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第5話 引きこもり脱出計画

(ちょっ……! 今の本当なのか!? 投稿したって言ったよな! ってことは、彼女の小説を読んだことあるんじゃないか?)


地下室に戻った後、エリオットは頭が混乱して何も手に付かなくなった。すっかり取り乱して、足の踏み場もない床を本のタワーの間を縫ってぐるぐると回り出す。


(ペンネーム聞くの忘れてた。きっと本名では出さないだろうし。でも本当のことを知られたらまずい! 絶対に隠しておかなきゃ!)


ここまで考えたところで、いや待てよ? 逆に親交を深めるきっかけにならないか? という考えが頭に浮かんだが、すぐに被りを振って否定した。まさか、自分と親密になりたい若い女性なんて存在するはずがない。下手な妄想は捨てろ。エリオットは自分を戒めた。


これから仕事の続きをしようと思っていたが、それどころではない。にわかに机の上の書類をかき分けて何かを探そうとしたが、自分は何してるんだと思いとどまった。仕事に戻ろうと再び席に着いたが、気持ちは千々に乱れ、集中することはできなかった。


**********


翌日、ビアトリスは、ユージンが使っていた執務室で、ハインズと事務仕事をしていた。


エリオットが苦手だと言っていた帳簿付けや領地経営に関わる業務を一緒にやっている。一通り内容を教われば、そう難しくない内容だ。エリオットなら簡単にできそうだと思うのだが、何を毛嫌いしているのだろうか?


「ねえ、ハインズ。エリオットの義兄様のユージン様ってどんな方なの?」


仕事にも慣れ、ハインズとのコミュニケーションも苦にならなくなって来た。この辺で、この家の人間について探りを入れてみよう。


「ええと……そうですね。とびきりハンサムで女性の人気が高い方です。現在27歳ですが、『結婚したい貴族ナンバー1』と言われているらしく、その手の噂が絶えないようです」


「それくらいは私も知っているのよ。家ではどんな人だったかと聞いているの」


「申し訳ありません……使用人の立場で主人を評価するのはおこがましいゆえ、致しかねます。どうかお許しください」


ハインズはきちんとした執事らしく、申し訳なさそうにそう言っただけだった。予想通りと言えば予想通りだ。しかし、本当にいい主人ならばそこは誉めそやすのではないか? とビアトリスは考えた。


(もしかしたら、悪口を言いたくても言えない状況なのかも?)


「こちらこそ答えにくい質問をして悪かったわね。では、エリオット様との兄弟関係はどうだった? これなら少しは答えれられるんじゃない?」


「それがですね、エリオット様は地下室から殆ど出ることがなく、身の回りの世話もお一人で済ませることが多かったので、我々も詳しくは知らないのです。ユージン様が地下室に行ってお二人でお話することはありましたけど、我々の耳に入ることは少なかったです」


「一人で? だってユージン様の弟でしょ? それじゃ使用人と殆ど待遇に差がないじゃない?」


「はい、それでもご本人が何も言わなかったのと、ユージン様がそれでいいとおっしゃるので……」


ハインズはそこまで言って「あとはお察しください」と言うような顔をした。主人の悪口は言えないが、状況から察すると、ユージンは外と内では違う顔を使い分けている。しかし、エリオットはそんな兄を慕っている。そんなところだろうか。


なぜエリオットが兄をそこまで信じているのか分からないが、これ以上は本人に尋ねるしかない。腑に落ちたような落ちないような、ビアトリスは大きなため息をついた。


「お役に立てずすいません。実際分からないことも多くて……」


「いいのよ。板挟みになるようなことを聞いてごめんなさいね。職業倫理の高い執事とお見受けしたわ。これなら信頼して仕事を任せられるわね」


ビアトリスがそう言って笑うと、ハインズは申し訳なさそうに目を伏せた。むしろ、聞かれたことをべらべらと喋るより信用できるだろう。正直さの表れとも見ることができるし、特に問題はなさそうだ。


