのでは無いか、という焦燥感が勝ったからだ。

 

 私がそう思うのは彼と過ごした時間があるからだ。あれは紛れもなく私にとっては素敵な時間で大切な記憶だ。

 

 嘘なんかじゃない。妖だからといってなんだと言うのだろうか。

 

 私が山に入るのを諦めたのは、いつかまた逢えると信じていたからだ。

 

 彼が人では無い特別な存在だと言うなら、今すぐにでも駆け出したい。

 

 そんな想いがフツフツと湧き上がっていた。

 

 「わたしね、ヒトツメさん寂しそうだったから。お友達になってあげたくって。……でもみんなが行くなって。……でももしかしたら、お姉ちゃんは違うのかなって。……困らせてごめんなさい。」

 

 テンは俯き、とぼとぼと歩き出す。

 私に背を向けている。

 

 寂しそう……か。

 

 あの人はそういう笑い方をしていたな。

 

 友達。

 

 そうだよね。

 

 私らしくない。どうかしてた。

 

 村は好き。でも掟とか面倒なことは嫌い。

 

 噂が本当なら確かめてやればいい。

 

 忘れていた子供の時のように。

 

 いつの間にか、本当に臆病になっていた。

 

 本当は昔からみんなと一緒がいいって、自分もなにかしたいって思っていたはずなのに。

 

 何も掟を破るのなんてはじめてじゃない。

 

 恐れてどうする。

 

 黙って引き下がってどうする。

 

 久しぶりに心が動いたんだ。

 

 たまにはわがまま言ったっていいじゃない。

 

 私はやっぱりあの人に会いたい。

 

 気になるんだ。全部知りたい。

 

 あの日限りで終わらせたくない。

 

 もう一度会ってお礼がしたかったはずなんだ。

 

 怖がってなんかいない。

 

 寂しいと思って欲しくない。

 

 知りたい、会いたい。

 

 「テン、ごめん。私少し行ってくるよ。」

 

 「え、でも今日って」

 

 「分かってる、でもヒトツメさんに色々聞きたいの。……なんだか、我慢できなくなっちゃった」

 

 「!!!!いいと思う!!!お姉ちゃん、友達になってあげて!!!」

 

 「うん!任せとき!!!」

 

 「風月ばあちゃんには私から上手くいっておくね!!!」

 

 「任せた!!!!」

 

 「うん!!!!」

 

 今にも駆け出しそうな私。

 

 満開の笑みを浮かべて、テンは私に抱きついてくれる。

 

 久しぶりに抱きつかれた。

 

 「いいの?臭いんじゃない?」

 「いい匂いに戻った!!!!」

 

 「それはよかった。お姉ちゃん頑張れそうだよ」

 

 私は微笑み、テンを降ろしそのまま山へと足を急がせた。

 

 今日は12月8日。

 

 村からは出ては行けない日。

 

 そして、ヒトツメが山から降りてくる日。

 

 私はおばあちゃんに禁じられた山へと足を踏み入れた。

 

 まるで、あの日まだ無垢だったあの頃のように。

 

 純粋に、彼に会いたいという衝動だけが私を動かしていた。

 

 ーーーーーーー。

 

 山に入ると明らかにいつもと違う雰囲気に体が戦慄する。

 

 「なに……ここ」

 

 そこはいつも登る山とはまるで別世界だった。

 

 雪景色が広がっているのもそうだが、全身に恐怖が先走る。

 

 いつもと同じ、山。

 

 でも明らかに別空間であると認識できる。

 

 山の方から拒絶されたような、いつもの包み込む温かさを感じない。

 

 木々は怪しく揺らめき、水は激流。

 

 地面は歩く度に足をとらえる。

 

 進めば進むほど、誰かに見られているような不安が襲ってくる。

 

 「さ……むい。」

 

 それに尋常じゃない寒さが私を襲う。

 

 こんな山初めてだ。

 

 生まれてから村で育ち、山の恵みで生きてきた。

 

 だが、いつも必ず12月8日と2月8日は山に行くことを止められ、足を踏み入れたことなどなかった。

 

