第19話 夫婦の分かれ道
結論から言うと、エリオットは大分参っていた。
セオドアがブラッドリー家を訪れると、憔悴しきったエリオットがそこにいた。これが真相なのだが、ビアトリスに心配をかけないでくれとエリオットに懇願され、本当のことは言えていない。
ビアトリスとユージンから二者択一を迫られた時、彼女の手を取れなかった自分をずっと責めていることも、その理由までセオドアが推察した通りだ。
『ビアトリスはこっちで見ておくから安心しろ。アンジェが同居して面倒を見てくれるから。お前はまず自分のことを何とかしろ。これじゃ帰ってもビアトリスに報告できないよ?』
セオドアは、前会った時より憔悴しているエリオットを見て言った。頬はげっそりこけ、目もどこか虚ろだ。それなのに、仕事に穴はあけられないと原稿執筆だけはしている。これではいつか体が参ってしまうだろう。
『ビアトリスは僕に裏切られた気分になっただろう。でも本当のことを知ったらもっと傷つけてしまう。もうどうしようもなかったんだ』
『そのことだけど、お前がペンドラゴンってこと喋っちゃったよ。ユージンもほのめかしていたみたいだし、いつまでも隠せるもんじゃないだろう?』
エリオットは愕然として、けろっと言ったセオドアの顔を穴のあくほど見つめた。
『はは……ペンドラゴンなんて大層なペンネーム付けて馬鹿みたいと思っただろうな。実態はこんななのに』
『それよりお前のこと大層心配してたぞ。早く彼女を安心させてやれよ。その前に、確認しておかなきゃならんが、お前はどうしたい? このままの方がいい? それとも変わりたい?』
エリオットは一つ一つ言葉をかみしめるように話した。
『本音の奥深くのところではビアトリスのところに行きたい。片時も彼女と離れたくない。でもそれだと兄様からの援助が止められ、今後の活動が続けられない。正直板挟みなんだ』
『そうか、お前の気持ちは分かった。じゃあ、こっちが考えていることを話すよ。今まで、お前からの援助を当てにしていたのは否めない。正直言って甘えていたと思う。それが積もり積もって今の困った状況になっている。そこで、お前に頼らなくてもやっていけるように、今後は広告を募って行こうと思う。広告料で回していく経営方針に変えるんだよ』
エリオットは縋るような目でセオドアを見上げた。
『本当にそんなことができるのか……?』
『そもそも、他社はみなそうしてる。普通のやり方に変えるだけだよ。王都に戻ったら早速スポンサーを探すために営業をかけなきゃ。その間お前は下手に動かずここにいろ。準備が整ったら王都に呼ぶから。それでいいだろ?』
『僕も手伝わせて。何もせずにじっとするなんてできない』
『お前は敢えて何もするな。兄貴に目を付けられたら厄介だ』
それを聞いたエリオットは、眉間にしわを寄せ何とも言えない表情をした。
セオドアは、微かな、しかし確かな変化におやっと目を見開く。エリオットの前でユージンを悪く言うことは地雷だったが、もしかしたら少し風向きが変わってきたかもしれない。セオドアは、ドキドキしながらもここは一つ賭けに出てみようと思った。
『あのさあ……そもそも論だけど、『紅の梟』の活動資金はお前の金であって、家の金ではないんだよな? お兄さんが送金をやめる筋合いは、本来はないんじゃないか?』
『……やっぱりそう思う?』
蚊の泣くような小さな声だったが、確かにエリオットはそう言った。おっ、これは脈ありか? もう少し押しても大丈夫だろうか? 期待と不安の中でセオドアは言葉を続けた。
『その辺お兄さんに確認してみてもいいんじゃない? 本来ならお前の金を本人がどう使おうが勝手じゃないか? どうであれ、スポンサーを探すことには変わりないけど。とにかく、資金面の目途がついたら、お前もビアトリスのところに行け。彼女が寂しがっている。夫婦なんだろ?』
夫婦、という言葉を聞いて、土気色だったエリオットの顔に少し血の気が戻る。ビアトリスに会いたい気持ちは本物のようだ。それさえあれば心配はないだろうとセオドアは思った。
セオドアがエリオットと会った顛末は以上の通りだが、ブラッドリー家を出る時、エリオットからビアトリスに託されたものがあった。「楡の木」の最新号が届いていたのだ。これをビアトリスにと封筒ごと渡されていた。
ビアトリスは新しく書いた短編をまた「楡の木」に出していた。ドキドキしながら中を確認すると、何と、自分の作品がまた掲載されている。こちらの方がビアトリスの作風に合っているというのは本当だったのかもしれない。
喜んでいると、雑誌の他に手紙が同封されていることを知った。封筒の隅にへばりつくように入っているそれを取り出し、中身を確認する。内容を知ったビアトリスは、みるみるうちに顔色が変わった。
「ちょっと、アンジェ、セオドア! これ見て! 『楡の木』で連載をしないかって手紙が入ってる! もしよければ編集部に来てもらって話をしたいだって!」
これには、セオドアもアンジェリカも驚いた。まだ二回しか掲載されてないのに雑誌連載の話が来るなんて、よほどビアトリスの文才を評価していると見える。アンジェリカは手放しで喜んでくれたが、セオドアの方は内心複雑な心情だった。
(ビアトリスの才能を他所に取られるのはもったいないな……でもうちが見いだせなかったのは事実だから仕方ない。作風もあっち向きだったこともあるだろう。ここは素直に喜んでおこう)
「すごいじゃない、ビアトリス! 『楡の木』の編集部なら場所知ってる! 確かあそこの編集長イケメンって話よね。新妻に色目使う奴だと困るから、私がボディーガードとして一緒に着いて行ってあげる!」
イケメンという言葉が出てくるとは思ってなかったビアトリスは、えっと驚いた反応をした。そんなに有名な人物なのか。
「『紅の梟』はちょっとお堅いイメージだけど、あちらの方が少し大衆的と言うか、女性好みのやわらかな作風だから選ばれたのかもしれない。編集長はイケメン……まあその通りかも」
「あの……やはり編集長と言うのは注目される存在なの?」
「うん? まあ。編集長のキャラで雑誌の個性を出しているところもあるくらいだからね。うちは謎に包まれた存在というのが逆にアピールポイントになっているところがあるかな。ペンドラゴンはさる大物作家の裏の顔なんて噂もあるくらいだから」
確かにビアトリスも、人生経験が豊富で落ち着いた雰囲気の壮年の男性だと思っていた。エリオットだと聞いた時はとても信じられなかった。
「でも私がエリオットの妻だと知れたらまずくないですか? そもそも向こうはペンドラゴン編集長の正体を知ってるのかしら?」
「うーん……どうだろう? 狭い世界だし噂ぐらいは掴んでいても不思議はないな。万が一を考えて、エリオットの妻ということは隠した方がいいかもしれない。千載一遇のチャンスなんだから、懸念材料は一つもない方がいい」
ビアトリスとしてはペンドラゴンに認めてもらうことを一番望んでいた。でも、自分の作品が本に載るのはまたとないチャンスだ。これを逃すわけにはいかない。そのためなら、エリオットの妻であることは隠すべきという、セオドアの意見はもっともだろう。納得はしたものの、モヤモヤした気持ちは完全に払拭できなかった。
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