それから小一時間経ち、仕事がひと段落してから、ビアトリスはエリオットのいる地下室を訪ねた。


「昨日はお疲れ様。ゆっくり休めた……感じじゃないわね?」


エリオットは、昨日の服装から着替えず、ベストと上着をその辺に放ったまま、一心不乱に書き仕事をしていた。碌に寝てもいないようだ。


「いくら小説を書いてるからって、体調を崩すほどのめりこんだら駄目ですよ。少しは休んでください。それとも締め切りに間に合わないんですか?」


「うん? 締め切り? まあ確かにそうかな」


エリオットは、ビアトリスがやって来たことに驚きながら、半分上の空で答えた。


「こう言っちゃなんですけど、まだプロにもなってないのにそこまで打ち込んで体でも壊したら元も子もありません。どうか健康第一に考えてください。それとも、既に連載しているとか……!?」


「いや、そうじゃない。ただの趣味の段階に過ぎないよ」


エリオットは慌てて取り繕った。本当のことなど言えるはずがない。


「そうですか、びっくりしました。こんな身近に神がいるのかと思っちゃいました……のめりこむ気持ち、私も分かります。かつては自分もそうでしたから」


「かつては……なの? 再開するつもりはないの?」


エリオットから不意に聞かれて、ビアトリスはもじもじしながら床に視線を落とした。


「再開、ですか? でも才能ないのもう分かってるし……」


「何度チャレンジしたか知らないけど、才能がないなんてことないよ。この界隈は、途中で脱落する人が多いから、結局最後まで諦めない人が残るんだ。それに、もし今まで一人でやってたのなら、批評し合える仲間がいる方が伸びやすい」


「でも、あなた、私の小説読んだことないじゃないですか……」


なおもビアトリスが迷っていると、エリオットは自分でも考えてなかった言葉をいつの間にか発していた。


「もし僕でよければ一緒に読み合いをしない?」


「え? いいんですか?」


言ってしまってからエリオットは、はっとした。ただでさえ忙しいのに新たなタスクを抱えるなんて厄介でしかない。しかしこの時は、ビアトリスを立ち直らせたい気持ちの方が勝っていた。


「うん……僕の書いた小説と交換して、意見を言い合おうよ」


それを聞いたビアトリスはぱっと顔を輝かせた。


「本当ですか! ありがとうございます! 創作仲間がいなかったからずっと孤独だったんです! 嬉しい!」


純粋に喜ぶビアトリスを見てたら、エリオットもうきうきした気持ちになってきた。


「それなら私も提案があるんです。暗い地下でなくて明るい屋外で読み合いをしませんか? ちょうど散歩に適した季節ですし、運動にもなると思うんです。このままだと体に悪いし……」


彼は自ら進んで地下室にいるのだから、このような提案は迷惑かもしれない。でも、ずっとこの生活を続けるのは健康上の問題があると思われる。うっとおしがられようが、ビアトリスは、何とか口実を付けて、彼を外に引っ張り出したいと思った。


「それって、僕を地下から引き上げたいってこと?」


「ぎくっ! 分かっちゃいました? だって日の当たる場所に出てきて欲しいって思うのが人情じゃないですか? 自分の夫には健康でいて欲しいし」


「ん? 今何て言った?」


「あ……だから、自分の夫には健康でいて欲しいって……」


「自分の夫」という響きがやけに生々しいことに気付いて、二人とも顔が真っ赤になったまま先が続けられなくなった。しばらくどちらも口ごもったまま時間だけが流れる。


しばらくしてエリオットが不自然な咳払いをしてから口を開いた。


「あ、ありがとう、健康のこと気遣ってくれて。ずっとここで寝泊まりしていたからいきなりは無理だけど、散歩くらいならできそうな気がする」


「やった! 実は断られるかもしれないってドキドキしていたの。よかった、OKしてくれて。お勧めの散歩のコースとかお気に入りのスポットがあるから教えてあげる! ……じゃなくて、嬉しいです、ありがとうございます」


ビアトリスは、地の部分がまた出てしまったことにはっと気付いて、お辞儀をしながら慌てて訂正した。


「いいよ、僕のことはただのエリオットでいい。これからはくだけた口調にして。だって夫婦でしょ」


「分かりました……じゃなくて分かった。これからはそうさせてもらうね。じゃ、また」


ビアトリスはそう言い残して地下室を出た。ドアをしめたところで自分の顔が真っ赤にほてっていることに気付く。「自分の夫」「夫婦だから」なぜこんな当たり前のことで恥ずかしくなるのか。まるで子供ではないか。


しかし、書類だけ交わして、式も挙げていない夫婦の方が本来おかしいのだ。自分たちは、世間一般の常識から大きくかけ離れていることをここに来て認識させられる結果となった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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