 これが、理由なのだろうか。

 

 明らかに様子の違う山にさすがにそう感じる。

 

 でもわたしはあの人に会いたい。

 

 会って色んな話をしたい。

 

  一度踏み出した足は止められず、私はそのまま進み続ける。

 

 道は覚えている。そんなに遠くないはずだ。

 

 彼の家に向かおう。

 

 ーーーーーー。

 

 おかしい。絶対におかしい。

 

 私はあれから何分も歩き続けているが、一向に彼の家にたどり着かない。

 

 それどころか同じ道をぐるぐると回っているような感覚に陥る。


 「どういう……こと?」

 

 わたしは眉をひそめながら先程目印にした折れた木の枝を拾う。

 

 どうやら、本当に同じ道を何度も歩いているようだ。

 

 私の後ろと私の前方に折れた木の枝が落ちている。

 

 森に拒絶されているのか、彼に拒まれているのか。

 

 分からない。

 

 だが、どうやら今の私は招かれざる客であることは明確だろう。

 

 「シンラさん!シンラさん!いるんでしょう!?こないだのお礼がしたいんです!会うことは出来ますか!!!」

 

 こうも不可解なことが続くと現実味が湧いてくる。

 

 やはり彼は私とは違う存在である。

 

  そう告げられている。

 

 ならば、声を大にして伝える他ない。

 

 ただ、もう一度会いたい。それだけなのだ。

 

 わたしは何度も何度もそう叫びながらもう一度おなじ道を歩き続ける。

 

 次第に視界も悪くなってきて、方向感覚も無くなってくる。

 

 分かっている。一刻も早く帰るべきなのだろう。

 

 それでもこういう不思議なことが起きるということは、彼に会える確率も高いんだと言い聞かせる。

 

 噂によれば、今日は山から村に降りてくる日。

 

 きっと、必ず会えるはずだ。

 

 私はそう信じて歩き続けた。

 

 ーーーーーー。

 

 『山に拒絶されても、なおも突き進むか。野蛮な人間よ……』

 

 それは突然だった。

 

 脳に直接語りかけてくるように、声が響いた。

 

 わたしは体をびくんとはねらせ、驚く。

 

 どうやら、この無駄とも思える時間に意味があったようだ。

 

 「だ、だれ。」

 

 『人が知る必要は……無い!』

 

 私の問いかけに対し、声は大きくそして恐ろしく強い言葉を向ける。

 

 その声色からはまるで敵意しか感じられない。

 

 違う。この声は彼ではない。

 

 「私!シンラさんに会いたいだけなんです!どうしたら、会えますか!?」

 

 私は声を大にしてどこに向けて放ったらいいのか分からず、大声で叫ぶ。

 

 『人の身で神を求めるか!愚かな罪人よ……!!!……ここから立ち去れい!!!!』

 

 声は次第に大きくなっていく。私を拒絶するように、激しい頭痛が襲う。

 

 「あぁああああああっ!!!!」

 

 私はあまりの痛みにその場にうずくまる。

 

 なんて激しい痛みなのだろう。

 

 体ももう限界を迎えている。冷えきった体、かじかんだ手、激しい頭痛、長時間の登山、視界の悪い雪景色。

 

 もういい、帰りたいという気持ちが私を包む。

 

 だが、そう思った刹那。

 

 彼の優しい顔が頭によぎる。

 

 そうだ、この前も体は限界だった。

 

 限界でどうしようもなくて。

 

 生きることを簡単に諦めてしまった私を、見ず知らずの彼は助けてくれた。

 

 あったかい思い出をくれた。

 

 私を大切にしてくれた。

 

 たった一日の出来事なのに、私を捉えて離してくれない。

 

 ただ、会いたい。

 

 それだけなのにどうしても会わせてくれないらしい。

 

 「教えてくれないなら……自分で探します……」

 

 私は自分を奮い立たせ、立ち上がる。

 

 どうしてこんなに会いたいと思うのだろう。

 

 どうして今まで山に行かなかったのだろう。

 

