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第7話 夫の正体

まだ日は浅いが、長年引きこもりだったエリオットが徐々に外に散歩に出るようになって、早くも変化が起き始めていた。青白かった肌が日焼けして前より健康的な見た目になりつつある。


最初の頃は、火傷したように皮膚が真っ赤になってしまったが、それでも嫌だと言わなかった。ただし、髪の毛を切りたがっていたのにいつの間にか「このままでいい」と意見を変えてしまったのは謎だが。


使用人たちも、この得体の知れない変わり者夫婦の人となりが知れるにつれ、安心感を取り戻していった。最初はユージンが突然失踪して途方に暮れていたが、今ではむしろユージンよりも気さくなエリオットとビアトリスに気を許しつつある。以前より屋敷の中の風通しが良くなって、リラックスして仕事に臨めるようになった。


そんな中、周りがそんな風に思っていることを知らない当事者の二人は、この日も散歩を楽しみながら、創作談議に花を咲かせていた。


「エリオットの短編すごくよかった! 短編なのに世界観が作りこまれていて、いくらでも話が広げられそうだわ。もちろん『紅の梟』に投稿するんでしょう!?」


「うん? どうしようかな……やっぱやめようかな」


嘘をつくことができないエリオットは、つい曖昧な返事をしてしまった。まさか、これがビアトリスを欺くために、わざわざ突貫工事で書き下ろした作品とは思うまい。


「徹夜しながら書いてたじゃないの! 投稿しなきゃもったいないよ! 絶対掲載されるわ! 私があなたの第一の読者よ、いつかあなたが有名になった時に『ワシが育てた』って威張っていい?」


「ちょっと! ほめ過ぎだよ! 実際はそんなもんじゃないってば……本当にすごい作品を書いていれば、今頃出版社から引き抜かれて作家になっていたはずだから」


エリオットは、ふっと視線を地面に落とし、小さな声で続けた。


「ビアトリスもこの程度でめげちゃいけないと思う。でも、戦略もなく闇雲に書き続けるだけじゃ、せっかくの才能が埋もれてしまってもったいない。そこで提案なんだけど……」


エリオットは、一旦言葉を切ってビアトリスの方を見た。これから言いにくいことを言わなければならない。浅い呼吸を繰り返しながら、ちゃんと言わなければと自分を奮い立たせた。


「これからは別の雑誌に投稿した方がいいと思う。その……『紅の梟』向きではないと思うんだ。いくつかライバル雑誌があるだろう? 『楡の木』とか『明日への咆哮』とか」


それを聞いたビアトリスは予想通り当惑して、曇った表情を浮かべた。


「なぜそう思うの? 他の雑誌も知ってるけど、私が一番好きなのは『紅の梟』なんだけど」


「好きなものと、自分が向いているものは必ずしも一致するとは限らないんだよ……ビアトリスがまだ一社しか応募したことないのであれば、他のところにもチャレンジした方がいいと思う。掲載されなかったやつはもう返ってきただろう? 一度駄目だったものでも、別のところで評価されるなんてザラにある。一度考え直してみない?」


自分の言葉に嘘偽りはない。しかし、エリオットは、内心やましい気持ちで一杯だった。


ビアトリスに他の雑誌を勧めた本当の理由は、自分では客観的な評価ができないからだ。それが自分の責任を放棄する感じがしてどうも気が咎める。ここに来てから新しく書いた作品はつい先日見せてもらった。悪くないと思う。悪くはないが……


でも、身内となった今は、自分が正しい評価を下せるとは思っていない。身内だからと特別に掲載したところで、それは自分のポリシーに反するし、彼女を愚弄する行為にも思える。こうなっては自分の手に負えないことを認め、いっそのことライバル誌に投稿するよう勧めたのだ。


「あなたがそこまで言うならば……でも、本当はペンドラゴン編集長に評価されたいんだけどな。私あの人のファンなの、巻頭言もスクラップしているのよ。きっとあの方は思慮深いイケオジだわ」


