90 リングランド村
前回のあらすじ
ラギウ族の生息圏に到着したシド一行は、リングランド村の情報収集を兼ねて飲食店に入る。
そこの女店主はリングランド村出身で、村の現状をリンに伝えるのであった。
大陸の中央に位置する王都から始まり、大陸南部までの旅の果て。
ついに俺達は最終目的地であるリングランド村に到着した。
否――正確に言えば、元リングランド村と言うべきか。
「よもやよもや――廃村になっていたとはのゥ」
周囲には俺達以外誰もいないので、エカルラートは影から出て、ぐるりと村を見渡している。
家屋は壁や天井が崩れて、長い間雨風に晒されている。
かつては畑だったであろう場所は、腰の辺りまで背丈のある雑草が伸び放題となっていた。
ラギウ族の都市――ロンダリオの飲食店の女店主はロゥロゥ・リングランドと名乗った。
苗字から分かる通り――リンと同郷であった。
ロゥロゥ氏曰く――リングランド村はダンジョン崩壊によって溢れだした魔物によって滅ぼされた――とのこと。
大陸南部に専業の冒険者はいない。
普段は畑仕事をしている農民が、農閑期に小遣い稼ぎとしてダンジョン上層の魔物を討伐する程度であり――命の危険を冒してまで、ダンジョンボスを倒すような者はいなかった。
しかしダンジョンは、長期間攻略されないとダンジョン崩壊を起こす。
冒険者協会の南部支部は、ダンジョン崩壊の兆しを察知すると、王都にある冒険者協会本部に応援要請をするのが常なのだが――
「応援が到着した頃には既に……リンの故郷は魔物に蹂躙された後だった……ってか」
――というのが、ロゥロゥ氏の口から語られた顛末だ。
ロゥロゥ氏のように生き残った者は殆どいない。
そんな中、故郷を失った後に――女身1つで飲食店を営んでいるロゥロゥ氏は大したものだ。
「皮肉なものじゃな。自分たちの生活の為に子供を身売りした結果――捨てた子供が生き残り、残った家族が全滅するとはのゥ」
「…………」
現在リンは――村の奥に建てられた集合墓地に祈りを捧げている。
墓石には何も彫られておらず、この下に本当に埋葬されているのかも怪しい、取って付けたかのような集合墓地。
しかし、家族を追悼するとすれば、ここ以外に選択肢がないのも、また確かであった。
「お待たせしました、ご主人様」
「もういいのか」
「…………はい」
となれば――もうこの村には用はないな。
ロゥロゥ氏が俺に言った言葉を思い出す。
『旅の方、もしよろしければ、リンリンちゃんを私に譲って頂けないでしょうか?』
ロゥロゥ氏の申し出とは、奴隷を譲ってくれというもの。
奴隷商を通さずに奴隷を売買するのは許可されているし、彼女は奴隷1人を購入するのには十分な金額を提示してきた。
「(俺の望み……それは、リンと共にいることではなく、リンが幸せに暮らすこと)」
だから――もしリンが望むのであれば、俺はその申し出を受け入れるつもりだった。
俺は王族殺しの大罪人。
1000万Gの懸賞金をかけられた指名手配犯。
王宮騎士団が、聖教会が、懸賞金狙いの冒険者が――こぞって俺の首を狙っている。
俺のそばにいるだけでリンもまた、危険に晒されるのだ。
事実、既にに2回――王宮騎士団と聖教会にリンを人質に取られた事例がある。
「(リンのレベルは30――最悪冒険者として、自分1人の食い扶持を稼げるだけのステータスがある。だから、もうリンに俺は必要ない……)」
そう言い聞かせ、俺はゆっくりと声をあげる。
「リン」
「は、はい」
リンも察しがついているのか、緊張した声音で返事をする。
エカルラートも空気を読んで、ただ黙って俺達を見守っていた。
「ロゥロゥ氏から、リンの所有権を買い取りたいと言われたのは知ってるな? お前が望むなら、俺はその申し出を受けるつもりだ――」
「…………」
「――お前が選べ、好きに生きろ」
「ご主人様」
リンはギュ――と、メイド服の胸元を掴む。
10秒程、目線があちこちに泳ぎ、その目には葛藤を孕んでいた。
やがてリンは決心したように――とても綺麗な――紫色の瞳に決意を込め、俺の黒い瞳を見つめる。
「分かりました――私は、好きに生きることにします」