 だって私はあの日。

 

 きっと。

 

 『ならば死ぬがいい!!!!』

 

 声は今まで以上の殺意を込めて、私に言葉を発する。

 

 気がつくと目の前に大きな陰が現れ、その何かの手が私に襲いかかる。

 

 「これが…山の妖……」

 

 私はどうすることも出来ず、瞳を閉じる。

 

 「……っ!!!!」

 

 目に力を入れて、死を受け入れることしか出来ない。

 

 だが、いくら身構えても私の体はそこにある。

 

 どれだけまっても、襲われることは無い。

 

 「……あ、れ?」

 

 恐る恐る瞳をあけると、そこにはもうひとつ黒い影が私を守るようにして妖の拳を受け止めていた。

 

 「どういうこと……?」

 

 『き、貴様ァ!!!またひとを庇うか!!!入道!!!』

 

 『村人に手は出させない……。風月……友達、守れなかったから……ちゃんと守る。……嫌われても……必ず!』

 

 私を守った大きな影はゆっくりとこちらを振り返る。

 

 白い見たことない言語が刻まれた異質な和服。

 

 それを包むように羽織っているボロボロの衣。

 

 傘帽子だろうか。大きな帽子を被り、中から灰色の髪の毛が伸びている。

 

 振り返ったその顔には大きな一つの目。

 

 どこかで見た事のあるその瞳は、黒く吸い込まれそうなほど美しくて、寂しそうで、私は手を伸ばす。

 

 「……あなた……もしかして……」

 

 『もう、来ちゃダメだよ……希花。』

 

 「あ、ま、待って……!!!」

 

 振り返ったヒトツメは私を優しく見つめると悲しそうに微笑んだ。

 

 刹那。

 

 激しい吹雪に見舞われて、その姿は捉えられなくなる。

 

 「待って!待ってよ!!!……シンラ!!!!」

 

 私は膝をつきながら、大声で叫ぶ。

 

 私はあなたにお礼がしたい。お話がしたい。どんな世界を見てどんな世界で生きてきたのか知りたい。

 

 私のことももっと知って欲しい。

 

 あなたの友達になりたい。

 

 あなたのそばにいたい。

 

 何度も助けられて、優しくて。

 

 胸がときめいて。

 

 私の心を焦がして離れない。

 

 ーーーーーー。

 

 「待ってよ!!!!」

 

 私はそのまま手を伸ばす。

 

 「……あ、れ?」

 

 見知った天井、馴染みのある布団、私が自室で眠っていたことに気がつく。

 

 「夢……だったの?」

 

 私は困惑したように体を起こす。

 

 体に痛みはなく、特に傷跡もない。

 

 「また、助けられちゃったのかな」

 

 曖昧な記憶。

 

 夢だったと言われれば信じてしまうだろう。

 

 でもこの体に走った痛みも、心のときめきも本物だった。

 

 夢とは思えない。

 

 何より2回目だからこそ、分かる。

 

 私はまた助けられたんだ。

 

 私は自分の体をそっと撫でる。

 

 彼の行動がとても愛しい。

 

 やっぱりちゃんと話したい。

 

 私はもう彼に夢中になっているようだ。

 

 そんな想いに浸っていると、廊下の方からスー、スー、というような足をするような音が聞こえてくる。

 

 それに続いてカン、カン、という聞き馴染みのある音が響く。

 

 私は全身を硬直させる。

 

 これは…まずいか?

 

 ーーーーーー。

 

 自室の襖がゆっくりと開き、おばあちゃんがとても不機嫌な様子で入ってくる。

 

 そのまま右足を引きずりながら、私の布団の横に正座する。

 

 右足が上手く動かないのか左手で器用に折り曲げている。

 

 長年の賜物だろうか。簡単に正座してみせる。

 

 「おばあちゃん……お、おはよう。」

 

 「……うむ。元気そうだな。」

 

 「う、うん。なんともないみたい。」

 

 刹那、おばあちゃんはニッコリと微笑むと杖を振りかざしわたしの頭を強打する。

 

