80 幼き聖女
戦況の確認
王都は東西南北に4つのチームを編成。
北側→最も等級の高いダンジョンが密集しているため、ベテラン冒険者が数多く配置された戦域。リーダーは《人類最強》アルムガルド。
東側→少人数パーティやソロ冒険者を中心に編成された戦域。各々が独自の判断で遊撃することになっておりリーダーはいない。《聖痕之陸》アニスが配置されている。
西側→冒険者が配属されておらず、王宮騎士団と聖教会聖騎士団のみで編成された組織的な動きで魔物を迎撃する戦域。リーダーは《聖痕之参》シーナ。
南側→最もダンジョンの数が多く、魔物の数だけなら激戦区と予測されるエリアで、最も多くの冒険者が配属されている。救護部隊のリーダーは《聖痕之漆》フロウ。
――南側エリア。
――魔物が王都城壁前に到達して30分が経過。
フロウが配置されている救護テントは修羅場の様相と化していた。
「こ、殺してくれぇ……ッ!」
「もう無理だ! 逃げるぞ!」
「逃げる場所なんかないわよ! 手を動かしなさい!」
「もう……無理ィ……ッ」
次々と運ばれてくる負傷者。
人で溢れかえる天幕。
血と汗の臭いが充満し、悲鳴、うめき声、泣き言がいきかう劣悪な環境下。
「気を確かに持ってください! ――ヒール!」
フロウは目の前の怪我人に神経を集中させることで、なんとか自我を保っていた。
MPポーションを摂取し過ぎて水腹になり、成分を吸収できずに魔力切れで失神する僧侶も後を断たず、動けるヒーラーはフロウを含めて数人しか残っていなかった。
『うわああああ!? なんだこのデカいの!?』
『怯むなかかれ! これ以上下がると防護結界に到達されるぞ!?』
『キェェェェェェェェェッッッッ!!』
修羅場と化しているのは簡易天幕の中だけではない。
天幕の外から聞こえてくる冒険者の声がどんどん大きくなっていき、今では魔物の鳴き声さえ聞こえる。
前線がもう目の前まで押されているのだ。
このまま魔物の進行を食い止められなければ、南側戦域の冒険者は全滅する。
フロウ達がしてきた治療行為は全て無駄になる。
「ぐああああああッ!?!?」
――ガシャンッ!
「大丈夫ですかッ!?」
魔物の攻撃で吹き飛ばされた1人の戦士が、天幕を突き破り中に飛び込んでくる。
続いて入っているのは果たして――骨太のスケルトン。
太い骨格に、2メートルある体躯。
騎士のような胸当てや兜を装備しており、腕にはサーベルが握られている。
上位のアンデッド型の魔物――スケルトン・ジェネラル。
等級としてはC級のボス級。
前線の冒険者が歯が立たないのを見るに、崩壊を起こしたダンジョンのボスの1体なのだろう。
天幕にいるのは戦場に復帰できない負傷者と、後衛タイプである僧侶のみ。
フロウ以外の僧侶は悲鳴をあげ、中には失禁する者の姿もあった。
「(スケルトンはアンデッド属性。僧侶なら――倒せます!)」
フロウは立ち上がると、吹き飛ばされてきた戦士を庇うようにして、スケルトン・ジェネラルと対峙する。
「(私を含め、殆どの僧侶は対象に触れなければ回復魔法をかけることは出来ません。ですが、戦闘訓練も沢山受けてきました)」
『カカカカカカカカ……ッ!』
スケルトン・ジェネラルは骨同士がぶつかるような、不気味な声を発しながら、サーベルを振りかざす。
「ッ!」
フロウは身を低くして回避。
ハラり――金色の長髪が数本、スケルトン・ジェネラルの剣風で切断される。
そのままスケルトン・ジェネラルの懐に入り込む。
太い肋骨の1つに手を伸ばし――手のひらに魔力を込める!
「ヒール――きゃあッ!?!?」
――斬ッ!
