第4話 ふつつかな実家ですいません
それから数週間のち、ビアトリスの両親と妹がやって来た。
食堂室を使おうとしたら、「そこはちょっと……」とエリオットが躊躇するので、応接室に軽食を並べることした。そんなに長居して欲しくないのかな? と思ったが、長居して欲しくないのはビアトリスも同意見なので、特に気にすることではないのだが。
騒々しくやって来た彼らは、予想通り家の主人もそっちのけで、提供された食事を食い散らしながら好き勝手言っていた。
「ユージン殿はいつ戻られるのですか? それが分からなくてこちらもほとほと困っているのです。エリオットさんも何か聞いていませんか?」
「すいません。僕の口からは何も言えないんです。ただ、心配するようなことはないから落ち着いてほしいとしか言えなくて……」
「その口ぶりですと、ユージン殿が今どのような状態かご存じなのでは?」
「いえ……決してそんなことでは……」
たまにエリオットに話を振るかと思ったらユージンの話題である。ユージンの居場所が知りたくて探りを入れに来たんじゃないかと思うほどで、新生活を始めた娘を慮る発言は一言も出てこない。
ビアトリスは、自分の親族が情けないやら恥ずかしいやらで、エリオットに顔向けができなかった。
「本当は私とユージン様がこの家の主人になるはずだったのね。こんな立派なお屋敷に住めないなんて残念だわ。ユージン様が戻ってきたらもう一度婚約の話してくださる? お父様?」
「ああ、別に解消になったわけじゃなく、話が途中で止まったままだから大丈夫だろう。お前は何も心配しなくていいよ」
父とミーガンの会話にも呆れ返る。もしユージンとミーガンが一緒になったら自分たちは家を追い出されるのだろうか。ビアトリスはやれやれと思いながら、隣に座るエリオットを垣間見た。
常識知らずの家族が彼の目にはどう映るだろうと思ったが、エリオットは表情一つ変えずに、置物のように座っている。そこから彼の内心を読み取ることはできない。
「エリオットさん、ビアトリスはどんな感じですか? 花嫁修業は毛嫌いして文芸活動ばかりしていたので、外にお出しするのが恥ずかしかったのですが」
やっと自分の話題になったと思ったら、こき下ろす内容とは。身内ゆえの謙遜と思いたいが、これは本心なのだろう。
それなら、恥ずかしい娘をなぜ嫁に出したのかと尋ねたいところだが、場をかき乱したくないため何とか我慢していた。そんな中、エリオットは表情を変えず口を開いた。
「彼女も慣れない環境に放り込まれて大変だとは思いますが、よくやってくれています。僕には過ぎた奥さんです」
「もしかしてお二人お似合いのカップルなんじゃないの? ビアトリスもスカートを履かなかったり自分で小説書いたりして変人ぶりを発揮してるけど」
「え? 小説を書くの?」
母の発言に驚いたエリオットの視線が一気に自分に向けられる。ビアトリスは不自然なくらいに慌てだした。
「ま、まあ、その話は今はいいから。ほら、お茶が冷めちゃうわよ」
咄嗟に話を逸らしたが、余りにも不自然な流れだ。冷や汗をかきながら空気を変えたいと思っていたところに、ミーガンが思わぬ助け舟を出してくれた。
「エリオットさんに気に入ってもらえてよかったわね。とにかく普通じゃないから一生結婚できないと思ったわ」
普段ならむっとするところだが、この時ばかりは話の流れが変わったので、生まれて初めてミーガンにお礼を言いたくなった。
しかし、エリオットにとっては思うところがあったようで、彼にしてははっきりした口調で言葉を繰り出した。
「普通じゃないと言うのは、僕の基準ではどういう意味なのか分からない。平気で動物を殺すとか、弱い者いじめをするというのなら分かる。そんな倫理道徳観の者とは相いれないから普通じゃないと言える。でも、ズボンを履くのは、乗馬したり木登りしたりするのに楽な格好だからであり、それらが好きな人にとっては合理的な方法を取っているに過ぎない。本が好きな人種はそれこそ珍しくないし、女性の読書家だっていても不思議ではない。割合的には少なくても、珍しいという意味で『普通じゃない』という言葉を使うのは正確性に欠けていると思う。つまり、ビアトリスはそう言った意味では僕らと同じ感性を持つ真っ当な女性だし、そんな些細な事で嫁ぎ先がないということはないのでは」
一切淀みなく言い切ったエリオットに対し、みな口をぽかんと開けて言葉を失った。ビアトリスも顔を真っ赤にして押し黙る。
(これは、もしかしてかばってくれた……ってこと!? 私のためを思ってしてくれたのかな?)
ビアトリスがまごまごしていると、先にミーガンがアハハハハと大声で笑い出した。
「何なの、本気になっちゃって。論破したつもり? やっぱりあなた達お似合いの夫婦ね!」
情けないことに父も母もミーガンの放言を咎めることはなく、このまま話題は流れて行った。こうして彼らの来訪は幕を閉じた。
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両親とミーガンが帰ってくれてビアトリスはほっと安堵のため息をついた。これでひとまず一件落着だ。
応接室の一人がけソファにぐったりと座り込んでいるエリオットにそそくさと近づいてお礼を言いに行く。早くしないと、彼はすぐに地下室に戻ってしまいそうだ。
「今日はうちの家族と会ってくれてありがとうございました。色々失礼な発言もあったかと思います、私から謝らせてください」
ビアトリスはそう言ってぺこりとお辞儀をした。人のいる場が不慣れなエリオットは、見るからに疲れ切っていたが、ビアトリスに話しかけられてきちんと座り直した。
「君から謝ることなんてないよ。別に怒ってもないし……ねえ、さっき話に出たけど、小説を書いていたの? もしかして投稿とかしてた?」
「あ……はい」
やはりその話題からは逃れられなかったか。ビアトリスは観念したように認めた。
「それって……『紅の梟』に投稿したとか?」
「ええ……でも昔の話です! 今はすっかり足を洗っているので!」
「どうしてやめたの?」
「へ?」
その声がやけに切羽詰まっているような感じがして、ビアトリスは思わず聞き返した。
「どうしてやめちゃったの? 今は書いてないの?」
「ああ……何度かチャレンジしたけど駄目だったんです。一度も掲載されることがなくて。私が余りに創作活動に没入するものだから、一度父と賭けをしたことがあるんです。一度でも『紅の梟』に作品が載ったら、王都に独り住まいしてもいいと提案されて。何度かチャンスを貰ったけど駄目でした。当時家を出て王都に住んでみたかったので頑張ったんですが実力が足りなくて。それだけです」
ビアトリスは恥ずかしい気持ちを隠すように照れ笑いをしたが、エリオットは沈痛な面持ちで聞いていた。どうしてそんな顔をするのだろう? そこまで深刻になる話ではないはずだが?
「そうか……今日は疲れたから部屋に戻らせてもらうよ。おやすみ、色々ごめん」
エリオットはそう言い残すと、よろよろと立ち上がり、身体を引きずるように部屋を出て行った。ビアトリスはその背中を見送りながら、最後の彼の言葉が気になって仕方なかった。
(ん? いまごめんと言った? 彼は何を謝ったのかしら?)
ビアトリスは首をひねってあれこれ考えたが、何も心当たりがなく途方に暮れるばかりだっ
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