77 シドには関係ないこと
久しぶりに冒険者協会のエミリーが再登場します!
覚えてる人いるかな……?
――王都。
――冒険者協会。
「はぁ……」
「エミリーまたぼーっとしてるじゃん」
「最近ずっとそうよね~」
協会で働く受付嬢――エミリーは仕事中にも関わらず上の空といった様相であった。
そんな彼女の手元にあるのは――懸賞金1000万Gの手配書。
「はぁ……」
「あれ、王子殺しのシカイ族の手配書だよね? お金欲しいのかな」
「違うよ。あのシカイ族、エミリーのお気に入りだったの」
「悪い男が好みの子ってたまにいるけど、あれは流石に悪の度合いが違うっしょ……殺人鬼じゃん? チョイ悪どころか極悪じゃん?」
「まぁ確かに顔は良いよね」
現在の時刻はお昼どき。
冒険者は既にダンジョン攻略やらクエストやらで出張っており、比較的暇な時間ということもあり、他の受付嬢も雑談に興じていた。
――バンッ!
そんなまったりとした空気を壊すかのように、協会の扉が乱雑に開け放たれる。
そこにいるのは満身創痍のシーカークラスの冒険者。
「ど、どうしたんですかその傷!?」
「あなたは確か、今朝新しく出来たダンジョンの調査に向かった方ですよね……?」
「ぜぇぜぇ……ダ、ダンジョンが――」
シーカーはカウンターにしなだれる様に倒れ込みながらも、力を振り絞って報告を始める。
「「「「ええええッッッッ!?!?」」」」
彼の口から告げられる、前代未聞の大規模ダンジョン崩壊の知らせを受け、受付嬢達は一様に驚愕の声を上げるのであった。
***
――場所は変わって、商業都市アーディオン。
「リン、うまいか?」
「はいっ! とっても美味しいですっ!」
A級ダンジョン【鳶翼殿】を攻略し、グリフォンを影霊にした翌日。
初めてのダンジョン攻略で疲れたであろうリンを労うために、生クリームの乗ったケーキを買って、宿の自室で一緒に食べていた。
エカルラートも影から出てきて、バクバクとケーキを食べている。
コイツは仕事してないのに遠慮ねェな……。
「にしても外が騒がしいな。祭でも始まるのか?」
昨日とは打って変わって、室内にいるにも関わらず、外の喧騒がはっきりと聞こえてくる。
ヴァナルガンドで天井をすり抜けて屋根の上で様子を見る。
大通りに大量の馬車が走っており、西側の門――王都方面――へ向かっている様だ。
乗っているのは冒険者と思われる者達、それらを先導するのはアーディオンを守護する兵隊だと思われる。
「エカルラート――町の様子がおかしい。理由を探ってくれ」
「今ケーキ食べるので忙しいのじゃが……」
「アーディオンから逃げるように、大量の冒険者と兵隊が王都方面に移動している。嫌な予感がする」
「兵隊が街から出ているのなら、妾達からしたら好都合じゃろ」
王族殺しの所在がバレ、アーディオン中の冒険者と兵隊が、俺達のいる宿を取り囲んでいるのであれば、今すぐにでも脱出しなければらない事態だろう。
だが逆に、俺達の敵になりうる冒険者と兵隊が街から去っていく状況。
好都合と言われればその通りだ。
「だとしてもだ。慎重に越したことはない」
「全く吸血姫遣いの荒い主様じゃ――まだ本気出したら妾の方が強いんじゃぞ? もっとこう敬意というか……」
「口の周り生クリームでベタベタにしてる吸血姫に敬意なんかねェよ」
エカルラートは渋々と両目を閉じ――集中するように動きを止める。
賢眼――ネズミやコウモリ、ハエといった生物の視覚と聴覚をジャックする能力を使っているからだろう。
「思ったより一大事になっておるようじゃのゥ」
――3分後。