 「いったああああああっ!!!!」

 

 あまりの衝撃に一旦頭がクラっとするが、直ぐに楽になる。

 

 「あ、あれ。」

 「ヒトツメと契りを交わしたか。」

 

 「な、なに?契り?」

 

 再びおばあちゃんは杖を振りかざし、今度は私の胴体に当てる。

 

 「ごふっ!?」

 

 大きな衝撃により、身を怯ませる。

 

 刹那、体全身に緑色の光が迸り、体が楽になる。

 

 「な、なにこれ。」

 

 「お前さんは、傷だらけで村の外に倒れていた。テンが泣きながらお前を引きずっているのを見つけて、大人たちが家まで運んだ。」

 

 「……全部、バレてるのね……あはは。」

 

 「そうして、家に運び込まれたお前を見て私はとても冷静ではいられなかった。医者に見てもらったが、一日で治るようなものでは無かった。」

 

 「え……じゃあ、何日も寝てたの?」

 

 「いいや。一日だ。」

 

 「え?」

 

 「ヒトツメ……と言った方がいいのか?……お前を眠らず看病していたら、0時を過ぎた頃に身体が輝いてこの通りだ。」

 

 「そうか、そうなんだ!やっぱりシンラが助けてくれたんだ!!!」

 

 私は奇妙な話であるにもかかわらず、シンラのことが夢でなかったと理解できると喜び立ち上がる。

 

 「このバカモノが!!!!!」

 

 唐突なおばあちゃんの大声に、私は勢いよく姿勢を正す。

 

 先程のように体を叩かれると思い、体が震える。

 

 治るとわかっても、痛いものは痛い。

 

 昔からおばあちゃん杖で叩くからな。痛いんだよね。

 

 加減してるとしても頭はやりすぎじゃない?怖いよ。

 

 「あれほど、山と妖には気をつけろと言っただろう。死にたいのか?ようやく色恋に目覚めたと思ったらヒトツメかいな!……この醜女が!!」

 

 「ひ、酷い!!!面と向かって言わなくても!!!」

 

 「何度だって言ってやる!醜女、阿呆、馬鹿者、間抜け!!!」

 

 「うわっ!酷い!また言った!!!」

 

 ーーーーーー。

 

 しばらく言い争いをして脱線してしまったが、疲れたようにおばあちゃんは私の肩を掴む。

 

 「もう行くな。わかったな。」

 

 「おばあちゃん、どうしてそこまで山と妖を嫌がるの?確かに怖い妖に襲われたけど、ヒトツメの妖、シンラは私に危害を加えないよ。むしろ、守ってくれるの。」

 

 「……この足、私はシンラに呪いを受けて動かなくなった。そしてもうひとつ、村から出られない呪いもかけられている。この村に残っている大半の村人はそうだ。村から出ることが出来ない。」

 

 おばあちゃんは顔をふせながら、私にゆっくり話してくれる。

 

 よく見るとおばあちゃんの足から黒い瘴気が漏れていることに気がつく。

 

 今まではこんなものは見えなかった。シンラと近づいたから見えるようになったのかもしれない。

 

 「おばあちゃん、シンラはきっとそういうことをしないよ。」

 

 「……私もそう思った。だから村を抜け出し山に入り、聞きたかった。……だが、村から出ることの出来ぬ私は何も出来なかった。……私の記憶にあるのは、ヒトツメの妖が私を襲い、『人は嫌いだ。二度と山に入るな』という言葉だけだ。次第に私はそれが真実であったと受け入れるしか無かった。」

 

 「ううん。その話を聞いてやっぱりシンラがおばあちゃんの足を動けなくした訳じゃないって、わかった。」

 

 「何を言っている……。本人がそう口にした。」

 

 「……きっと、おばあちゃんを守るため、だったんじゃないかな。自分がやった事にすれば、おばあちゃんはシンラを恐れてシンラと関わらなくなる。……みたいな。きっと、そういう不器用なやり方でしか、守れない人なんだよ。」

 

 「そんな……ことは……」

 

