95 もう1人の影霊術師
前回のあらすじ
シドの復讐対象の最後の1人、ルゥルゥがシドの前に姿を見せる。
逃走したルゥルゥを追って、書き置きの場所へ向かうと、ルゥルゥの他にもう1人の人物が待ち構えているのであった。
果たして、そこにいたのはルゥルゥ。
そして――
「やぁ――会いたかったよ。シド」
「誰だよテメェは……?」
――俺と同じ、黒髪黒目の男。
そいつは玄室の奥に、持ち込んだのであろう大きな玉座に腰かけていた。
歳は40代といった所か。
脇にはルゥルゥが控えている。
少し離れたところにはダンジョンボスと思わしき死体が転がっており、こうして俺が来るのを待ち構えていたと思われる。
「そうだね。まずは自己紹介をしないとね」
黒髪黒目――つまり、俺と同じシカイ族の男は言う。
大量の王宮騎士団が待ち変えていると思ったが、蓋を開ければそこにいるのはラギウ族とシカイ族の男女という不思議な組み合わせ。
まぁ俺とリンも同じ組み合わせだけども。
しかも吸血姫のおまけ付き。
聖教会が毛嫌いしているシカイ族を、王宮が召し抱えるとは到底思えない。
あいつは一体、何者なんだ……?
そんな俺の疑問に答えるかのように、玉座に座ったシカイ族は、隅に転がっている魔物の死体に手をかざす。
「――影霊操術」
「なッ!?」
するとどうしたことか。
魔物の死体から黒いもやが出現し、生前の姿を形作る。
「うーん、所詮はD級ダンジョンのボス――役に立ちそうにないね」
男は抽出した影霊を己の影にしまうと、パチンと指を鳴らした。
『ゴルゥゥゥ……ッ!』
男の足元の影がぐにゃりと歪み――地面から1匹の魔物が湧き上がる。
先ほど影霊にしたばかりの魔物とは違う魔物。
ねじれた角が特徴的な山羊の頭部に、人型の胴体を持ち、外套で身を覆った魔物はまるで影のように真っ黒で、瞳は青い炎のように揺らめいている。
魔物の死体から影を抽出してしもべにする能力。
しもべを俺の影の中に自由に出し入れできる能力。
「なッ!? その能力は……ッ!?」
『これは驚いた――よもやよもやじゃのゥ』
瞳の色こそ違うが、俺がそれを見誤る訳がない。
――影の魔物。
――影霊。
「僕の名前はソブラ。君と同じ――影霊術師だよ」
――ソブラ。
玉座に座るシカイ族の男。
影霊を操る――俺と同じ力を持つ人間。
『よもやよもや――驚いたわい。生きておったとはのゥ』
「(エカルラート――知ってるのか?)」
影の中でエカルラートが驚愕している。
『以前話したであろう――20年前に影霊術師に覚醒し、国家転覆を企てたシカイ族がいたということを』
「(まさか、アイツがそうだって言うのか?)」
しかし――その影霊術師は当時の《聖痕の騎士団》によって討たれたと聞いている。
『よもや、20年もの間、妾の賢眼から逃れていたとは思わんかったのゥ』
不死殺しをも可能とする聖教会が、殺し損ねたというのか?
挙句――20年間息を潜めていたというのか?
「んで……その影霊術師様が俺に何の用だ? わりィけど俺はお前に用はねェ。俺の目的は隣にいるラギウ族の女――ルゥルゥを殺すことだ」
玉座に居座るソブラの隣に立つルゥルゥに殺意を向ける。
「悪いけどそれは無理な相談だね。ルゥは僕の大切なパートナーだから――君にとってのリンリンちゃんがそうであるように……ね?」
リンの名前が上がる。
なるほど、俺の情報はばっちし収集済みってことか。
「…………」
ソブラは玉座の上でルゥルゥへ手を伸ばす。
するとルゥルゥは、その手に頭を擦り付けた。
その顔は綻んでいる。
「嘘だろ……」
勇者パーティ時代のルゥルゥは一言も口を効かず、誰にも懐かない野良猫のような奴だった。
だが奴の前では――まるで主に甘える飼い猫のようだ。
ラギウ族は音を2つ重ねた名前を付け――親しい相手は音を重ねずに呼ぶ風習がある。
俺がリンリンのことをリンと呼ぶように、ソブラもルゥルゥの事をルゥと呼んだ。
どうやら本当に――2人の間には信頼関係が存在しているらしい。
「ってことは、王宮の諜報員ってのも偽りの身分ってことかよ」
王国が有する表に出せない情報を収集するルゥルゥは、世紀のテロリストのスパイだった。
必要な情報を集め、ソブラに不都合な情報は事前に揉み消す。
そうやってコイツは何年もの間、己の存在を影に隠し続けてきたのだろう。
「そういう事だね――だからさ、過去のことはお互いに水に流そう。そして僕らは手を組むべきだ」
俺とソブラ――2人の影霊術師が手を組む。
たった1人で国家相手に戦争を仕掛けることが出来るポテンシャルを持つエクストラクラスが2人もいれば、聖教会も王宮も根絶やしすることが出来、クーデターは成功するだろう。
――だが。
「断る」
シカイ族が迫害を受け、俺の故郷が滅んだのは――元を辿ればコイツに原因がある。
そんな奴の手を取れる訳がねェ。
「協力してくれれば――世界の全てを君にあげると言ってもかい?」
「そういうのは普通、世界の半分が相場だろ」
「確かにね――でも、僕はもはやこの世界に用はないんだ」
「じゃあてめェの目的はなんだよ?」
ソブラは玉座に肘を預け、骨ばった指でこめかみを支える。
随分と尊大な態度だ。
かつて国王に成り代わり、世界を手に入れようとしたソブラは果たして――世界ではなく何を求めるのか?
「神になることさ」
「…………は?」




