78 大規模レイド開始
今回は前半は《聖痕之弐》ヨハンナに焦点を当てた3人称視点。
後半は《人類最強》アルムガルドに焦点を当てた3人称視点となります。
――王都中央部。
――王城尖塔の屋根の上にて。
王都周辺のダンジョン群が、一斉にダンジョン崩壊を起こしてから5時間が経過。
王宮は王都内の全冒険者、王宮騎士団、聖教会の戦力を集結させ――王都に迫る魔物の迎撃を勅令として下した。
同時に貴重な消耗型魔道具である高速通信装置でもって、アーディオンの冒険者協会支部に救援要請を出す。
魔物の攻撃を凌いで時間を稼ぎ、到着したアーディオンからの援軍との挟み討ちで魔物の殲滅を測る――
「…………無理ですわね」
――というのが、王宮に仕える軍務卿が冒険者協会に提出した策であった。
「王都が無傷を維持出来るのはもって3日。援軍が到着するのは1ヶ月後――挙句城壁内には農地も家畜も殆どありませんから、食料的な観点から見ても現実的ではございませんわ」
《聖痕之弐》――白髪の老婆、ヨハンナ・ホーエンツォレルンは軍務卿の出した策に辟易のため息を漏らした。
軍務を司る官吏と言えども、泰平の世においては所詮は文官。
だが――聖教会は長年に渡り王宮の無茶振りに応え続け国教にまで上り詰めた組織。
出来る限りの足掻きはするつもりであった。
「魔物の進軍速度から、王都に到達するまであと10分もないですわね……そろそろ始めましょうか」
少しずつ――しかし確かに近づいてくる魔物の群れを観察するヨハンナ。
それはまるで王都を飲み込まんとする、黒い津波が迫ってくるかのようにも思えた。
ヨハンナが現在いる場所は――王都の中心――王城の屋根の上。
国王の住居、それを踏みつけるように登る行為は不敬に値するも――危機的状況下でそのような事を言っている場合ではない事は、国王が最もよく理解している事だろう。
王都を囲む城壁の向こう側が一望出来るその場所で、ヨハンナは片膝をつき、複雑な形の指印を結び――魔力を込める。
「結界術――聖盾」
――キィィィィィン!
ヨハンナのクラスは結界術師。
結界を張るスキルを扱うことが出来る。
彼女はその能力でもって、王都をぐるりと囲う巨大な結界を形成したのであった。
「ま――気休めですけどね。これだけの規模の防護結界を維持する場合、どうしても強度は落ちてしまいますから」
でも――それで構わない。
結界の本当の目的は、魔物の侵入を拒むことよりも、城壁の外にいる冒険者の退路を断つ事にあるのだから。
「今頃枢機卿団は、保管している聖遺物を回収して、転移を可能とする聖遺物でもって夜逃げの準備をしていることでしょう。この作戦は貴族や要人が王都から脱出するための時間稼ぎでしかないのですから」
軍務卿もあんな作戦で、この窮地を乗り切れるとは思っていないだろう。
あれは我々――現場で働く戦闘員に向けた表向きの作戦。
お偉方は今頃王宮で、遷都先をどこにするかの会議でもしていることだろう。
ヨハンナは考える。
この状況下で、どのような策であれば切り抜けることが出来るのか。
「…………」
そんな策はない。
すぐに出る結論。
しかし――強いて言うならば。
「圧倒的な軍隊――それも、人間ではありません。魔物に匹敵する強靭さを持ち、休息や食事を必要とせず、指揮官に完全な忠誠を誓い、完璧な統率を取るバケモノの軍隊でもって迎撃すれば――あるいわ」
皮肉なことに、そんな荒唐無稽なことを出来る人物に、たった1人だけ心当たりがあった。
***
冒険者協会は冒険者、王宮騎士団、聖教会といった王都にいる戦力を集結させ、東西南北の4つの班に分けた。
――北側エリア。
王都北側は等級の高いダンジョンが密集していることもあり、ベテラン冒険者達で編成された戦域であった。
リーダーを勤めるのは――S級冒険者、アルムガルド・エルドラド。
彼女――と言っても、周囲に性別を知るものはいないのだが――は黒檀色のフルメイルで身を包み、仁王立ちで魔物の軍勢が押し寄せてくるのをじっと待っていた。
「なぁ、これマジでやばいんじゃないか?」
「俺も年貢の納め時かぁ」
いかにベテラン冒険者と言えども、悲観的な状況に絶望を抑えきれないでいる。
だが――そんな彼等も人類最強の後ろ姿を見て、身を引き締める。
鉄の板と呼ぶに相応しい特大剣を地面に突き刺し、柄を両手で支えて岩のように微動だにしない佇まいは、圧倒的な強者のオーラを纏っていた。
もしかして、ひょっとすると――人類最強ならこの絶望的な状況をひっくり返してくれるのではないか?
そんな淡い期待を抱いてしまう程、その後ろ姿は説得力を孕んでいた。
『『『『グオオオオオオンッッッッ!!!!』』』』
ついに魔物の群れが冒険者達の前に到着する。
アルムガルドは特大剣を抜くと、先陣を切って単身魔物の群れに立ち向かい――一薙ぎ。
――斬ッ!
ただそれだけで数十の魔物が吹き飛ばされていく。
その後も彼女は、常人であれば持ち上げるだけで限界であろう特大剣を、木の枝のように軽々と振るい――魔物の群れの進軍を食い止めている。
「よし、俺達もやってやるぞ!」
「人類最強ばっか美味しい思いさせるかよ!」
彼等だって何年もの間、ダンジョンで命を張り続けてきた歴戦の猛者。
たった1人の冒険者に任せて何も出来ない程腑抜けではない。
迫りくる魔物を前に、各々は武器を取り、迎撃の為に重たい一歩を踏み出すのであった。