「えっ、そうなの!? ペンドラゴンのファンなんているの?」


「何驚いているのよ? そんなにおかしい?」


ビアトリスにぐっと睨まれ、エリオットはたじたじとなった。


「いや、そうじゃないけど……」


エリオットは、ビアトリスの剣幕に押されて咄嗟に否定したが、頭の中では「いや、おかしいに決まってるだろ!」と叫んでいた。動揺しすぎて変な汗までかいている。


一方のビアトリスは、彼がなぜそんなに驚いているのかまるで理解できなかった。


「でも、さっきも言ったように好きと向き不向きとは違うから、別のところに投稿した方がいいことには変わらないよ……」


「それに、前送った原稿がまだ返って来てないの」


「えっ? そんなまさか!?」


エリオットは真っ青になった。掲載に至らなかった原稿は、投稿主に返すのが原則のはずだ。特別な事情がないかぎり全例そうしているはずだが、ビアトリスの言うことが本当なら、こちらの事務的ミスでまだ送ってないことになる。


どうしたものか。投稿された作品は、全部自分が目を通している。あの部屋の散らかりようを考えれば、どこかに紛れている可能性が否定できない。


しかし、編集部にまだ残っている場合もありうる。これはすぐに捜索をしなければ。


「それじゃ、急いで戻ろう」


「え? なぜ? 急ぎの用事でもあるの?」


エリオットは、自分が口を滑らせたことを悟り顔を赤くした。


「いや、そうじゃない。あああごめん。自分でも何が何だか分からない」


すっかり狼狽してぐるぐる歩き出すエリオットに、ビアトリスは驚くばかりだった。自分が何か惑わせるようなことを言ったのだろうか?


(エリオットって本当に変わってる。さっきアドバイスしてくれた時は堂々としていたのに、あっという間に不安定になってしまって。一体何があったのかしら?


そんなことを考えているうちに、エリオットは、勝手に屋敷へと戻る道をつかつかと歩き出していた。


**********


地下の自分の部屋に戻ったエリオットは、まず始めに、部屋の片づけを始めた。片付けをするなんてもしかしたら初めてに近いかもしれない。


しかし、没作品とは言え、作者にとって我が子のようなものである。それを紛失する行為は、自分の職業倫理にもとる。この際誰のものであろうが、是が非でも見つけ出さないと気が済まない。


しかし、書類の山は一朝一夕で積み上がったものではなく、片付けは一向に進まない。しかも、中途半端な状態だと前より散らかっているように見える。


これは一人ではどうにもならないと考え始めた時、足を引っかけて床に積み重なった本の山を倒してしまった。


(あ、まずい……! 床にある本も本棚に入れないとな……でも地下室だとこれ以上本棚を増やせない。ここにある本を全部収容するとなると部屋を変えるしかない)


それは、地下室から出ると言うことを意味する。しかし、それはエリオットにとっては難しい課題だ。


かつてユージンが言った言葉を思い出す。お前はここに隠れていろと。ここにいれば兄様が守ってあげると。そう信じて生きてきた。なのに、すぐ帰って来ると言った兄は一向に帰ってこない。


(あれ、でも今は何が怖いんだ? 何から身を守ろうとしてたんだっけ?)


ふと、今は何も怖いものがないことに気付いた。そもそも、何が怖かったのだろう? 兄は何を警告していたのだろう? 大事なことなのになぜか思い出せない。そのことがひどく気味悪く感じられて、エリオットは強制的に考えるのをやめた。


(それにしても全然見つかる気配がないな。この際大がかりな片付けもしてしまおう。でもそれだと一人では無理だ。あいつを呼ぶしかないかな……)


膨大な書類の山からビアトリスの原稿を探すのは一人では無理と悟った。こうなったら友人の助けを借りなければならない。頼める人が一人だけいる。エリオットは彼に向けて手紙を書いた。


友人がやって来たのは一週間後。清潔感のある白いスーツを着こんだ爽やかな好青年。地下室に引きこもるエリオットにこんな友人がいたなんて、みな驚きを持って迎えた。


彼は地下室に通されると、エリオットを見てこう言った。


「やあ、久しぶり。お前から呼び出すなんて珍しいな。一体何の風の吹き回しだ、ペンドラゴン編集長?」


最後までお読みいただきありがとうございます。

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