 おばあちゃんは私の肩から手を離し、ゆっくり後ずさりする。

 

 過去を思い返すように、後悔しているかのように。

 

 壁際まで行くと、ゆっくりともたれる。

 

 「シンラね、言ってた。『風月を、友達を守れなかった』って……」

 

 「!!!!」

 

 おばあちゃんは、驚いたように瞳を大きくする。

 

 見つめていると、次第に涙が溢れ出てきている。

 

 頬をつたい落ちる頃にはおばあちゃんはそっともたれながら床に座る。

 

 私はおばあちゃんの傍に行くと優しく抱きしめた。

 

 きっと、おばあちゃんもどこかで信じていたのだろう。

 

 多くは知らない。

 

 二人の間に何があったかなんて。

 

 それでも2人は友達だったのだろう。

 

 それだけはわかった。

 

 ーーーーーー。

 

 おばあちゃんは疲れたと言い自室へと戻る。

 

 去り際、『好きにしていい、ただあまり心配させないでくれ』と呟いた。

 

 わたしは無言で頷き、その後家を後にする。

 

 外に出ると、すぐ目の前にテンがいた。

 

 きっと昨日のことを気にしているのだろう。

 

 それでも私はしゃがみこみ、テンに目線を合わせる。

 

 「昨日はありがとう。私のこと、運んでくれたって聞いたよ。おかげで元気だからね!」

 

 私は優しい口調で語りかける。

 

 テンはブワッと涙を浮かべると、泣きながら謝ってくれる。

 

 「ごめんな……さい。テンの……テンのせいで……大怪我して……テンが変なこと言ったせいで……お母さんにも、香りの話はもうやめなさいって……テン、おかしいから。変だから。」

 

 「そんなことない。そんなことないよ。確かに大人の人は理解してくれないかもしれない。……でも、他の人が持ってないものを持ってるなんて素敵だと思うよ。それは個性なんだから。変じゃないよ、全然。」

 

 「ほんとう?」

 

 「うん。本当だよ。それにその力のおかげで、私は目を覚ますことが出来た。きっとね、テンは心の匂いが分かるんだよ。……ヒトツメさんがね、香りは魂から滲み出る……みたいなこと言ってたの思い出してさ。」

 

 「……魂?」

 

 「人の心のあり方っていうのかな。今の私はどんな匂い?」

 

 私がそう言うとテンは瞳を閉じて、両腕を広げる。

 

 徐々に天を仰ぎ、表情が和らいでいくのがわかる。

 

 「前と同じ……でも少し違う。綺麗ないい匂い。でも、あまくてドキドキして、力強い。あとほんの少しだけ、ヒトツメさんと同じ匂いがする。悲しい……みたいな、寂しいみたいな。でも暖かい。森みたいな新鮮であったかい匂い。……前の諦めるような辛いような、楽しくない匂いは消えた。」

 

 「でしょ?私ね、どうやらヒトツメさんに守られてるみたいなの。そして、前臭くなったのはきっと大人になりかけたから。……そう思うの。」

 

 「お姉ちゃんはおとなじゃないの?」

 

 「大人だよー。でも、テンが嫌いな大人にはなりたくないなって、思うの。」

 

 私は微笑むとテンの頭を軽く撫でる。

 

 「ありがとう……元気出た。」

 

 「うん、よろしい。みんなと仲良くするんだよ。きっと、みんなもテンのこと変だなんて思わない。たとえ、思っていたとしても其れはきっとテンをよく見て『好きだから』言える言葉だと思うから。……大人も同じ、ちょっと嫌かもしれないけど、きっと、とっても心配してるから。」

 

 「うん、わかった。お姉ちゃん、ありがとう。……ヒトツメさんに想い届くといいね。」

 

 「はい!?」

 

 「テンはね、匂いでわかっちゃうのです。」

 

 エッヘンと胸を張るテン。どうやら、いつもの調子を取り戻したようだ。

 

 「言うようになったな!この〜!!」

 

 わたしはテンを抱き寄せ、アタマをわしゃわしゃと撫で回した。

 

 ーーーーーーー。

 

