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第24話 エリオットの受難

ビアトリスが「楡の木」で奮闘していたのと同じころ、「紅の梟」でもエリオットがもがき苦しんでいた。


無数の書類や資料がうず高く積もるごちゃごちゃした狭いオフィスで、何とか場所をこじ開けてエリオットの席が作られた。今日からここで編集長として働くことになる。


ごくたまに顔を出すことはあったが、ほぼ幻の存在と見なされていたため、10人ほどいる社員たちは驚きと戸惑いを持ってエリオットを迎えた。


「まあ、最初からうまくいくはずないから肩の力を抜いていけよ。そのうち慣れるから」


セオドアにそう言われたが、仮にも自分は編集長である。ペンドラゴンの名を借りて偉そうなことを散々言って来たのに、ここで情けない姿を晒すわけにいかないという気持ちが強い。


このように変な力が入っているものだから、当然うまくいくわけがない。


衝動的に家を飛び出したエリオットだが、いざ王都に足を踏み入れると圧倒的な人の波に流され目が回る思いがした。ただその場にいるだけで体がぐったりする。


「ペンドラゴン編集長、最終確認をしていただきたいのですが? 編集長?」


「あっ? ああ、ごめん。ありがとう」


一瞬自分が呼ばれていると気付かず、返事が遅れてしまう。自分がペンドラゴンなのを忘れていた。こんな仰々しいペンネームを付けたことを今更ながら後悔する。


「これからはブラッドリーで構わないよ。ペンドラゴンっていうのは、ただのペンネームだから」


本当の自分はペンドラゴンどころかミミズやカナブンくらいのものなのに。エリオットは自分のために用意された席で小さくなった。


こんな編集長の席なんていらない。他の社員と同じ末席で構わないのに。そう思っていると、また知らない人から話しかけられた。


「あなたが編集長ですか? こないだの人とは違うけど……」


どうやら取引している外部の業者の人らしい。突然話しかけられることなんてあるのかと思いながらエリオットは立ち上がって返事をした。


「セオドアなら今外出中で……自分にできることがあればお聞きしますが」


セオドアの力を借りずとも役に立ちたい、そう思い用件を聞いたがさっぱり分からない。


戸惑った表情を浮かべしどろもどろになっていたら、相手は見切りをつけてまた来ますと帰ってしまった。やっぱり自分は役立たずなんだ。がっくり肩を落として座り直す。


「だから言ったじゃないか。急にうまく行くわけないって。仕事を覚えるのは徐々にでいいから、今は前と同じようにやってくれればいい。ペンドラゴンの代わりは誰にも務まらないんだから」


セオドアがいてくれて本当に助かった。この友がいなかったら自分はどうなっていたか分からない。エリオットは改めてお礼を言った。


「お前本当にいい奴だな。こんな僕に奥さんがいて、お前がまだだなんて信じられないよ」


「うん、それはその通りだと思う」


こうして四苦八苦の日々を送っていたある日、アンジェリカが久しぶりに職場にやって来た。


アンジェリカは、仕事が立て込んだ時にたまに応援に来る程度で、毎日来ているわけではない。何の用事かと思ったら、ビアトリスの情報を伝えに来たのだ。


「ねえ、ビアトリスが『楡の木』の編集長と一緒に今度の休みにアマチュア作家の批評会に行くんだって!」


「批評会? あんな野蛮な会合に? 物理的な殴り合いになることだってあるんだぞ! あんな場所に女性が来るのを見たことがない」


セオドアは驚いて目を見開いた。


「だから編集長が着いて行くんじゃない? ボディーガードとして。でもいいの? そのままで?」


「そのままって?」


「話によると、シンプソン編集長はビアトリスのことを高く評価してるみたいよ? シンプソンが優男で、ビアトリスも自分の魅力に気が付いていないタイプ。このまま何も起こらないとお思い? 鈍感な男性諸君?」


「ええ……本当なのか? どうする? エリオット?」


名探偵気取りのアンジェリカの話を聞いて、弱気になったセオドアがエリオットに尋ねた。


「そうか……ビアトリスはあっちでうまくやってるのか。それはよかった。『楡の木』の編集長は有能なんだな」


「ちょっと、感心してる場合じゃないわよ!? ビアトリスを取られてもいいの?」


「彼女さえしっかりしていれば大丈夫だよ。それに最近思うんだ。僕のお守りをする人生で本当にいいのかって。もっといい男性と巡り会えるチャンスがあったんじゃないかって」


エリオットの余りに弱気な発言に、セオドアもアンジェリカも呆れて口をあんぐり開けてしまった。


「おい! いくら自信喪失しているからって、そこまで落ち込むんじゃないよ! 俺の妻だから手を触れるなの一言くらい言ったっていいんだぞ?」


「いや、向こうはビアトリスのことを独身だと思ってるんだろう? 僕の奥さんだってこと内緒にした方がいいとアドバイスしたのは君たちじゃないか。もちろんそれでいいと思ってるし、僕がそれで嫉妬するとかないから大丈夫」


セオドアたちは、うっと言葉に詰まってしまった。確かに、ビアトリスが既婚者ということを伝えていれば、マークも変な気を起こさないだろう。今の状況になった原因の一端は自分たちにもある。その事実に思い当たり黙りこくってしまった兄妹に、エリオットが意外な一言を言った。


「それなら僕たちも行ってみようか。その批評会とやらに?」


セオドアとアンジェリカはびっくりしてエリオットを見つめた。


「そう、それと! 私たちも潜入しましょうよ!」


「えええ? 本気で言ってるの!?」


「兄さんは行ったことあるんでしょ? どんな場所だった?」


「いい才能があったら青田買いしようと思って何度か行ったことはある。でも、創作論には一家言持っている頑固者ばかりだから、議論がヒートアップしやすいんだよ。そこで大きな衝突が起きる。下手したら物理的な殴り合いまでね。じっくり文学を語る場ではないね」


「どうしてそんなところへビアトリスを連れて行くつもりなのかしら?」


「今まで一人で創作活動をしてきたビアトリスに色々な世界を見せたいんじゃないか? あと、もしかしたら同業者と顔見知りになれるし。そんなに行きたきゃ3人で行ってみようか?」


「そうね。でもただ行くだけではつまらないじゃない?」


「お前、何を考えてる?」


何かを企む様子のアンジェリカを見て、セオドアは嫌な予感がした。アンジェリカの視線はエリオットに向いている。それまで、黙って聞いていたエリオットはきょとんとした。


「え? 僕に何かある?」


「あなたも自信喪失してるみたいだから、ここら辺で渇を入れる必要があると思わない? ねえ?」


最後までお読みいただきありがとうございます。

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