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第31話 負け犬の矜持

エリオットとセオドアは「楡の木」の編集部を出て、「紅の梟」に戻って来た。既に終業時間は過ぎているが、まだ数人が残業をしている。他の者がいるにも関わらず、エリオットは鞄を叩きつけるように机の上に置くと、セオドアに向かって感情を露わにした。


「スポンサーのことどうして話してくれなかったんだ! そんなに僕は頼りない人間なのか!」


「そうじゃない! ビアトリスがお前に心配かけたくないって……すまん、彼女のせいにするのはよくないな。僕も同意したから。とにかく、お前が必要以上に負い目を感じるのを恐れたんだよ!」


エリオットがここまで感情的になるのを見たことがなかったので、残っていた社員たちは目を丸くして二人を見つめた。セオドアにとっても、今のエリオットの状況は尋常でないというのは分かっていた。


「だからって内緒にすることないじゃないか! 一人蚊帳の外に置かれたと知った時の気持ちと言ったら……頼むから、これ以上自分が役立たずだということを突きつけないでくれ……」


「ほら! やっぱりそういう反応だろう! 結局どうなっても、お前は傷ついたと言って騒ぐと思っていた。面倒なことになるから、変な横槍が入らなければずっと隠し通すつもりだったよ!」


セオドアの剣幕を見て、エリオットは荒ぶった気持ちがすーっと冷めた。確かに何でも他人任せにしておいて、勝手にキレるのは筋違いだ。セオドアがどれだけ身を粉にして調整役をこなしているかを知っている分、自分の身勝手さにようやく気付いた。


「ごめん、怒ったりして……何もできないのにプライドばかり高くて……」


「だから自分を卑下するのをやめろ! そんなんじゃいつまでたっても自信なんてつかないぞ! ビアトリスの隣に立てるだけの人間になるんだろ!?」


しかし、エリオットが次に放った一言に、セオドアは愕然とした。


「そのことに関しては、最近どうでもいいかなと思ってる……ビアトリスと結婚したのはそもそも間違いなんじゃないかと」


「は……? お前正気? 自分が何言ってるか分かる?」


「正気も何も、ずっと考え続けてきたことだ。自分はビアトリスに相応しい人間なんだろうか? 彼女を好きな気持ちが募るのと反比例して、自分とは不釣り合いだと思うようになった。そもそも始めが、周囲の利害が一致しただけの政略結婚だ。実質的な夫婦生活もまだない。今なら引き返せる。彼女を正道に戻すことができる」


「おいっ! それで彼女が喜ぶとでも思ってるのかよ!」


「最初のうちは傷つけることになるのかもしれない。でもほんの一時だよ。僕よりいい人間を見つけてすぐに忘れられると思う。そのほうがこっちも気が楽だし——」


「……お前はそれでいいの?」


「うん。好きな人には幸せになってもらいたいし、それで自分がどうなるかは余り興味がない」


やけにさっぱりした口調でエリオットが語るので、セオドアは怒る気力すらなくして、近くにあった椅子にぐったりとへたり込んだ。


「やっぱりお前おかしいよ? なんでそんな結論になるの? まさかとは思うけど、シンプソン編集長とお似合いとか考えてないだろうな?」


「あ、分かっちゃった? お前勘がいいな。まあ、彼も好みや選択権があるから何とも言えないけど、ビアトリスとならお似合いだなと思って。独身で悪い噂も聞かないし。さっき会ってちゃんとした人間だというのも分かった」


それを聞いたセオドアは、反論する気にもなれなかった。エリオットとはこういう奴なのだ。自己肯定感が低すぎて、自分自身に価値を見出せず、いざとなれば何の躊躇もなく自分を鉄砲玉に差し出せるほどの衝動性を内々に秘めている。呆れ果てた末にやっと一言だけ言った。


「本当にお前って自分勝手な奴だよな」


「うん、それは本当にそう思う。ところで話は変わるんだけど、自分勝手ついでにもう一つ話を聞いてくれないか?」


さっきまで怒っていたとは思えない、平静な様子でエリオットは言った。


「少し休暇が欲しいんだ。ちょっと、やるべきことがあって。仕事の方は一通り済んでいる。ここのところ、お前んちに帰らずここに寝泊まりしていただろ? 原稿は早めに済ませておいた。僕の机の上にあるから持って行ってほしい」


「やるべきことって何だよ? 変なことを考えてるんじゃないんだろうな?」


「変なこととはひどいな。僕のこと信用してよ。今までも関係機関に相談に行ってて、少しずつ準備はしてきたんだ。今後に向けた取り組みだから決して後ろ向きの話じゃない。ただ、時間がどれだけかかるか分からないんだ。それが終わったらまた戻って来る。だから、今のところは詳細は聞かないで欲しい」


「……それでこっちが納得すると思った? はっきり言わせてもらうけど、今のお前は信頼度ゼロなんだよ。何を考えてるか分からなくて気味悪い」


気味悪いと言われても、エリオットは苦笑したままだった。その変に吹っ切れた態度が怖いと言うのに——。


「ひどい言いようだな。今はまだ言えないけど、後できちんと話すから。お前にはいつも心配かけてごめん。でも、たまには僕自身の力でやり遂げたいんだ。信頼度ゼロなのは承知してるけど、それでも信じてくれ」


ここまで言われたら、セオドアも反論できなかった。エリオットは、この日から二週間の休暇を取り、どこへ行くとも言わず姿を消した。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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