97 チェスのルールなら知ってるぜ
前回のあらすじ
20年前に《聖痕の騎士団》に討たれたはずの影霊術師――ソブラがシドの前に姿を見せる。
ソブラはS級ダンジョンのボス――《五大魔公》を全て手に入れるため、シドが所有するエカルラートとヴァナルガンドを目当てに接触したのであった。
しかし不死身かつ、消滅しても無限に復活する影霊を操る影霊術師同士で戦っても決着が見えないとのことで、ゲームで決着を付けようと提案するのだった。
「チェスのルールは知ってるかい?」
もう1人の影霊術師――ソブラが問う。
チェスのルールを知っているか――と。
「…………は?」
盤上遊戯のチェスであれば、駒の動かし方程度なら知っている。
しかし定跡などは全く把握していないし、なにより俺は頭を使うゲームが苦手だ。
多分だが、リンにルールを教えたらその日の内に負ける自信がある。
「(っていうか、世界の命運を賭けていると言ってもいい戦いをチェスで決めるつもりかコイツ!?)」
俺がその条件を飲むと本気で思っているのだろうか?
「おっと――なにもチェスで勝敗を決めようって訳じゃない。あくまでチェスを模したルールで戦おうと提案してるんだ」
良かった。
チェスなら確実に負けてたからな。
「影霊術師は影の軍勢を操る指揮官のようなもの――にも関わらず、恥ずかしい話僕は頭を使うゲームが苦手でね、ルゥとチェスをして一度も勝ったことがない。脳味噌が腐ってしまったのが原因かもね」
「安心しろ。俺の脳味噌も腐ってるからよ」
「で、だ……具体的なルールを説明しよう――」
ソブラは影霊術師同士が決闘をするのに最適化されたルールの説明をする。
要約するとこうだ――
【前提条件】
チェスは小駒8個。大駒5種8個――合計6種16個を使用するゲームである。
【ルール①】
影霊をキングを除いた15個の駒に見立てて、15体の影霊を決闘開始時に同時に顕現させる。
【ルール②】
決闘の最中、新しい影霊を召喚することは許されず、また消滅した影霊を再召喚することも許されない。
【ルール③】
キングに当たる駒は術者本人が担当する。
【勝利条件】
勝利条件は相手のキング以外の駒――つまり影霊を全て消滅させる。
もしくはキングが戦闘不能になるか降参した場合も決着とする。
――といった感じだ。
「更に細かい補足を付けるとすれば、駒は影霊でなくとも良い。影霊操術ではなく、実体のある死霊操術の下僕を使用しても良い」
つまり――エカルラートやヴァナルガンドを使っても良いという事か。
裏を返せば――ソブラも《五大魔公》を使用してくるという事でもある。
「そしてポーンに該当する前列の8体の影霊は、同じ名前の影霊でなくてはならない」
『あくまで小駒は雑兵ということだな――シド、理解できておるか?』
「(ギリギリなんとか――な)」
『恰好付けて言う事じゃないじゃろ……』
ポーンとして使う影霊は最低でも8体以上所持している必要があるって事だろ?
ダンジョンに1体しか存在しないボス級の魔物は使えず、ダンジョンに潜れば無限に湧き出す雑魚魔物を使わなければならないということだ。
だが――これは俺に有利なルールだ。
俺が影霊術師に覚醒したのは約半年前。
一方ソブラは影霊術師歴が、最低でも20年を超えるベテラン術師。
先日の大規模ダンジョン崩壊で戦力の拡張が出来たとはいえ、影の中に溜め込んでいる影霊の数も質も、奴の方がはるかに上だろう。
それをソブラは15VS15にしてくれる訳だ。
俺に有利なルールを提案することで、勝負に乗せようという魂胆か。
「んで――勝負に勝った方が所持している《五大魔公》を相手に譲渡するって訳だな」
俺が勝てば奴の所持している《神脳のアーカーシャ》と《産み落とすククルカン》を――
奴が勝てば俺の所持している《真紅の吸血姫エカルラート》と《吞みくだすヴァナルガンド》を――
――勝者に奪われるという訳だ。
「否――1体にしよう」
ソブラは骨ばった人差し指だけを立てて――続ける。
「シドとは長い付き合いになるだろうからね。それに、僕だって必ず勝てる自信がある訳ではない。ここで僕が負けて君が《五大魔公》の4体を所持することになれば、以降僕がシドに勝てる見込みはゼロになってしまうからね」
「随分と弱気だな」
「耳が痛い限りだがなんとでも言ってくれ。臆病なのは生まれつきでね――その代わり、僕が勝ったらエカルラートを頂く」
『1人の美女を巡って2人の男が戦うという訳じゃな――シド、妾を寝取られたくなければ本気で戦う必要があるぞ?』
