第8話 引きこもりでも友達くらいいます
使用人たちは、珍しくエリオットに会いたいと言う人物がやって来て目を丸くした。引きこもりのエリオットに友人がいなんてと驚きを隠せないハインズに、「今までもたまに来ていたよ……」とエリオットは言い訳めいた説明をした。
「たまに王都に行く用事がある時に連れて行ってくれる友人……セオドア・アダムズっていう」
ブラッドリー家に来るのはこれが初めてではなかったはずだが、エリオットの注目度が低かったせいで、その友人まで人々の記憶から消えていたらしい。セオドア・アダムズは、白いスーツを着こなし、明るい茶褐色の髪を整えた明るそうな好青年だった。同年代なのにエリオットとは全く違うタイプに見える。
「学生時代の友人で……ビアトリスにも後で紹介するから」
ビアトリスにはこのように言っておいた。これ以上の説明は難しい。「部屋の掃除をしつつビアトリスの原稿を一緒に探してもらうため」だなんてとても言えない。
約束通りの日時にセオドアはやって来た。そして地下室に入って来た第一声が「ペンドラゴン編集長、調子はどうだい?」だ。
「しっ! ここでその名前を堂々と言わないでよ!」
慌てて止めるエリオットを、セオドアは不思議そうに眺めた。
「今更何を隠すことがあるんだよ? 緊急の用事があると言うから急いで来てやったんだぞ」
セオドアは手を腰に当てふんぞり返った姿勢のまま、前見た時よりも散らかった部屋の真ん中にいるエリオットを不思議そうに見下ろした。
「それはありがたいけど、ちょっと一大事なんだよ。手紙にも書いたけど、うちに投稿した小説が持ち主に戻ってきてないみたいなんだ。原稿をなくすなんて信用にかかわる問題だ。編集部はもう一度探してくれたんだろ?」
「念入りに探したが、こっちにはなかったぞ。それより、どうしてお前のところに直接問い合わせが行ったんだ? 誰もお前の居場所は知らないはずだろう?」
エリオットの動きがぴたっと止まる。そうだ、まだ「あのこと」をセオドアに話してなかった。
「まだ話してないことがある……実は、最近結婚したばかりで、その原稿の持ち主は新しい……『奥さん』なんだ……」
質の悪い冗談にしては手が込み過ぎている。そもそもエリオットはその手の冷やかしはしない性質だ。それが分かっていても、セオドアはひっくり返ってしまった。
「な、何だってー! 手紙には結婚したなんて書いてなかったじゃないか!」
「ごめん、驚くよね。自分でもまだピンと来てない。でも、兄が失踪して、兄の婚約者の家から別の娘と結婚しろと言われて。それで結婚したら、新しい奥さんが『紅の梟』に小説を投稿していたんだ。すごい偶然だね。ははは……」
力なく笑い視線をそらしたエリオットの両肩をセオドアはがしっとつかみ、振り回しながら叫んだ。
「はははじゃねーよ! 相手はお前がペンドラゴンってことを知っているのか?」
「まさか! 絶対に言えないよ! 引きこもりの陰キャが雑誌では偉そうなことを書いてて、しかもそれが旦那さんですとか恥ずかしすぎて無理! おまけにペンドラゴンのファンなんだって! そんな人間がこの世に存在するなんて知らなかったよ!」
「言えよ! 夫と憧れの人物が同一だったなんて、ある意味チャンスじゃないかよ! 恥ずかしがってる場合じゃないだろ!」
「ごめん! それだけは絶対にやめて! 奥さんのことちゃんと紹介するから! お願い!」
必死に頼み込むエリオットを見て、セオドアはやれやれとため息をついた。この友人に呆れ返ることは数えきれなかったが、今回ほど開いた口がふさがらないことはない。
「あのさあ……どこから突っ込んだらいいか分からないけど、確かにお前の出資で『紅の梟』は成り立っているところはあるよ。言わば、一番のスポンサー様だ。だからこそ、俺もこうして協力してるわけ。極度の引きこもりでも文章さえ書ければ編集長が務まるように、編集部との橋渡しをして、広報や営業や関係各所との調節その他諸々の雑事を俺が担っている。言い換えれば、それでお前に対する恩は返していると思っている。なのにその上、私生活の面倒も見なきゃいけないってわけ!?」