 村を出てすぐ、私はヤマを目指した。

 

 木々の揺らめき、雪の軋む音、水の流れる音。

 

 昨日とは同じで、でも明らかに違う。

 

 体全身に行き渡る悪寒はなく、むしろ落ち着く。

 

 神聖な空気とでも言うのだろうか。

 

 足取りは軽く、簡単に彼の家へとたどり着く。

 

 「やった!着いた!!」

 

 私は嬉しくなり、すぐさまドアへと駆け寄る。

 

 扉をノックし、開く。

 

 そこには驚いたという表情で立っているシンラがいた。

 

 はじめて会った時とおなじ姿だ。

 

 「お邪魔していいですか?」

 

 「な、なんで。」

 

 驚いたかのように立ちすくむシンラ。わたしは動じることなく微笑む。ようやく会えてテンションが上がっているのかもしれない。

 

 「えっへへ、来ちゃった!」

 

 シンラは私のその言葉に睨み返すと、怒ったように私に近づいてくる。

 

 私は驚いて壁際まで後ずさりしてしまう。

 

 すると、バン!と音を立てて壁に手をつかれる。

 

 か、壁ドン!?

 

 「どうして、どうしてまた来たの。」

 

 言葉は落ち着いている。だが、ワントーン低く、明らかに怒っていることに気がつく。

 

 「会いたかったから……」

 

 「山、危険。もう来るな。」

 

 勢いに任せて言い放つと、私の手を取り追い出そうとする。

 

 「まって!待ってってば!」

 

 私は手を振りほどく。

 

 いやがる様子を見せると慌てて手を離すシンラ。

 

 「……ご、ごめん。……痛かった?」

 

 「え?いや。ううん。痛くないよ。」

 

 「君が……危なかっしい……から。心配。……つい力入った。」

 

 申し訳なそうに自分の手を押さえるシンラ。

 

 本当に優しい人だ。

 

 きっと、どうしても山から遠ざけたい理由があるのだろう。

 

 昨日の悪意むき出しな妖がいる時点で納得出来る。

 

 きっと、私の方が悪いことをしている。怒られて当然だ。

 

 それなのにまた大切にしてくれる。

 

 本当に勝手に私だけ、愛おしい気持ちが溢れしまう。

 

 「少し……。少しでいいんです。話しませんか?」

 

 「……だめ、って言っても聞かない。どうぞ、あがって。」

 

 「はい!!!」

 

 呆れたようにシンラは私を出迎えてくれた。

 

 ーーーーー。

 

 リビングに案内されると、また暖かいココアを出される。

 

 私は少し微笑むとココアを口にする。

 

 あったくて美味しい。

 

 「ふふ、初めてあった時もココア出してくれましたよね」

 

 「村に無いもの、村人、好き。風月言ってた。」

 

 「おばあちゃんとお友達だったんだね。」

 

 「……おばあ……ちゃん?」

 

 困惑したように聞き返すシンラ。きっと時間の流れが違うのだろう。まるで理解が追いついないかのような表情だ。

 

 「そうだよ。風月は私のおばあちゃん。」

 

 「でも、名字違う」

 

 「結婚したからね」

 

 「そう……。おばあちゃん……。そんなに時がたった……。君、似てると思った。間違ってなかったんだね」

 

 ようやく納得したように見えるが、今度は私が納得できず抗議する。

 

 あんなに怖くない。

 

 「ええっ!?似てないよ!!!」

 

 私の言葉にすこし笑ってみせると、優しくて言葉を紡いでいく。遠くを見つめ、懐かしむような顔をしている。

 

 「魂が……そっくりだった。だから、また会えると期待……した。僕が傷つけたのに……。」

 

 懐かしむようで、悲しそうで、後悔しているようで。

 

 その瞳は美しいけれど、まるで寂しいのが当たり前みたいに見えてしまう。

 

 だから私は言葉を紡ぐ。彼がくれた温もりを少しでも返せるように。

 

 「おばあちゃん、会いたがってたよ。会いに行こうとしてたって、最後までシンラに襲われたんじゃないって信じてた。……本当は違うんでしょ?」

 

