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第1話 お荷物令嬢は引きこもりに嫁がされる

「ああ、ビアトリス来てくれたか。急な話で申し訳ないんだが、妹の代わりに結婚してくれないか?」


「は? 結婚? 私がですか?」


ビアトリス・テレンスは、父の第一声を聞いてその場に固まった。


父の書斎に呼ばれるなんて珍しいと思ったが、いい話のはずがない。一生結婚できないと思われているお荷物令嬢の自分に父親がにこやかな笑顔を向けた時点で、おかしいと察するべきだった。


「相手は、ブラッドリー子爵家の息子だ」


「ブラッドリー子爵家……確か、最近父親が亡くなって、ご長男が跡を継いだんでしたっけ? 『結婚したい男ナンバー1』と呼び声高いユージン・ブラッドリー新子爵と私が結婚?」


「あー……そっちじゃない。生憎ユージン・ブラッドリーは失踪してしまった。原因も分からず突然いなくなった。お前は知らないだろうが、ミーガンとユージンの婚約が秘密裡に進められていたんだよ。それが駄目になってしまってミーガンが大騒ぎ。ああ、今はその話じゃなかった。」


ミーガンとはビアトリスの妹である。姉の自分を差し置いて、妹の結婚話が先に進んでいたなんて知らなかった。まあそれはどうでもいい。自分のことは放ってくれて構わない。しかし、ユージンがいなくなったのに、他に誰と結婚するのだろうか?


「ユージン殿には24歳になる弟がいてね……余り知られてないがエリオットと言う。その弟とお前が結婚するんだ。と言うのも、とある事業の関係でブラッドリー家から資金援助を受けることとなった。それで婚姻関係を結ぶことになったんだが、突然ユージン殿がいなくなってしまった。ミーガンは、どうしてもユージンとじゃなきゃ駄目だと言う。そこでお前に白羽の矢がたった」


「でも、お父様。私は一生結婚するつもりはございませんと申し上げたはずです。郊外に小さな別荘を買って猫と暮らすのが夢だって言ったじゃないですか」


「またお前は変なことを言う。もう夢見る時は終わったんだよ。もう21だろ?」


父はため息をつきながら、小さい子供をあやすようにビアトリスに語り掛けた。


「この前は王都に住みたいとか言っていたし、一体いつになったら夢から覚めるんだ? 頼むからいつまでも遊んでいないで、たまにはみんなの役に立ってくれ」


「……つまり、ブラッドリー家と政略結婚しろというわけですね?」


「そうだ。本の虫なだけあって物分かりはいいな」


ビアトリスは何も言わず唇をかんだ。反抗したかったが、父に逆らえるだけの材料を持っていない。このままでは黙って従うしかない。そこへ、妹のミーガンが部屋に飛び込んで来た。


「あら、代わりに姉さんがブラッドリー家に嫁ぐの? でも残念。相手はユージンじゃないの。本ばかり読んでズボンなんて履きたがる姉さんが『結婚したい男ナンバー1』の相手に選ばれると思う? 残念だけど弟の方よ。ずっと地下室に引きこもっていて、その姿を見た者は殆どいないそうよ? とんでもない化け物だったりして?」


「こらっ! ミーガン! 姉さんをからかうんじゃない! お前は会ったことあるんだろう?」


「ええ。一応お見合いはしたわ。でもユージンとは正反対。あんなのと結婚するなんて想像しただけでぞっとする。本当に兄弟なの?」


「どうやら異母弟らしいな。ユージン殿は正妻の子で、エリオットは妾腹らしい」


「やっぱり! 卑しい血が流れてると思った! お兄さんと全然似てないもの!」


父とミーガンは二人で盛り上がり、姉のビアトリスはいつの間にか蚊帳の外に置かれていた。やれやれ、いつもこうだ。ビアトリスは小さくため息をついて、誰にも気づかれず部屋を出て行った。


**********


ミーガンの時はお見合いをしたのに、自分の時はそれすらない。つまり顔を見たこともない相手に嫁がされる。


貴族社会においてはこういったケースは皆無ではないが、妹に対する扱いと余りに違っていてむしろ笑えてくる。妹が相手にすこぶる失礼な態度を取ったので、今回は一刻も早く穏便に済ませたい事情もあるらしいが。いずれにせよ、全てレールは敷かれていることに、ビアトリスは抵抗する意欲もなくしていた。


決して元から無気力な人間ではない。むしろ反骨精神にあふれ、他人に左右されず人生を切り開きたいと思う性格だった。昔の自分だったら父に反発して家出していたに違いない。


しかし、ある出来事があり、道を踏み外す勇気も行動力もない口だけの人間だったと証明される結果となった。自分自身に失望した今は親の言う通りに従うしかない。


馬車はやがて、ブラッドリー家の屋敷に到着した。現当主が失踪したとは言え、元々ブラッドリー家と言えばそこそこの名家なので、屋敷も立派なものだ。気が塞いでいたビアトリスも、思わず辺りをぐるりと見渡して、自分がこれから住むことになる邸宅に目を凝らす。実家よりも格上の家柄であることは、屋敷を見れば簡単に分かる。


