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第22話 再会はしたけれど

「で、俺のところに来たっていうわけ?」


翌日、エリオットはセオドアの自宅に身を寄せていた。


「迷惑なのは分かってる、本当にごめん。でもセオドアしか頼れる人がいなくて。もうどうしたらいいか分からない」


「いや、それはいいんだけどさ、持って来た荷物が今書いてる原稿と仕事関係の物しかないってどういうこと? 服とか持ってこなかったの?」


「あ……ごめん! そう言えばそうだった。とにかく逃げなきゃと思ったから、命の次に大事な物しか思いつかなかった」


セオドアは、エリオットの生活能力が皆無なことにため息をついた。この分では自分の屋敷に居候させないとまずいだろう。自分の目の届く範囲に置いておかないとどうなるか知れたものではない。


「でもさ、正直ほっとしているんだ。よかったな。ようやく兄貴の呪縛から逃れられたのか。もう一生無理だと思ってた」


セオドアが安堵したように呟くと、エリオットは床に視線を落としてぽつりぽつりと話し始めた。


「やっとお前が言っていた意味が分かった。逆に今まで何で分からなかったんだろうと思う。ビアトリスを悪く言われて、初めて何かおかしいと考えるようになった。でも、今でもまだ半信半疑なんだ。本当は愛情表現が不器用なだけで、愛してくれてるんじゃないかと期待してしまう。だって、ここまで嫌われる理由が分からないし、地下室にいた時間が全くの無駄だったなんて認めたくない。自分の選択が誤りだったと認めたくないんだ」


エリオットはそう言うと、頭を抱えてうずくまった。セオドアもこれにはどうすることもできない。再三忠告して来たのに、その都度否定して来たのはエリオット自身なのだから。その度にやきもきさせられたが、かと言って、深手を負っている今の彼に追い打ちをかけたくはなかった。


「無駄だ、無駄だと言うが、そればかりでもないぞ。こういう星の巡り合わせでなければ、ビアトリスには会えなかっただろう? 『紅の梟』だって作れなかったかもしれない。一見無駄に見えるけど、着々と積み上げたものもあるんだよ。そう気を落とすな」


セオドアが言葉の限り慰めていると、廊下からつかつかと足音が聞こえてきた。騒々しくドアが開きビアトリスとアンジェリカが部屋の中に入って来る。セオドアから知らせを受けて飛んで来たのだ。


「エリオット! 久しぶり! 会いたかった!」


ビアトリスはそう叫ぶと、エリオットに勢いよく抱き着いた。エリオットはソファに腰かけた状態だったが、ビアトリスの勢いがよすぎて椅子にゴロンと倒れそうになった。


「本当にごめん。ビアトリスにも心配かけたね。そちらはどうだった?」


「その……まだ教えてないことがあるんだけど、今度『楡の木』で連載をすることになって、原稿を直してもらう傍らそこで働くことになったの」


それを聞いたエリオットはびっくりして、ビアトリスを穴のあくほど見つめた。その視線を受けて、ビアトリスも気まずそうにもじもじする。エリオットはライバル誌の編集長なのだから、この反応は自然なことだ。


「そうか……それはよかった。ビアトリスの作品が正当に評価されたんだ。うちで拾ってやれなくてごめん。そのこともセオドアから聞いているらしいけど。別に隠すつもりはなかったんだ。本当にごめん……」


「あなたさっきから謝ってばかりじゃない! 謝ることなんて何もないのよ! 逆に私の方が節操ないことして申し訳ないんだから……」


「いや、君は何も悪くない。自分の才能を認めてくれるところで書いた方がいいに決まってる。『楡の木』はしっかりした雑誌だから、作家の育成も任せられる。何も心配はないよ」