エカルラートの戯言にツッコミを入れたいが、それ以上に気になることがあるので無視する。
エカルラートの権能は、他者を不老不死にすること。
そしてヴァナルガンドの権能は、空間移動と異空間収納。
既に影霊術師として不死の肉体を持っているソブラが、ヴァナルガンドよりもエカルラートを優先する理由が分からない。
「なぜエカルラートなんだ? テメーは既に不老不死だろうが」
「不死の肉体にも種類があるんだよ。僕の場合はA級ダンジョンのボスドロップアイテムである不死の霊薬を摂取したことで覚醒したんだ。でもそれは精々病にかからなくなり、老化が止まり、傷の治りが早くなる程度でね――君のように肉体が全盛期まで若返り、欠損した手足が即座に生えてくる程の再生力はないのさ」
「…………」
「20年前に僕が聖教会に敗れた時は本当に死ぬ寸前でね――傷が治るまで10年もかかった。しかも完治とは言い難く――今もなお後遺症で四肢の神経が麻痺して、満足に歩くことも出来なくなってしまったんだ」
ソブラはずっと玉座に腰掛けている。
あれは自分の足で歩かないのではなく――歩けないのか。
影霊がいるのに生身の人間であるルゥルゥを配下にしているのも、自分の代わりに情報を収集する手足が必要だからだと思えば納得がいく。
「当初はルゥルゥを勇者パーティに紛れ込ませ――エカルラートの血を持ち帰ってもらおうと思っていたんだけど、ルゥルゥが血を採取する前にシドに横取りされてしまったという訳さ」
「つまりテメェは、より強力な不死性を手に入れるために、エカルラートの血を欲しているってことだな」
「その通り――ヴァナルガンドの権能も魅力的ではあるけれど、僕の隣にいる悪魔神官バロムという影霊は転送魔法が使えてね、下位互換ではあるけど現状はこれで満足しているのさ」
ソブラはルゥルゥと逆側に控えている、山羊頭の影霊を親指で差す。
「そういう訳で――この決闘、受けてくれるかな?」
「その前に1つ、ずっと疑問に思っていたことを聞きたい――なぜ俺の居場所が分かった? ずっと監視していたのか?」
「ああ、そのことか――先月王都で大規模ダンジョン崩壊が発生したことを知っているだろう?」
「まぁな」
ソブラは大したことでもないかのように、口調を荒げることなく続ける。
「あれを起こしたのは――僕だ」
「…………は?」
「シドの居場所は、ゴブリンの森を隠れ家にしている所まで把握していたんだけどね、そこから足取りを見失ってしまい、君をおびき寄せるためにダンジョン崩壊を起こしたんだ」
ソブラは続ける。
「で――そこでのこのこ姿を現した君にルゥが接近し、〝徴〟を仕込ませて貰った」
「徴……?」
「対象の居場所を把握する魔道具みたいなものさ」
いつの間に……?
記憶を掘り起こす。
そういえば、無口な魔術師を助けた記憶がある。
あれはもしや、魔術師に変装したルゥルゥで、あの時ロングコートのどこかに〝徴〟ってやつを仕込まれたのか?
「たったそれだけ――俺の居場所を把握したいがために、王都を危機に陥れたのか?」
「うーん、実を言うとちょっとだけ、復讐したいって気持ちもあったよ。僕をこんな身体にした聖教会をぶっ殺したいって気持ちはね」
「元はと言えば、テメェが国家転覆を企てたのが原因じゃねェか」
「さて――疑問も解消されたことだし話を戻そうか。決闘、引き受けてくれるかな? いつまでも玉座の上に座り続ける生活も飽きてきてね」
「…………」
俺からすれば《五大魔公》を全て収集して、新世界の創造神になることに興味はない。
だが――俺の所持する《五大魔公》を奪い取るために今後粘着され続けるのは避けたい。
であれば――俺に有利なルールの決闘を受け入れ、《五大魔公》の一体をぶんどって奴の戦力を削ぐべきだろう。
追加で私怨を述べさせて貰えば、シカイ族が異端扱いされ俺の故郷を含めた大量のシカイ族が虐殺されたのは、コイツが20年前に影霊術師の力を使って大暴れしたのが原因だ。
身内の恥を雪ぐという意味でも、ぶっ殺してやりたい。
「いいだろう――その条件で戦ってやるよ」
「そういってくれると思ってたよ」
ソブラは玉座の上で尊大に笑った。
自分の勝利を確信した笑み。
「それでは始めよう――――影霊合戦を!」
その笑みをぶっ壊すために、早速決闘に使う15体の駒の編成を決めるのであった。
エカルラート「まるで将棋じゃな」
シド「チェスだって言ってんだろ」




