第25話 批評会という名の文学バトル
数日後、ビアトリスとマークは、とある建物の二階にいた。そこは広めの会議室のような空間で、中央に二つの椅子とテーブルが向かい合うように置かれ、周りをたくさんの椅子が取り囲む形になっている。ここが、作家志望者がお互いの作品を読み合い批評し合う批評会の会場だ。
ビアトリスは何から何まで初めての場所で、自分が発表するわけでもないのに緊張していた。周りが男性しかいないせいもある。一緒に来たマークは、こういう場は慣れているようで、顔見知りに会っては軽く挨拶をしていた。
一緒にいるビアトリスは紅一点ということもあり何かと注目されるようで、マークを通して紹介されることが多い。そのうち、これがここに来た目的の一つであると合点した。ビアトリスの顔を売る算段なのだ。
「みんな君に注目しているよ。これで作品が雑誌に掲載されれば、あのときの人か、と気付いてもらえる。ただで宣伝しているようなものだ」
「さすが編集長、そこまで考えていたとは思いませんでした。敏腕と言われるだけありますね」
間近でマークの仕事ぶりを観察していて、彼が相当のやり手であることはビアトリスも認めていた。
「せっかくだから大々的に売り出したいじゃない。でも残念ながらそんなに宣伝にお金はかけられないからあの手この手で工夫してるんだよ。せっかく『紅の梟』から引き抜いた期待の新鋭作家だしね」
ここで「紅の梟」という名前が出てくると思ってなかったビアトリスは、戸惑った表情を浮かべた。
「別に引き抜かれたわけではないでしょう。だって、あちらには歯牙にもかけられなかったんですから」
「うちに来た最初の日、一緒にいたの『紅の梟』のアダムズ氏の妹さんでしょう?」
「えっ! ご存じだったんですか?」
ビアトリスは、驚きの余り飛び上がりそうになった。まさか、マークはそれを知りながら今まで黙っていたのか?
「知ってるよ。狭い世界だからね。セオドア・アダムズは実質的な編集長で、その妹は女権拡張運動家というのはこの界隈ではそこそこ有名だ。名前を聞いた時にピンと来た。彼女と知り合いなのだから、君が『紅の梟』の関係者と思うのは自然なことだろう? それなのにどうしてうちに来たの?」
ビアトリスは、何と説明すればいいものか分からず、しどろもどろになってしまった。本当のことを言うのは憚られるし、こういう時どうすればいいのだろう?
「あの、『紅の梟』からは選ばれなかったというのは本当です。アンジェリカとセオドアにはお世話になっていて、王都に出て来た時も助けてくれたんですが、そこに投稿してたのは内緒にしてたので……身内びいきされたくなかったから……」
何とかエリオットのことは隠しておきたい。マークがペンドラゴンの正体を知っているかは不明だが、ビアトリスが彼の妻だということが知れたら余計ややこしくなるだろう。そう考えながら、上目遣いでマークの反応をうかがった。
「そうなんだ、じゃあ僕は運がいいのかな。先に君を見つけられて」
それを聞いたビアトリスは、マークの言葉の真意を図りかねていたが、ちょうどその時、知っている顔を見つけた。
「セオドアにアンジェ! 本当に来たのね!」
「僕は前に来たことがあるんだけど、ビアトリスの話を聞いてアンジェが興味を示したんだ。でも、君の邪魔をしちゃいけないから僕が連れてきた。あと、もう一個隠し玉があるよ」
セオドアはウィンクしながらそう説明した。隠し玉? そう言えばエリオットの姿が見えないが、彼は来ていないのだろうか? そう思っていると、司会者が会の始まりを告げたので、みな席に着いた。
「本日お集りの皆さん、今日も活発な議論を戦わせて、創作の糧にしていきましょう。さて、今回エントリーするのは、トム・ハロッズ氏の「月と閃光」、対するはエリオット・ブラッドリー氏で「桟敷席の隙間から」です。観客の皆さまからも積極的にご意見を伺いたいところですが、くれぐれも紳士的な態度でお願いします。では、ご両人、前へどうぞ」
え? 観客じゃなくて登壇者なの? ビアトリスは、エリオットの名前を聞いた時、驚きの余り立ち上がりそうになった。
頭が真っ白になったまま見守っていると、見覚えのあるエリオットが姿を現わした。王都に出てくるだけで精一杯だったはずなのに、人前で、しかもこれだけの観衆に見つめられる形で彼の心臓が持つのだろうか。ビアトリスは、自分のことのように心臓がドキドキした。
案の定、エリオットは、傍目に見ても気の毒に思えるくらいおどおどしていた。自作の小説を10分ほど音読するのだが、彼の声はとても小さく、何度も「もっと声を大きく」と声をかけられ、その都度身を縮めていた。ビアトリスは自分が助太刀したくなるのをやっとのことで抑え、手をぐっと握りしめる。
対して、相手の男性は堂々とした態度で淀みなく読み上げており、これを見たら小説の中身を論ずるまでもなく、勝敗は決したように思われた。
(一体どうしてエリオットはこの場に出ようとしたの? まさか私ここに来るのを知ったから!?)
さっぱり分からない。彼が持って来た「桟敷席の隙間から」という作品は、ビアトリスが前の家にいる時に読んだものである。だから内容は既に知っていたが、観客はこれをどう評価するか、固唾を飲んで見守っていた。
「お二人ともありがとうございました。皆さんのお手元にも要約を書いた紙があるかと思いますので、それも参考にしながらご意見をお寄せください。と、その前に、本日の審査員である、ピーター・ハムストリング氏、講評を願います」
視線を横にやると、あごひげを蓄えた、何やら偉そうな紳士がコホンと咳払いをしてから口を開いた。
「あー、まずはお二人ともご苦労様でした。二作品ともハイレベルだったと思います。ハロッズ氏の『月と閃光』ですが、これは別荘地で過ごしたひと夏の経験を大人になった主人公が振り返るという作品です。青少年の瑞々しい感性を、成熟した大人の筆によって振り返るというのは、一つの文学的表現として確立されており、不変のテーマになっていますが——」
ハムストリング氏の講評は長々と続いたが、ビアトリスは上の空だった。次にエリオットの講評へと移り、はっと我に返る。
「次に、ブラッドリー氏の『桟敷席の隙間から』ですが、これも作者の体験を背景にしているような、そんな生々しさと切実さが伺えます。主人公の少年は、街から一歩も外に出たことがなく、舞台の虚構の世界が彼の全てとなておろいます。そんな主人公を通して、世界を知ることは、実際に体験することが唯一の方法なのかと問いかけているわけです」
ビアトリスは、自分でも知らないうちにうんうんと頷きながら聞いていた。
「これを私は、読書体験によって一体どれだけの者が得られるかという根源的な問いへと繋がっていると考えました。すなわち、ここにお集まりの皆さんは、私を含め読書家ではありますが、それで世界を知ったと言ってもいいのか。それとも見ると聞くとでは雲泥の差があるものなのか。ここには、ブラッドリー氏なりの回答が書かれてますが、異を唱える者もいるやもしれません。しかし、文学においては意義のある問題提起と考えます」
よかった。とりあえず無難な講評でよかった。てっきりこき下ろされるのかと思い、手に汗を握っていたビアトリスはほっとした。しかし、これで終わりではなかった。彼女の後ろにいる人物が手を上げて発言したのだ。
「ブラッドリー氏の作品は、私にとっては机上の空論にしか思えません。まるで、暗い穴の中から全てを知った風というか。頭でっかちな子供の戯言にしか聞こえない」
何だって? ビアトリスは自分が侮辱されたように全身の血が凍り付いた。
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