94 暗殺者ルゥルゥ再び
前回のあらすじ
リングランド村が廃村になっており、家族は魔物に殺されたことを知るリン。
定食屋の女店主――ロゥロゥはリンを引き取ると提案するも、リンは危険を承知でシドのメイドでいることを選択するのであった。
廃村となったリングランド村でリンとの主従契約を解除し、墓の周囲を掃除した後。
再び南部都市ロンダリオに立ち寄った。
リンと同郷であり、引き取りたいと申し出たロゥロゥ氏の提案を断るため。
断りの言葉は俺ではなく、リンが説明した。
『私はご主人様と共にいるのが幸せなんです』
嘘偽りないリンの言葉を聞き、ロゥロゥ氏はむしろ安心したような顔つきになり、「リンリンちゃんをよろしくお願いします」と言って見送ってくれた。
次いで新しい拠点についてだが、リングランド村跡地の周辺に作る予定だ。
周囲に人里はいないので、隠れ家を作るにはもってこいの場所。
ヴァナルガンドの空間移動能力があれば、王都や商業都市アーディオン近くのダンジョンに即座に移動出来るし、聖教会や王宮騎士団も大陸の果てにある隠れ家を探すのは骨が折れることだろう。
今日はもう遅いので、隠れ家作りは明日からすることにし、俺とリンはロンダリオの宿に一泊するのだった。
***
――深夜。
――ロンダリオの宿の一室。
久々に柔らかいベッドで眠りについている俺は――――頭上から迫る殺気に目を覚ました。
「ッ!?!?」
即座に眠りから覚醒し――身をよじって攻撃を回避する。
――ザクッ!
「誰だッ!?」
さっきまで俺が眠っていた場所を見ると、枕に短剣が突き刺さっていた。
反応が数秒遅れていれば、顔面に突き刺さっていただろう。
日頃ダンジョンでしのぎを削っているかいがあり、危機察知能力が鍛えられ、眠っている時でも殺気に反応出来るようになっていたが、心臓に悪いことに変わりはない。
「…………」
ヴァナルガンドの異空間から短剣を抜いて構え――刺客と対峙する。
窓から入る月明りが、暗殺者の顔を朧げに照らす。
紫の髪。
褐色の肌。
そして――紫の冷たい瞳。
「お前……ルゥルゥか!?」
ルゥルゥ――仕留め損ねた勇者パーティ最後の1人。
そして――王宮が有する諜報員。
王族殺しがバレ、全国指名手配になった元凶。
「…………」
刺客は答えない。
しかし――その寡黙な態度が、彼女がルゥルゥであることを確信させる。
「ざわざわテメェから来てくれるとはよ……あんときの借り、返させて貰うぜ!」
戦闘態勢に入るも――ルゥルゥの姿が陽炎のように消えた。
「ちッ! 姿を消すスキルか!?」
短剣を構えたまま周囲を警戒すると――バンッ! という扉を蹴破る音が階下から響く。
窓の外を見れば、ルゥルゥと思わしき人影が宿から逃げるように遠ざかっていくのが見えた。
「逃げられたか……なぜ俺の居場所が分かったんだ……?」
「ご、ご主人様……? どうかなさったんですか……?」
隣のベッドで寝ているリンが、眠気眼を擦りながら身体を起こす。
一方――更にその隣で寝ているエカルラートは起きる気配がない。
なんでお前は起きねェんだよ。
強者の余裕か?
「刺客が来たが逃げられた。ここも安全とは言えない。朝までヴァナルガンドの中に避難するぞ」
ヴァナルガンドが作る時空の裂け目に、眠っているエカルラートを放り込む。
リンに続いてヴァナルガンドの中に入ろうとした時――枕に突き刺さったままのルゥルゥのナイフに目を止めた。
「これは……書き置きか?」
ナイフと枕の間には、一枚の紙が挟まれていた。
ナイフを抜き、穴の空いた紙を手に取り、紙面を読む。
『明日 正午 D級ダンジョン【魚水面】にて待つ』
「このメッセージを伝えるのが目的だったってことか……?」
***
――翌朝。
ヴァナルガンドの中で一晩を過ごした俺達は、チェックアウトを済ませ、ルゥルゥの書き置きの通りにD級ダンジョン【魚水面】へ向かった。
場所は朝食を摂るためにロゥロゥ氏の営む定食屋へ足を運んだ際に、彼女から教えて貰った。
危険が伴うため、リンはヴァナルガンドの中に避難してもらっている。
「しかしルゥルゥの野郎、今更になって姿を現しやがって……」
ルゥルゥの表の顔は一介の冒険者であるが――その正体は王宮に所属する諜報員。
となれば――恐らくはルゥルゥの他にも王宮の兵団――王宮騎士団が待ち構えているはずだ。
『聖教会の次は王宮騎士団か……相変わらずモテモテじゃのゥ』
「うっせ」
本来であれば、罠だと分かっている場所に自分から飛び込むような事はしないのだが――ルゥルゥは復讐対象。
あいつを殺せる機会が得られるのであれば、多少の危険は承知の上だ。
むしろ返り討ちにしてやるという意気込みである。
「(ルゥルゥの野郎――自分自身をエサにしやがったな)」
魔物殺しのプロフェッショナルで上位冒険者顔負けのステータスを持つ《聖痕の騎士団》と比較すると、都市の治安を維持するのが主目的の王宮騎士団のステータスは数段劣る。
トップである王宮騎士団の将軍でさえレベル60程度であったし――しかも既に俺が殺している。
正面から真向に戦えば、いくら束になっても負ける気がしない。
「よし、着いたな」
『D級なだけあって浅かったのゥ』
最深部の扉を開ける。
ギギィィ――と音を立てながら扉が開き、中に入る。
果たして、そこにいたのはルゥルゥ。
そして――
「やぁ――会いたかったよ。シド」
「誰だよテメェは……?」
――俺と同じ、黒髪黒目の男。