優しいエリオットならそう言ってくれるのは分かっていたが、彼に気を使わせてしまったのが何だか申し訳ない。


本当は、ペンドラゴン編集長に認められるのが一番嬉しいのだが、相性が悪いと思うしかなかった。エリオットとペンドラゴンは違う。その点を理解しなければならない。


「ね、それよりまたあなたと一緒にいられるのが嬉しい。今までずっと心細かったもの——」


キラキラと目を輝かせて言うビアトリスを、なぜかエリオットは制した。そして、彼女の両肩を持って体を離し、目を合わせて真剣な表情で話し始めた。


「あのね、これからまた謝るようなことを言わなければならないんだけど……しばらくセオドアの家に厄介になって、本当の意味で自立する訓練をして行こうと思う。自分は社会経験が乏しいし、ずっと引きこもっていたし、面倒な仕事を全部セオドアに押し付けて原稿を書くことしかしなかった。これでは、ビアトリスの隣に立つ資格はないと思うんだ。仕事を覚えたり色々経験を積んだりして、一人の人間として自立したい。今のままでは気が済まない。ビアトリスにも合わせる顔がない。その、つまり、自分に自信が持てるまで少し距離を取りたいんだ」


「はあ? あなた何言ってるの!?」


アンジェリカがたまらず割って入る。セオドアが慌てて止めるが、彼も仰天しているのは明らかだ。


「俺もそこまで聞いてなかったぞ? 確かにお前は年の割に世間知らずだが、そんなの徐々に覚えて行けばいいだろう? 自分が納得するまでビアトリスに会わないなんて言ったら、次いつ会えるか分からないって!? 何もそこまでストイックになる必要はないじゃないか!」


「僕の気が済まないんだよ! 兄様からビアトリスを守れなかった。今だってまだ兄様の真意を測りかねている。こんな不甲斐ない、頼りない男がビアトリスの夫でいいわけないだろう!? 何より自分で自分を許せない。好きだけど、好きだからこそ、恥じない男になりたいんだ。本当に申し訳ないと思ってる。こんな奴捨てたかったら捨てても構わない。でも、僕でもいいと言うのなら……わがままだとは思うけど待って欲しい」


エリオットの必死の訴えに、みな沈黙するしかない。しばらく誰も言葉を発さなかったが、やっとビアトリスが口を開いた。


「……分かった。あなたがその覚悟なら私も待つわ。強くなって戻って来て。でも、今のあなただって十分好きなんだからねっ! 変にカッコつけなくてもいいのよ!」


喋っているうちにだんだん涙がぽろぽろこぼれてきた。泣いている姿を見られるのが恥ずかしくなって、たまらず部屋を飛び出してしまう。アンジェリカが慌ててその後を追いかけた。


泣くのを抑えられなくてしゃくりあげるビアトリスを、アンジェリカは別の部屋に入れてくれた。すると、一際泣き声が大きくなり、アンジェリカにすがって顔を埋めた。


「エリオットのばか! ええかっこしい! 別に変わる必要なんてないのに! すごく寂しいんだから! でも彼自身が今の自分を嫌いなんだからどうしようもないわ。私にはどうすることもできない」


アンジェリカは何も言わず、ビアトリスの背中を優しくさすった。エリオットはバカだと思うが、やっと成長をしたいと考えるようになったのだろう。その心意気を邪魔することは誰にもできない。


「エリオットには兄が付いているから大丈夫よ。学生時代からの仲だし、彼のことはよく知っている。ビアトリスは自分のことだけを考えて生きればいい。今は、連載を成功させるのが先決。それぞれ成長した姿で再会すればいいのよ」


アンジェリカは、猪突猛進なところはあるが、肝心な時は優しくて頼りになる。やはりセオドアの妹なのだ。ビアトリスは、彼ら兄妹がいてくれて本当にありがたいと思った。


こうしてしばらくの間、ビアトリスはアンジェリカと、エリオットはセオドアと共に暮らすことが決まった。一緒ではないが、近い距離に二人がいるのは大きな前進だ。また一緒になれる日を夢見ながら、奇妙な夫婦はそれぞれの道を歩き始めた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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