エカルラートが真紅の瞳を開く。
たった3分で情報を獲得したのを見るに、かなり騒がれている事態なのだろう。
「王都近郊のダンジョン群が、余すことなくダンジョン崩壊しておる」
「……あり得るのか、そんなこと……?」
「前例はない」
「可能性は?」
「強制的にダンジョン崩壊を起こす魔道具が、存在するといえば――する。じゃが大量のダンジョンにその魔道具を用いてダンジョン崩壊を巻き起こす阿呆などおらぬわ」
王都にあるダンジョンの総数は数十個にも及ぶ。
その全てがダンジョン崩壊を起こし、中の魔物が外に溢れたとなれば――それはもはや天災だ。
前例のない、王都未曽有の危機。
数えきれない程の魔物が、地上に溢れかえる様は地獄絵図だろう。
「アーディオンの冒険者が王都方面に向かったのは、王都の救援要請を受けたからか」
だが王都からここまで、食事や休憩を必要としないダークホースを走らせて2週間かかった。
大量の冒険者を乗せた荷馬車であれば、急いだとしても到着は1ヶ月後になるだろう。
王都の城壁で籠城戦を行ったとして、それだけ持つだろうか。
いや――例えアーディオンからの援軍が間に合ったとして、それで戦況が覆るのであろうか?
「ま、妾達には関係のないことじゃ。むしろ好都合。王宮騎士団も《聖痕の騎士団》も王都の防衛に全リソースを割かざるを得なくなるからのゥ。その隙に妾達は可能な限り先に進むべきじゃ」
「…………」
エカルラートの言葉は正しい。
俺が王都の危機を救う理由などない。
ただでさえ魔物に王都を取り囲まれてピンチなのに、そこに大罪人が姿を見せようものなら更なる混乱が巻き起こるだろう。
それに王都には魔物殺しのプロフェッショナル――《聖痕の騎士団》もいれば、S級冒険者・人類最強もいる。
かなりの損害を受けるものも、王都が消滅することはないだろう。
「ふぅ、能力使ったら疲れたわい。ケーキでカロリー補充じゃ」
エカルラートは再びケーキをかき込んでいく。
「…………」
その間――俺は思案を続ける。
あの場所に楽しい思い出は殆どなかった。
故郷が燃やされ、奴隷として連れてこられ、劣悪な環境で見世物にされる幼少期を過ごした。
勇者パーティに買われた後も、酷い扱いを受け最後は見捨てられ殺された。
影霊術師に覚醒した後も、大金叩いて購入した屋敷を追われる始末。
ざまぁみろ――そんな気持ちがある。
が――そんな俺にも優しくしてくれた者が皆無であった訳ではない。
奴隷時代から優しく接してくれた、冒険者協会のエミリーさん。
勇者パーティに絡まれた際に、2度も仲介に入ってくれた人類最強アルムガルド。
聖教会のシスターでありながら、シカイ族への嫌悪感を抱かなかったフローレンス。
嫌な場所ではあったけど、救いが一切ないと言えば――嘘になる。
「先日の【鳶翼殿】の攻略で実感したが、レベル3桁になった今、もはや頭打ちになったのを実感している」
「ほゥ?」
「この前戦ったカイネは俺よりレベルが高く、更に強くなる必要がある。でもこれ以上レベルを上げるには、数年単位の時間をダンジョン攻略に捧げる必要があるだろう」
「……つまり、何が言いたい?」
「大量の経験値が王都に集結している。レベル上げのボーナスチャンスを逃がす訳にはいかねェだろ」
「ふん、相変わらず素直じゃないのゥ――この偽善者め」
エカルラートはやれやれといった表情で最後の一口を頬張るのであった。
テーブルの上を見る。
俺が思案に耽っている間に、俺の分のケーキまで食べられているのに気付いた。
「おい」
「賢眼の使用料じゃ」
ちゃっかりしてやがる……。




