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第2話 おお同志よ!

慌ただしい夫との初対面から数時間経ち、ビアトリスは、独りぼっちで夕食の席に着いていた。


こういう時はええと……どうしたらいいんだっけ? 初日ということもあり、長旅で疲れていた彼女はお腹が空いていた。できれば早く食事を摂りたい。しかし、家の主人であるエリオットがやって来ないことには一人で食べ始めることもできない。


いい加減お腹がぐーっと鳴ったところで、見かねたハインズが声をかけた。


「あの……エリオット様をお呼び致しましょうか?」


「そう……! その手があった! いいえ、私の方からうかがいます」


ビアトリスはそう言って立ち上がると、気まずい様子で背中を丸めるハインズを残し、食堂室を出て地下室へと向かった。ハインズは、ビアトリスが怒っているものと判断したらしいが、別に怒ってはいない。敢えて言えば、さっきちらと目にしたエリオットの部屋をもう一度観察したい好奇心に突き動かされていた。


ビアトリスは地下室に下りて、エリオットの部屋の粗末な扉をノックした。ノックしただけでは返事がないので、自ら名乗り上げると、向こうから慌てたように扉を開けた。


「ごめん……! つい作業に没頭してしまって。僕は地下室で食べるから気にしないで」


「そんな、家の主人を放っておくわけにはいきません!」


「いいよ、僕はただの代理に過ぎないし、家の主人なんて大層な身分ではない。ここでは自由に振舞ってくれて構わない。こちらから何かを注文することはないから」


ビアトリスは目を丸くした。今自由に振舞っていいと言った? まさか、そんなことを言われるとは思いも寄らなかった。


「あなたは、私に妻の務めを要求しないんですか?」


「へ? 妻の務めって何?」


「普通、夫婦になったからには、夫は夫の役割、妻は妻の役割が要求されますよね? それが何なのか、正直私もよく分かってないけど、あなたはそれを私に求めませんか?」


ビアトリスの回りくどい言い方が本気で理解できないらしく、エリオットは眉をしかめた。


「ああ、一般的な常識というのが僕には欠けていて……余りピンと来ない。ただ、君のお父様に、兄様の代わりに僕が結婚しろと言われてそうしたまでのことで……正直、ここに来るの嫌だったでしょ?」


「いえ別に。妹が散々失礼なことを言っていたけど、それはそれで面白いかなと思ってました。もっと怪物みたいな人を想像してたんです。怪物の住む城に嫁ぐ花嫁なんてゴシックロマンみたいだなあって。でも普通の人だったから却って拍子抜けしたくらいで……あ、口が過ぎました! ごめんなさい!」


ビアトリスは慌てて口をつぐんで頭を下げた。しかし、エリオットは別に怒った様子はなく、それどころかビアトリスに興味を示したようにじっと見つめてきた。


「本、好きなの?」


ビアトリスはこくりと首を縦に振った。


初めてここに来た時はまさかと思ったが、確かにここは本の楽園だ。床に積み上げられた本のタワーをちらりと見やると、興味を引くタイトルが目に飛び込んでくる。今では手に入りにくい限定本まで揃っている。


どうしてこれだけの蔵書を集められるのか? しかも無造作に床に置かれているなんてあり得ない。思った通り、エリオットは相当な読書家だ。彼女は、震える声でエリオットに頼みごとをした。


「ええ。ここはまるで宝物庫のようです。突然で申し訳ないですが、本を一冊借りて行ってもいいですか? その代わりなんでもやりますから!」


「仕事なんて何も……ただ、もし、好意に甘えていいのなら、兄様がやっていた仕事を手伝ってくれたら助かる。それ以外は何も要求しない、お金も自由に使ってくれて構わない。女の人は何かと要りようと言うのは聞いてるし、この家にいてもらう以上、その辺は困らないようにしたい。もちろん本くらい、いくらでも借りていいよ」


「お金はそんなに使いません。おしゃれも分からないし、使いどころがないです。それより、家の中ではズボン姿でも構いませんか? その方が動きやすいので。仕事の方はやり方を教えて下さればできると思います、本当にそれだけでいいんですか?」


「もちろん。仕事ならハインズが教えてくれる……正直困っていたんだ。僕にはよく分からないから」


それなら、ずっとやっている書き仕事は何なのか? あれは仕事ではないのか? ビアトリスは疑問に思ったが、それより眼前に広がる宝の山に目を奪われた。


「何でもいいけど、本の山を倒さないように気を付けて。これでも種類別に分類してあるんだ」


彼はこの無数にある本のタワーを全て把握しているとでも言うのか? ビアトリスはえっと驚いたが、許可は下りたので、タワーを倒さないように注意深く歩きながら物色し始めた。


(すごい……! 乱雑に置かれているように見えながらちゃんと分類されている! これはジョットの著作群、反対側にあるのは今では古本屋でしか手に入らないと言われているミリガンの復刊……こんなものを揃えているエリオット様って何者?)


これは「分かっている人」の選び方だ。おそらく彼女と同類かもしれない。ビアトリスは、身体がうずうずしてくるのを抑えられなかった。


自分と趣味が同じ人に出会うのは初めてだ。今まで話が合う人がいなくて寂しい思いをしてきた。偶然結婚した相手が、もしかしたらそうなのか? そうだとしたら何て幸運だろう。こんなこと滅多にあるものではない。


でも、話しかけるのが怖い。怖い人ではないが、拒絶されたらどうしよう? 趣味の会話を好まない人だったらどうしよう? そもそも自分の勘違いだったらどうしよう?


「あの……何かあった?」


「あ……いえ……どの本にしようか迷ってしまって」


ビアトリスは頭がいっぱいになってそれだけ答えるのがやっとだった。そして、やっとのことである一冊の本を手に取った。


「これ、ランカスターの二部作いいですか?」


「も、もちろん。どうぞ、持って行って。返すのはいつでも構わないから」


どぎまぎしながらお礼を言った後ビアトリスはエリオットの部屋を出て行った。扉を閉めた後で、興奮の余り両手で口を押さえる。


どうしよう、親の決めた相手と結婚したと思ったら、まさかの同志だったなんて!




最後までお読みいただきありがとうございます。

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