馬車から降りると、ずらっと並んだ使用人たちに出迎えられた。執事を筆頭に、この家の女主人となるビアトリスに挨拶をした。


これが新しく家族の一員となる者に行われる風習というのは分かっていたが、一番肝心なものが欠けている。この家の主人だ。


「あの……エリオット様はどこに?」


「ああ……はい。執務室におられます。これから案内します」


聞かれた執事は、気まずそうにそう言うと、ビアトリスを案内した。


これから夫となる人に歓迎されてないから迎えにも来ないのだろう。ミーガンは面と向かって彼を罵倒したという。その姉であるビアトリスも心証がよくないのは自明のことだった。


ビアトリスは執事の後を黙ってとぼとぼ着いて行ったが、向かう先は本当に執務室なのだろうか。廊下をどんどん突っ切って、更には地下へ続く階段を降りる。まさか地下に執務室があるとでも言うのか。不安が極限に達したビアトリスは思わず口を開いた。


「ちょっと待って。執務室って地下にあるの?」


「驚かせてすいません。ですが、そのまさかでございます」


執事は厳かにそう言った。ビアトリスは二の句が継げず、呆気に取られた。変わった人とは聞いていたが、ここまでとは予想していない。まさか、生意気な妹の姉を地下室に閉じ込めておく気なのだろうか!?


食物倉庫みたいな部屋の前に着くと、執事は、主人の部屋とは思えない粗末な扉をノックした。


「失礼します、ご主人様。奥様をお連れ致しました」


扉をノックするが返事はない。もう一度ノックをしたら低く唸るような声が聞こえてきた。これが返事代わりなのだろう。執事はもう慣れっこのようで、表情一つ変えず扉を開けた。


扉の先は、食物倉庫よりもはるかに広い空間だが、倉庫の方がマシと言える惨状だった。食料の代わりに書類が乱雑に散らばり、足の踏み場もない。本は本棚に収まりきらず、床の上に積み上げられたものが、塔のようにいくつもそびえ立っている。低い天井や壁にはいくつもろうそくを灯した灯がぶら下がっており、地下だと言うのに十分な明るさは取れていた。その代わり、ろうそくの煙で空気は最高に悪いが。


真ん中に粗末な机があり、一人の若い男性が何やら書き物をしている。


「エリオット様、私です。ハインズです」


執事のハインズに何度も呼びかけられて、この家の主人、エリオット・ブラッドリーはやっと顔を上げた。


ぼさぼさの黒い髪の隙間から見える茶色の瞳がこちらに向けられる。ユージンのハンサムなところを何一つ受け継いでいない、どこから見てもぱっとしない平凡な顔だ。ずっと地下室から出てこないせいか、青白い顔色をしており、目には隈ができている。貴族なのだからひもじい思いはしていないはずだがやせぎすで、24歳にしては世間ずれしてない子供っぽさと、やつれて老けこんだ感じが一つの顔に同居していて、ちぐはぐな印象を受けた。


しかし、妹が悪しざまに言うほどの顔ではないとビアトリスは思った。目と鼻と口が付いていれば御の字ではないか。そもそも人の美醜にそこまで関心がない彼女は、(なんだ、普通じゃない)とほっと胸をなでおろした。


エリオットもまた、ハインズの背後にいる女性を目にした。使用人以外で若い女性を見るのは実に久しぶりだ。赤みがかった髪に緑色の瞳がよく映えている。絶世の美女タイプではないがそこそこかわいい。しかし、なぜ若い女性が自分なんかに会いに来たのだろう? 


その理由に思い当たってはっと息を飲み、がばっと立ち上がった。


「もしかして今日か! ごめん! すっかり夢中になってて……えっと…………エリオット・ブラッドリーです……君は……」


「ビアトリス・テレンスと言います。よろしくおねがいします」


ビアトリスはまっすぐエリオットを見てぺこりとお辞儀をした。丸々と見開かれた緑色の瞳が、立ち上がった拍子に書類を落として慌てふためくエリオットを捉える。ボサボサの髪にだらしなくシャツを外に出したままの服装、明らかにビアトリスが来ることを失念していたとしか思えない。


そして、ビアトリスの視線は部屋の周囲へと移った。本棚にびっしりと詰められた本の数々。うずたかく積み上げられた本のタワー。これらを見た時彼女の心臓はどくんと跳ね上がった。何だここは? 宝物庫か?


「あの、この本は……?」


「うん? 僕の本だけど? ごめん、片付けが下手なんだ。こんな見苦しいところを見せるつもりじゃなかったんだけど。後のことはハインズが教えてくれるから。今ちょっと手が離せなくて。今筆が乗ってるからまた後で」


「え? あのもし? ちょっと待って!?」


筆が乗ってる? ビアトリスはその意味を尋ねたくなったが、相手は取りつく島もなく扉を閉めてしまった。これ以上何かを聞ける雰囲気ではないくらいにエリオットが殺気立った様子だったので、ビアトリスはそのまま黙って部屋を出るしかなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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