79 それぞれの思い、それぞれの祈り
本作は登場人物が多くて読者の方に覚えて貰える自信がないので、今回の登場人物紹介のコーナー。
アニス――《聖痕の騎士団》に所属する《聖痕之陸》。赤髪ショートカットのレズ。以前シドの指をみじん切りにした。クラスはアサシン。
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シーナ――同所属の《聖痕之参》。金髪ポニーテールの美女。1章で乗り合い馬車の中でシドに喧嘩を売っていた奴。フロウの育ての親。
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フロウ――同所属の《聖痕之漆》。金髪ロリ。シカイ族の差別意識を撤廃することを目標に掲げ、給料の大半をつぎ込み孤児院を運営している。以前ヴァナルガンドがまだ敵だった時にシドと共闘した。実は本作のヒロインの1人。クラスは僧侶。
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――東側エリア。
王都東側は少人数パーティや、ソロ冒険者を中心に集められた戦域であった。
無理に連携を取るのではなく、各々が自由に遊撃する方がむしろ効率的であると判断されたのである。
《聖痕之陸》――赤髪の尼僧、アニス・レッドビーもまた東側エリアに配属されていた。
「あちゃァ~。ヨハンナおばあちゃんの結界で退路断たれちゃってるっスね~。これじゃあ流石のウチもサボれないっスよ……トホホ」
誰よりも早く、防護結界の残酷な意図に気付いたアニスは、渋々といった様に短剣を抜いた。
「こんな事ならもっと女の子と遊んどくべきだったっス――でもまぁ、大聖堂で帰りを待っているカワイ子ちゃん達の為にも、やれるだけやるっスよ」
***
――西側エリア。
――魔物が王都城壁前に到達して10分が経過。
王都西側は冒険者が配属されておらず、王宮騎士団の兵隊と、聖教会の聖騎士のみで編成された戦域であった。
「重騎士隊! 隊列を乱すな! 貴様等が倒れれば戦線が崩壊することを忘れるな! 魔術師隊はタイミングを合わせて魔法斉射! 属性は火で固定! 放て!」
各員に指示を出しているのは、西側戦域のリーダーを任された《聖痕之参》――シーナ・アイテール。
シーナは《聖痕の騎士団》に配属される前には、聖騎士の部隊長を任されていることもあり、集団を統べる術に長けていた。
個々の実戦経験は冒険者には劣るものも、統率の取れた動きで魔物の軍勢を抑え込んでいた。
個性を押さえ、集団に染まることで発揮される強さ。
それは冒険者には出来ない、兵隊ならではの強みである。
指揮官が優秀であれば、なおさらに。
「すみませんシーナ様! 戦線突破されました!」
「僧侶隊、負傷者の回復急げ!」
『『『ギャオオオオン!!』』』
腹の内側が痺れるような、恐怖を煽る魔物の合唱。
重騎士が構築した戦線を突破し、なだれ込んだ魔物が魔術師部隊目掛けて突進していた。
魔術師達はつい数秒前に、タイミングを合わせて魔法を発動したばかり。
なだれ込む魔物の迎撃は間に合わないだろうし、接近を許した魔術師が辿る末路は一方的な蹂躙だ。
シーナは長いポニーテールをなびかせながら跳躍。
「【聖月斬刃】ッ!!」
『『『グギャアアアアッ!?!?』』』
魔物の群れと魔術師部隊の間に着地し、白く輝く刀身を振るう。
刃から放たれた飛ぶ斬撃が、魔物達を一刀両断した。
そのままシーナは前線を支える重騎士部隊と合流。
崩れた戦線の穴を塞ぐようにして、魔物を次々と切り伏せていく。
僧侶部隊が負傷した重騎士を治療して戦線を押し返すことに成功すると、彼女は最前線を離れて再び各所への指示に奔走する。
「くっ! キリがない……ッ! せめてカイネがいてくれれば……!」
未だ大聖堂の病室に入院している《聖痕之肆》の不在に歯噛みするシーナ。
カイネがいれば戦況はもっと楽になっていただろう。
同時にもう1つ、心配の種に思いを馳せる。
それは別の戦域に配属された教え子であり、亡き師の忘れ形見。
「フロウ……頼むから無茶はするなよ……ッ!」
***
――南側エリア。
――魔物が王都城壁前に到達して30分が経過。
ここは最もダンジョンの数が多く、魔物の数だけで言えば戦闘が1番激しくなるであろうと予測される激戦区エリアであった。
それだけに、最も沢山の冒険者が配属されている。
《聖痕之漆》――フローレンス・キューティクルはその後方。
負傷者の治療を行う僧侶部隊のリーダーを任されていた。
部隊と言っても、西側のような統率の取れたものではなく、烏合の衆である冒険者の集まりなのだが……。
「いでぇ……いでぇよぉ……」
「フローレンスさん! 重症人の治療をお願いします!」
「はい、ただいま!」
次から次へと運ばれてくる負傷者を、簡易天幕を駆けまわり回復し続けるフロウ。
即座に戦線に復帰できる者もいれば、治療に時間のかかる者、もう二度と冒険者稼業が出来ないであろう重症人まで、様々な怪我人が運ばれてくる。
回復魔法も万能ではない。
深い傷であれば、完治まで長時間回復魔法をかけ続けなければならないし、欠損した手足を生やせる程の威力を持った回復魔法の使い手など、歴史上数えても数人しかいない。
フロウの前に、腕を一本失い、脇腹が抉れ、複数の内臓がズタズタに損傷した冒険者が運ばれてくる。
「(ああ……この方は、もう……せめて、痛みだけでも和らげて差し上げないと……)」
フロウは己の未熟さに歯噛みする。
聞く話によると、母親のフランシスは失った手足さえも瞬時に生やす程の回復魔法の使い手だったと言う。
「(お母さまならきっと、この方の傷も治して差し上げられたのでしょう……)」
己の未熟さが原因で、目の前で死んでいく冒険者達。
それでも――神はフロウに悲観に暮れる時間を与えてはくれなかった。
無慈悲な死に精神を擦り減らしながらも、フロウは守るべき者の為に己を鼓舞し続ける。
西側エリアに割り振られたシーナと別れる直前に、彼女に言われたことを思い出す。
『我ら聖教会は国教に定められている。故に、この国の民は皆守るべき信徒だ。そして聖騎士は、弱き信徒を守るためにある。お前も《聖痕の騎士団》――守る側の人間だ。そのことを忘れるな』
「(ですが――きっとシーナ様の言葉には、シカイ族の方は含まれていないのでしょう)」
昔と違い表立った迫害は行われていないものの、聖教会とシカイ族の間には今なお深い確執が刻まれている。
であればこそ――フロウは思う。
「(せめて――私だけは、彼等の為に祈り、戦います)」
王都には彼女が経営する孤児院の子供達だっている。
擦り減る精神。
しかし、決して折れるつもりはなかった。
支給されたMPポーションを一気に飲み干し、乱雑に口元を拭うと、大量に運ばれてくる負傷者に癒しの光を振りまき続けた。




