83 抜血・衂滅月斬
前回のあらすじ
タイタンの硬質な外皮を前に、一切のダメージを与えられずにいるシド。
しかしS級冒険者アルムガルドが乱入し、彼女の一撃がタイタンに膝を付かせたのであった。
「シド! 今だ!」
アルムガルドが叫ぶ。
「アルムガルド、いつの間に!?」
恐らく王都北側の前線で魔物共を相手している最中に、グリフォンに乗りタイタンの元へ行く俺の姿を目撃して加勢してくれたのだろう。
「(だがどうやってあのタイタンに膝をつかせたんだ?)」
よく見ると、アルムガルドの特大剣はタイタンの膝裏に叩きこまれたようだ。
斬撃ではなく、質量と筋力によって繰り出される打撃力で、関節が曲がる方向に力を与えて姿勢を崩したのか。
膝カックンのスケールをデカくしたような攻撃。
しかし所詮は膝カックン。
姿勢を崩しただけで、ダメージはそこまで入っていない模様。
だが――動きが止まったのは確か。
俺が欲しかったチャンス。
逃がす訳にはいかない。
早速、対タイタン用に考えた作戦を決行する。
「ヴァナルガンド! タイタンの腹の中に転移しろ!」
『ワオンッ!』
昔――俺がまだ奴隷になるまえ、故郷で農民をしていた時に、母親から読み聞かせられた童話を思い出す。
1人の冒険者が、巨人を討伐する物語。
巨人に酒を飲ませて眠らせ、その隙に口から体内に入り込み、腹の内側で暴れまわるという荒唐無稽な、子供騙しな物語。
だが――いざ巨人と対面すると、意外にも最適な手段だったと言える。
どんなに表面が堅い生命体でも、生物である以上体内には臓器を持つ。
流石に臓器までは堅くないだろう。
ヴァナルガンドの空間転移は、定めた座標に転移する。
タイタンの巨人とは思えない軽快な動きの前では、うまく体内に座標を合わせることが難しかったが、動きを止めた今なら可能!
「って――くっそあちいいいいいッ!?!?」
勢いよく飛び出したはいいが、タイタンの体内はまるで溶岩のような灼熱を放っていた。
あの巨体を動かすには膨大なカロリーを必要とするため、自ずと体内温度も高くなっているのか……?
俺は慌ててヴァナルガンドが作った時空の裂け目に逃げ帰る。
全身を火傷したが、この程度のダメージならすぐ回復する。
「せっかくタイタンの体内と時空を繋げたんだ――ただで帰れるかよ」
タイタンを蹂躙するのは別に、俺でなくても構わないのだ。
「――埋め尽くせ」
ヴァナルガンドの体内で影霊を召喚し、ゲートを通して次々と影霊を飛び込ませていく。
影霊達もタイタンの体内環境で活動出来るとは思えないが、別に暴れ回ってもらう必要はない。
数100匹もの影霊で、奴の体内を埋め尽くせばいいのだ。
「こんなもんでいいだろ」
手持ちの影霊を殆ど注ぎ込んでから、様子を見るたびに外に出る。
『グオオオオオオオオオオオオッッッッ!?!?』
『おー、苦しんどるのゥ』
タイタンは口をあんぐりと空けながら、腹部を押さえて悲痛な叫びをあげている。
かなりのダメージを与えたはずだが、HPを0にするには至らない用だ。
――ゴブリン HP0【消滅】
――オーク HP0【消滅】
――コボルト HP0【消滅】
――ガルーダ HP0【消滅】
――レッドウルフ HP0【消滅】
――ゴブリンウォーリアー HP0【消滅】
――
――――
――――――
しかもタイタンの体温に焼き殺されてしまったようで、体内に送り込んだ影霊達が物凄い勢いで消滅していく。
これでは胃袋の内側に多少傷を入れた程度で、心臓や肺といった致命傷を与えられるような臓器に辿り着く前に全滅してしまう。
「だったら――作戦2だ」
グリフォンの背に乗って疾走。
目指すはタイタンの顔面――その眼球だ。
臓器と同じく眼球も粘膜――鍛えることの出来ない部位だ。
思えば、影霊術師に覚醒する前、ミノタウロスに殺されそうになった際も、ツバメの死体を操ってミノタウロスの眼球を潰したことで生きながらえたんだよな。
「今度こそくたばりやがれ――デカブツ!」
タイタンの顔面付近まで到達。
《忌緋月》を構えるも――――
『グオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』
「ちッ! 立ち直りやがった!!」
『体内に送り込んだ影霊が全滅したようじゃな……ッ!』
―――タイタンの全身が、ボコボコとした無数の突起で盛り上がる。
あれは全方位に尖岩を撒き散らす土属性魔法攻撃!
「こんなことならエカルラートも送りこんどきゃ良かったぜ」
『妾の色白美肌が焼けてしまうじゃろ!』
癖に爪や肌を気にしたりと、美容にうるせェなコイツ。
不死なんだから変わらねぇだろ。
――とにかく今は、タイタンの攻撃をかいくぐって眼球へ到達するために集中しなければ。
『グオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』
「来たなッ! だが――同じ技を2度も喰らうかよッ!」
無数の尖岩が、豪雨の如き量と勢いで飛来する。
俺は右手で《忌緋月》の柄を握り、左手を鞘に見立てるように刀身の根本を掴む。
まるで腰に刀を佩くように構えると、グリフォンの背を蹴って空中へ飛び出した。
――蹴ッ!
鋭く尖った岩の雨――その横腹を蹴り上げ、更にタイタンとの距離を詰めながら尖岩をやり過ごす。
雷が空気中をジグザクに進んで落下するように、尖岩の間を何度も左右に飛びながら肉薄し――
「会いたかったぜェ!!」
――たどり着く。
タイタンの両目は驚愕で見開き、冷酷な笑みを浮かべる俺の姿が、ガラス玉のように鮮明に映っていた。
血を啜り、月をも刻む、緋の刃――欠けた月夜も、緋色に染める――
「《抜血・衂滅月斬》」
鞘に見立てた左手で《忌緋月》を掴んだまま、思いっきり右腕で刀を引き抜く。
抜刀術の要領で、速度と血を付与した斬撃が――タイタンの両目を横一文字に切り裂いた!
『グオオオオオオオオオオオオッッッッ!?!?』
タイタンはひと際大きな轟音――断末魔を上げる。
そのまま仰向けにゆっくりと倒れ――
――ズッシィィィィンッッッッ!!
膨大な土煙を上げながら、大地にひれ伏すのであった。
――レベルが上がりました。
――レベル110 → 115
――スキル《影門・卍髏の剣》を獲得しました。




