85 戦後処置・フロウとシーナの様子
今回から大規模ダンジョン崩壊編エピローグです。
また聖教会のフロウとシーナに焦点を当てた3人称視点となります。
――未曽有の災害、大規模ダンジョン崩壊から2日後。
――王都周辺、街道沿いの草原地帯にて。
「魔物の死骸はこっちの荷台へ! 魔物から回収した魔石はあっちの荷台へ運べ! 万が一でも魔物の魔石を横領してみろ、その時は冒険者免許を剥奪されるものと思え!」
先の魔物の大進撃の爪痕が残る戦場跡地。
そこで冒険者達は魔物の死体処理と、魔石の回収が行われていた。
魔石は後日、命をかけた冒険者達へと褒賞として送られ、残りは復興支援に当てられる手筈になっている。
声を張り上げ冒険者達をまとめあげているのは、現場監督を任された聖教会の聖騎士――《聖痕之参》シーナであった。
その隣には、監督補佐を務める事になった《聖痕之漆》フロウの姿もある。
「シーナ様。こうして何もせず立っているだけなのに忍びないので、私も他の冒険者の方々と一緒に、魔石の回収をしてきます」
「ダメだ。今日のお前は現場監督補佐としてここにいる。己の役割をはき違えるな」
「しかし……」
冒険者達は先の大決戦で命を預けあったことで結束が生まれており、シーナの適切な指示もあり、滞りなく作業が進んでいる。
フロウが現場に参加しなくとも、人手は十分に足りていた。
「常に俯瞰的に現場を観察し、組織の僅かな違和にいち早く察知し、万が一のトラブルに迅速に行動できるために備えるのが、指揮官の仕事だ。お前もいずれは部隊を指揮する日が来るだろう。その時のため、私の仕事を見て覚えるのが、今日のお前の仕事だ」
《聖痕の騎士団》は戦闘に特化した狂人が行きつく先であり、集団に染まることも、集団をまとめることも出来ない強烈な〝個性〟を持っている。
毒を撒き散らす薬師セルヴァや、戦闘狂のカイネ、野良猫のように上官の命令を聞き流すアニスなどの面々を見れば、誰もが納得することだろう。
そんな中で正規の聖騎士団の部隊長出身であるシーナは唯一、数十人規模の部隊を指揮できる能力を持っており、人海戦術を必要とする任務ではよく駆り出される。
S級ダンジョン忌緋月にて、オズワルド・ワイデンライヒの遺体及び、聖遺物の回収の任務も、彼女がいなければ成し得なかったといえる。
大規模ダンジョン崩壊でも、彼女の指揮によって西側戦域の魔物の進行が食い止められたと言っても過言ではなかった。
そんな《聖痕の騎士団》の中でも、フロウはカイネやアニスと違い協調性を持っているため、士官としての仕事を覚えさせるため、本日フロウを補佐に任命したのであった。
若干人見知りのきらいがあるのが今後の課題ではあるが……。
「そういえば、フロウの活躍は聞いている。南側戦域の救護班をまとめあげ、多数の怪我人の治癒に貢献したそうだな。中にはお前の母であり、私の師でもあったフランシス様の再来だという声もあったそうだな。私も師として鼻が高いぞ」
「そ、そんな恐れ多い……私はただ、己が成すべきことをしたまでですので……」
「謙遜するな。回復魔法を飛ばすヒーラーはA級冒険者でも珍しく、広域に回復魔法を放つヒーラーなど、私はフランシス様を除き今まで見たことがない」
後方で指示を出す指揮官とヒーラーの相性はいい。
回復魔法を飛ばすことが出来るのならば、なおさらに。
なおさらシーナは、フロウに士官としての仕事を覚えてもらいたい所存であった。
懸念点があるとすれば――優しすぎる所。
時には部下を叱咤し、恐れられることも、指揮官の役割。
管理職は部下に舐められたら終わりであり、その綻びから組織そのものが崩壊しかけない。
「(いくつかの修羅場を超え、多少は精悍になるかと思っていたが、根本的な部分は変わらずか。いや――私のように〝恐怖〟で管理するのではなく、フランシス様がそうであったように、〝尊敬〟で部隊をまとめる方が、フロウにはあっているか。そして、フロウにはその〝器〟がある)」
フロウは数多の負傷者の傷を癒したことで、同じ戦域で戦っていた冒険者から多大なる尊敬の念を集めており、現場の士気が一気に高まったという報告を受けている。
現に今も、作業員である冒険者からチラチラと視線を向けられている。
魔物の魔石回収という地味な肉体労働であるクエストにこれだけの冒険者が集まったのも、フロウが現場監督補佐を務めるという噂を聞きつけ、彼女の姿を一目見ようとしていたからであった。
「それに――救護天幕にまで侵入を許した大型魔物を単身で討伐したらしいではないか」
「…………」
スケルトン・ジェネラル――その言葉を聞いたフロウは、表情を引き締め、即座にシーナの言葉を否定した。
「いえ、違います。あの魔物を祓ったのは私ではございません――シドさんの手柄です」
「…………」
シド。
《聖痕の騎士団》が抹殺を掲げる影霊術師の名前。
シーナの眉がピクリと震える。
「今の言葉は聞かなかったことにしよう」
「耳の遠いシーナ様のため、もう1度申し上げます――」
しかしフロウも引かない。
「――先の大規模ダンジョン崩壊、最大の功労者は私でも、人類最強アルムガルド様でもございません。シーナ様も戦場で姿を見たはずです。黒い魔物が、ダンジョンの魔物を攻撃する姿を」
「野生動物のハイエナが、縄張り争いや獲物の奪い合いで互いを攻撃しあうのはよくあることだ。それは魔物にも同じことが言える。たまたま相性の悪い魔物同士が争っていただけに過ぎない」
「シーナ様!」
聖教会は勿論――シドが戦場に現れ、影霊を駆使して魔物の進撃を食い止めたことを認知している。
だが――抹殺対象である影霊術師が王都を救った英雄であるなど、認められるはずがなかった。
故に王宮は即座に情報を統制。
元々影霊術師の存在が隠匿されていたこともあり、殆どの冒険者は突如として戦場に現れた影霊が、指名手配犯シドによるものだと結びつくことはなかった。
最も危険な戦域で、最も多くの魔物を討伐したアルムガルドと、最も負傷者の多い戦域で、最も多くの冒険者の傷を癒したフロウを大々的に新聞で宣伝した。
そのかいあって、シドという真の功労者の存在は民衆の目に入ることなく、権力者によって歴史の闇に葬り去られたのであった。
「影霊術師の存在はあまりにも危険だという事は、今回の件でよく理解できたはずだ。その恐るべし能力が次に牙を剥くのは、我らが守護すべき信徒である可能性があることを忘れるな」
「…………納得できません」
「その言葉も、聞かなかったことにしよう」
絞り出すように漏らしたフロウの言葉を、シーナはバッサリと切り捨てたのであった。
己の無力さで、フロウの視界が涙で歪む。
欲しい。
力が。
権力が。
正しいことを正しいと言える強さが。
間違っていることを間違っていると正せる強さが。
「(私は英雄でも、お母さまの再来でもありません。ただ、綺麗ごとを並べているだけで何も出来ない……無力な小娘です)」