「え? 別に私生活については助けを求めているつもりはないんだけど、そういう話になるの?」
「なるよ! だって、そこまで必死になるのは奥さんのためだろう? 確かに、相手が誰だろうと原稿を紛失するのは駄目だけど、赤の他人だったら俺を呼ぶまでのことしたか? 他にも頼みごとがあって呼んだんだろう、どうせ?」
セオドアは全てお見通しのようで、エリオットをぐっと上から睨みつけた。睨まれたエリオットはますます小さくなって、蚊の鳴くような声で答える。
「そう……かもしれない。正直、自分でもどうしたらいいか分からないんだ。ただ、前のようにいかなくなっているのは認める。例えば、この本だ。原稿を探そうと思って、まず部屋の片づけをしようと思った。するとこの本が邪魔なんだ。本棚に入れようと思っても、もうここには収まらない。床にある本を片付けるならば、地上の部屋に移らなければならない。つまり、僕もここにいられなくなる。これがどれだけ不安なことか分かるか? いつまでここにいるわけにいかないと認めざるを得なくなった時の気持ちが!?」
「つまり、地下室に引きこもるのをやめたいと、こういうわけなんだな?」
「いや、そこまでは言っていない!」
「言ったも同然だろ! 原稿を探すにはこの部屋を片付けなければならない、それにはこの部屋より広い部屋に移動するしかない。自分でも分かってるじゃないか!」
「違う! 分かってない! そうじゃないもん!」
「おまえもう24だろ? いい加減現実見ろよ。結婚したんだろ? いつまで自分の世界に閉じこもってるんだよ?」
そこまで言われて、エリオットはぐすっと鼻をすすった。正論過ぎてぐうの音も出ない。
「でもさ、少しでも地下室から出なきゃと考えるようになっただけでも前進じゃん。やっぱり結婚して変わったの? そういやお前、もしかして日焼けしている?」
ろうそくの灯りでは分かりにくいが、エリオットの顔色が健康的になったことにセオドアは気付いた。少しではあるが、肉付きもよくなっている。
「ああ……最近彼女と散歩に出かけるようになったんだ。それで定期的に外に出て歩くようにしている……そこで本の話をするのが日課になって、それはそれで楽しいって言うか……」
セオドアは、見た目以上に心境の変化が大きいことを知ってますます驚いた。エリオット自身はこのことに気付いているのだろうか?
「すごいじゃないか! お前が女性と普通に会話できるなんて! そこまでしてくれた奥さんに感謝だな! もちろん俺にも会わせてくれるんだろうな?」
「ええ……セオドアはちょっと嫌だな……僕よりも魅力的な男性には何となく会わせたくない……そんなこと言ったら殆ど当てはまってしまうか」
「おい、さっきはちゃんと紹介するって言っただろ! 王都からこんな田舎くんだりまで来てやったんだから、手ぶらで帰るつもりはないぞ。全く、締め切りが終わったばかりだからいいものの、俺だって忙しいんだからな!」
「うん、ありがとう。せめて、自分が人前に出られれば君にここまで苦労させることもないんだけど」
実家の地下室に引きこもったまま編集長の仕事をやれるのはセオドアのお陰だ。何度も王都に出てくるように説得されたが、エリオットは居心地のいいこの地下室から一度も出ようとしなかった。編集方針や進捗状況を手紙でやり取りするのはものすごく手間がかかるが、それでも外に出たくないという気持ちが優先された。骨を折ってくれたセオドアには、感謝してもしきれない。しかし、これからはそうも言っていられなそうだ。エリオットは密かに覚悟した。
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