ヒールが発動される直前――サーベルの二の太刀がフロウに叩きこまれた。
フロウは吹き飛ばされ、天幕の支柱に背中を強く打ち付ける。
「(はぁ……はぁ……大丈夫、傷はすぐ治せる程度です)」
防刃機能に優れた法衣のおかげで、出血はない。
肋骨が数本折れているようだが、この程度なら自力で治すことが出来るダメージ。
『カカッ!? カハッ!?』
「え……っ!?」
脇腹の痛みをヒールで癒しながら立ち上がると、スケルトン・ジェネラルの肋骨が折れていることに気付く。
ヒールが発動する前に、スケルトン・ジェネラルに吹き飛ばされたにも関わらず、ダメージが入っている。
考えられる可能性は1つ。
「(ヒールが――飛んだ)」
熟練度と才能にも左右されるが、回復魔法を飛ばすことが出来るヒーラーも存在する。
彼女の母――フランシスがそうであったように。
何度もMPが枯渇するまでに回復魔法を発動させ、生きるか死ぬかという絶望的な状況下が、フロウの才能を一気に引き上げたのだった。
「これなら……いけます!」
フロウは細腕を前方に突き出す。
もう片方の手で手首を掴み、ブレを固定する。
攻撃魔法の要領でヒールを放出し、スケルトン・ジェネラルを祓う作戦だ。
『カカカカカカカカカカッ!!』
――疾ッ!
「(出来るだけ引き付けて――今ですッ!)」
スケルトン・ジェネラルがフロウに狙いを定めて駆ける。
「ヒールッ!」
――バンッ!
スケルトン・ジェネラルの骨が砕ける。
だが――それはサーベルを持っていない方の腕。
「(焦って狙いが外れたっ!?)」
スケルトン・ジェネラルの動きは止まらない。
サーベルがフロウの脳天に振り落とされる――
『ブルガアアアアッッ!!』
――直前――
「え……っ?」
『カカカ――――ギャッ!?!?』
――巨漢のガイコツが潰れる。
スケルトン・ジェネラルの背後から襲来した黒い魔物が、戦斧でもって頭蓋を粉砕したのであった。
バラバラと、スケルトン・ジェネラルの骨が天幕に散らばる。
「こ、これは……」
スケルトン・ジェネラルが倒れたことで、その背後にいる魔物の姿がよく見えた。
全身は影のように黒く、瞳だけが炎のように赤く揺らめいている。
二足歩行の牛型の魔物――ミノタウロス。
『影霊操術』
次いで――天幕の外から、聞き覚えのある声を捕える。
――ズズズズッ!
『カカカカカカカカッ!!』
すると――亡骸となったはずのスケルトン・ジェネラルからプスプスともやが立ち、地面からスケルトン・ジェネラルのシルエットを持った黒い魔物が出現する。
「ミノタウロスに、更にスケルトンも復活した!?」
「もう終わりだ!」
周囲の冒険者は絶望的な表情を浮かべ、死を覚悟する。
しかしどうしたことか、2体の黒い魔物は冒険者達には目もくれず、天幕を出ていくではないか。
「あの影……あの声」
訳の分からない状況に困惑して動けなくなる冒険者達。
その中でフロウだけが立ち上がり、外に出る。
既に戦線は天幕のすぐ目の前まで押されており、魔物の群れが押し寄せている。
しかし――
「魔物が……魔物を攻撃している……」
――先ほど天幕を後にしたミノタウロスとスケルトン・ジェネラル、そして似た特徴を持つ黒い魔物達が、従来の魔物を攻撃して戦線を押し返していた。
外で戦っている冒険者も、あり得ない状況に困惑している。
フロウは知っている。
黒い魔物を。
魔物の死体から影を抽出して使役する術を。
そして――あの優しい声を。
「シドさんっ!」
フロウは名前を叫ぶ。
周囲を見るも、影達を使役しているはずの青年の姿はどこにもない。
しかしフロウの確信が揺らぐことはない。
「来てくれたのですね……シドさん」
絶望的な状況に、僅かな希望が見えた。
であれば、こんな所で突っ立っている場合ではない。
フロウは己の成すべきことをすべく、天幕に入り、その中心で祈りを捧げる。
すると――彼女を中心に、天幕を包むように円形の光に照らされる。
フロウはスケルトン・ジェネラルとの戦いで、回復魔法を飛ばす術を身に着けた。
であれば、ヒールを単体ではなく、面として広域に放つことも可能なはずだ。
体内の魔力を練り上げ、周囲に広げ――癒しの光を放つ。
「広域治癒」
すると――天幕内の負傷者の傷が一斉に治り始める。
広域にヒールを放つフロウの姿を見て、年配の聖職者は、彼女にかつての聖女の姿を重ね――感嘆の声を漏らす。
「ああ……《慈愛の聖女》――聖フランシス様」