 「過程は、問題じゃない。……ボクは……人に危害を加えない、ために山に籠った。僕がいると……妖が集まる、みたいだったから。」

 

 「元々村にいたの?」

 

 「そう……気がついたら、村にいた。……何も分からない、僕をたのしく、過ごさせてくれた。……だから、病気も怪我も治した。……でも、次第にお金儲けが始まった。山に対する敬意も消えていった……山の妖、怒った。ぼくのせい。……僕はあたたかいあの頃の村が好き。だから、妖になって、村を見守ることにした。」

 

 「妖……に?」

 

 「その頃は左目、あった。村に加護つけて、山に入ることを山の妖に誓った。そしたら、妖に、なってた。左目も無くなって。ヒトツメになってた。欲は穢れ。……悪意は、妖。……欲と悪意を持つ村人は、山に入る度に……妖に襲われる、ようになった。山を大切に出来なかった、から……妖みんな怒ってた。僕、我慢できなくて、村人助けた。…でも『ヒトツメ』だから、怖いって逃げられた。前みたいに、仲良くでき、なかった。」

 

 淡々と俯きながら話すシンラ。

 

 今この数分で語られる物語は、彼の生きた全てだ。

 

 何百といや、もうしかしたら何千と、時を重ねてきた物なのだろう。

 

 どれだけ、ひとりで寂しい想いをしてきたのだろう。

 

 彼の滲み出る寂しさはそこから来てあるのかもしれない。

 

 「だから、村人に元気でいて欲しい。僕は見守れれば、それで。」

 

 嘘だと思う。

 

 助けた、守れなかった、仲良くできなかった、村のために、期待した。

 

 言葉の端々から、寂しいという想いが溢れていると感じた。

 

 それに何より、私をつい助けてしまったこと。

 

 おばあちゃんと過ごした時間。

 

 きっと彼は。

 

 本当はそう思っていないと、わかる。その言葉が嘘であるとわかる。

 

 私は想いが溢れて言葉として形にしていく。

 

 「私は怖がりません。山にも来ることが出来ます。山の妖さんに襲われたのも私が注意を聞かなかったからです。私は大丈夫です。」

 

 「でも、酷い怪我をした。」

 

 だが、彼は簡単に言葉を吐き捨てる。それでも私の想いは、消えない。

 

 「治してくれました。シンラが治してくれたんです。傷ついていないです。傷つけられていないです。」

 

 彼が否定する全てを否定して、受け入れて欲しいと願う。

 

 ただの私の我儘だ

 

 それでも彼にこれ以上寂しい思いをして欲しくない。

 

 そんな辛い顔をして欲しくない。

 

 私が心に寄り添えるのなら、そばにいたい。

 

 「でも僕と、出会って……いなかったら」

 

 「それはもう、わたし死んじゃってます。私、シンラに助けもらったから今ここにいるんです。……あなたは、間違っていないです。」

 

 「でも、僕と居たら怪我する…かもしれない。」

 

 「だから、教えて欲しいんです。山のこと、妖のこと、そして、シンラのことを。」

 

 「どうして、どうしてそこまで僕のことを……」

 

 私の全力の想いにようやく、シンラが心を動かしてくれる。

 

 困惑するように、困ったように。

 

 だから私も勇気を振り絞って、想いを形にする。

 

 たとえ彼に思って貰えなくても、私の想いを伝えたい。

 

 「私より長生きで、人間見てきたのにわからないんですか?」

 

 「わから、ない。」

 

 「だって、私もう『瞳奪われてますから』」

 

 「どういう……こと?」

 

 「恋してるんです。……私。シンラが好きでしょうがないんですよ。」

 

 なにも緊張することなくすんなりと言葉を紡ぐ。

 

 正直に想いを伝えられたと思う。

 

 遅れてなんだか恥ずかしさが襲ってくる。

 

 余計にそれが本物の想いであると告げている気がして鼓動は高鳴る。

 

 「僕は……人間じゃない。この姿も借り物。本当は醜い。」

 

