86 めちゃくちゃ冤罪
今回は前半はカイネとアニス、後半はヨハンナに焦点を当てた話となります。
「――とまぁ、そういうことがあった訳っスよ。いやー、めちゃくちゃ大変だったっス!」
――大聖堂の病棟。
――《聖痕之肆》カイネが入院している病室にて。
「……ご苦労だったな」
全身に包帯を巻き、その上から病衣を纏ったカイネ。
その脇の椅子に腰掛けるのは、お見舞いにきた《聖痕之陸》アニスであった。
アニスはナイフを器用に滑らせ、リンゴの皮をスルスルと剥いていた。
「こんな大事な時にカイネ先輩は役に立たないんスからもぅ」
「無茶を言うな」
カイネは【聖砂の錆塵】の発動条件として、己の心臓を得物で突き刺した。
本来であれば絶命するはずであったが、フロウの献身的な治癒があり一命を取り留めていた。
今もフロウは定期的にカイネの病室を訪れては、カイネに回復魔法をかけている。
今日もまたお見舞いの日であったのだが、シーナと共に魔物の魔石回収の仕事が入り、代わりにとアニスを寄越した次第であった。
アニスは「それじゃあ今度一緒にデートしようっス」という条件で、カイネのお見舞いを引き受けたのであった。
「そうそう。ウチが実際に見た訳じゃないんスけども――フロウちゃん凄い活躍だったみたいっスよ? 回復魔法を飛ばしたり、救護天幕内の怪我人をまとめて治したりと、まるで聖フランシス様の再来だ~って騒がれているらしいっス」
「ふっ……あの頼りなさそうな小娘が、随分と成長じゃないか」
アニスは複数いる恋人から聞いた言葉を、カイネに報告する。
カイネは包帯の下からでも分かるくらい、まるで自分が褒められたかのような感嘆を浮かべた。
「カイネ先輩って、フロウちゃんの話題になると途端に楽しそうになりますよね? もしかしてロリコンっスか?」
「…………殺すぞ」
「殺せるくらい回復してから言って欲しいっスね」
カイネの殺気を飄々と受け流すアニス。
「そ・れ・に――別に貶してなんかないっスよ。ウチも年下好きっスからね。仲間っすよ仲間。フロウちゃん大好きクラブの同志っス」
「お前のような淫乱狂人同性愛者と一緒にするな」
「自分のこと棚にあげて酷い言いようっスね……思い人の娘にかつての面影を求める追想年下愛好者の癖に」
「……よし、ここで殺す」
「はいはい、リンゴ剥けたからウチはここで退散するっスよ。殺されたくないんで。それじゃあカイネ先輩、お大事に~」
アニスはサイドテーブルに切り分けたリンゴの皿を置いて、逃げるように病室を後にするのであった。
カイネは残されたカットリンゴを見て、ふと思い出したように声を漏らす。
「……あいつ、戦闘用のナイフでリンゴ剥いてたな」
***
フロウとシーナが魔物の死体処理をし、アニスがカイネのお見舞いをしている一方。
――王都内にあるとある空き物件にて。
「やはり隠し階段がありましたか」
何年もの間、買い手が見つからずに放置された空き家。
巧妙に隠された地下へと続く階段を白髪の老婆――《聖痕之弐》ヨハンナが降りていた。
「何年もの間、開錠されていないであろう南京錠……ですか」
階段を降りた先の突き当り。
1枚の扉がヨハンナの行く手を阻んだ。
南京錠で施錠されており、その南京錠も鎖が幾重にも巻かれて封鎖されている。
鎖には錆が浮いていた。
錆びの具合から見るに、少なくとも数年間、この鎖が解かれた形跡はない。
「しかし、他の場所に手掛かりはなかった。仕方ありませんね――【聖月斬刃】」
ヨハンナは聖属性魔法を発動。
手の平から放たれた光の斬撃が、南京錠を、鎖を、扉を、選別なく切断する。
――バラバラバラバラッ!
南京錠と鎖は金属片に、扉は板切れになり果て、積もった埃が舞い上がる。
ヨハンナは法衣の袖で口元を押さえながら、中に入った。
窓もなく、絨毯も壁紙もない、石壁が剥き出しになっている無機質な部屋。
「人が生活していた痕跡がありますわね。しかも――つい最近まで」
ヨハンナが大規模ダンジョン崩壊の戦後処理を後回しにしてまで、なぜ誰も歯牙にもかけない空き物件を捜索しているのかと言えば――先日彼女が展開した結界術が理由であった。
大規模ダンジョン崩壊の際、魔物の侵入を拒むため、そして――冒険者の退路を閉ざし背水の陣を強要するため、ヨハンナは防護結界で王都を包んだ。
しかし――それはただの防護結界ではなかった。
彼女は結界の術式に、もう1つの効果を仕込んでいた。
それは――結界内の魔物の存在を察知する効力。
そして彼女は探知した。
今いるこの座標に、魔物の反応を感知し、そしてそれが一瞬で消失したことを。
「結界術――探知結界」
ヨハンナは隠し階段を見つけた時と同じ結界術を発動し、地下室を結界で包む。
「…………ふむ、やはりこの地下室には他に脱出口はありませんね。完全な密室だったという訳です」
彼女は大規模ダンジョン崩壊が発生した原因が、この空き物件にあると推察し、こうして足を運んだ次第であった。
そして彼女の予測は当たっていた。
「おや……これは、もしや……ッ!!」
ヨハンナは地下室に設置されていた魔道具を発見し、予測が確信に変わるのを実感した。
「魔物を呼び寄せる魔道具……!」
それは消耗型の魔道具であり、既に効果は切れている。
しかし、つい先日まで起動していた痕跡を、ヨハンナは見逃さなかった。
ダンジョンから溢れだした魔物が、近隣の農村には目もくれずに、何かに引き寄せられるように王都へ直行していたのは、この魔道具が原因だったのだ。
「先の大規模ダンジョン崩壊――あれは主が我々に下した試練でもなければ、未曽有の天災でもなかった。悪意ある者によって人工的に起こされた事だった――そういう訳ですね」
彼女は今まで集めた情報を統合する。
――王都近辺のダンジョンが一斉に崩壊。
――引き寄せられるように王都を目指す魔物の軍勢。
――封鎖されていたはずの地下室にある、生活の痕跡。
――探知結界に一瞬だけ引っかかった魔物の反応。
――多数の冒険者から上がった、黒い影のような姿をした魔物の目撃証言。
「転移能力を持った魔物を使役する何者かが、意図的にダンジョン崩壊を発生させ、王都を危機に陥れた」
なぜ?
そんなことをして、誰が得をする?
「影霊術師は倒した魔物を己の戦力にすることが出来る。そして王都を襲わせることで都市に大ダメージを与え、冒険者、王宮騎士団、聖教会の戦力を削ぐことが出来る」
そこまで考えれば、思い浮かぶ人物は1人しかいない。
「やはりあなたの仕業ですか――シド・ラノルス」
シド「冤罪過ぎるだろ……!」