 対照的にシンラは心を曇らせる。どれだけの間辛い思いをしてきたのだろうか。

 

 シンラは囁きながら、姿を本来の姿に変える。

 

 ヒトツメの妖。

 

 昨日とは違い、背丈は私と同じぐらいだろうか。

 

 悲しそうに顔をふせ、自らを視界に捉えることを嫌がってみせる。

 

 だから、私は彼のほほに手を触れて目線を合わせる。

 

 この姿になっても、気持ちは変わらない。

 

 だって、好きになったのはシンラなんだから。

 

 「全然、醜くないです。……私、初めて会った時からこの瞳に惹かれたんです。皆が怖いって言ったって、私はそうは思いません。黒くて、吸い込まれそうで、とっても綺麗で。……そして、その後好きだと思ったのは心です。心を好きになったんです。…本当はあなたが暖かくて、優しくて、人を大切にするって知っているから。……そばにいさせてください。」

 

 私は目線を合わせながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 シンラの目元に涙が溜まっていくのがわかる。

 

 「いいの……?僕にはその気持ちがまだ、分からない。」

 

 「好きな人のそばにいれるって幸せですよ?……それに、もうこれで寂しくないでしょ?」

 

 「うん。……なんだか、今胸がドキってした……気がする。」

 

 「ふふ、嬉しいです。私もあなたを知りたいように、あなたにもそう思って貰えるようにがんばりますね」

 

 嬉しいのだろうか。悲しいのだろうか。

 

 でもそこには寂しい表情はなく、泣きながらシンラは笑ってみせる。

 

 ーーーーー。

 

 わたしは少しでも恩を返せたのだろうか。

 

 彼の心を救うことが出来たのだろうか。

 

 まだ一方通行で、わたしの独りよがりなのかもしれない。

 

 先が分からないわたしのヒトツメの恋。

 

 それでも今この瞬間の温もりは本物だと思う。

 

 私はひと時の幸せに身を委ね、彼との未来を思い描いていた。

 

 そして、ヒトツメの噂話が本当であったと今さら気がつく。

 

 シンラはそっと、『ありがとう』と口にしたのであった。

 

 それだけで、私は心が満たされたのであった。

 


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか。短編といいつつ、かなり文字数の多い作品となってしまいました。楽しんで頂ければ、幸いです。

ここでは、ちょっとした解説をさせて頂こうかなと思っております。


①ヒトツメが降りてくる日付について

実際に厄日とされる日らしく、山に登るとかならず事故に遭うと言われているそうです。とある地方では、それを鎮めるために『一つ目小僧』という儀式というようなモノを行うそうですよ。


②ヒトツメの能力について

元々神とする意見もあるそうです。また病や事故を防いでくれているというような内容のものもあるそうです。なので、作中では傷を癒したり村人を助けたりというように描きました。また、描写的に分かりづらかったかもしれませんが、重症は1日ねると治る、軽傷はすぐ治るといったイメージで描いていました。詳しくは割愛しますが、調べてみると面白いかもしれませんよ。


③山の妖は何がしたかったか

とにかく穢れた人間に山の恵みが奪われるのが、嫌いと言ったスタンスです。ちなみにおばあちゃんに呪いと怪我を負わせたのは山の妖です。それを意識が朦朧としていてシンラがやったと誤認識してしまったというのが真相です。それはあくまで、二人の物語なので今回は描きませんでした。(連載していれば、もっと掘り下げても良かった箇所)


一応、こんな感じです。ほかにも気になるところございましたら気軽にコメント、感想お待ちしております。最近、ありがたいことに評価をしてくださる方が増えていて嬉しく思います。ただ、感想を頂けるととっても参考になるので、お願いしたいです。(欲張るな)


では、いつもご愛読頂きありがとうございます。失礼します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一つ目小僧という妖怪の事を多方面からよく調べて空想的に美しく物語に仕上げられてると感じました。 [気になる点] シンラとフウゲツと山のアヤカシの話をもう少し知りたいと思いました。 [一言…
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