75 これダンジョンデートですよね?
「甘いぜ――ガルーダは全部囮だ」
A級ダンジョンのボスであるグリフォンの推定総合戦闘力は――過去の経験からして初期のミノタウロスやウィンディーネと同じ5000。
総合戦闘力400のガルーダの攻撃程度で倒せるとは端から思っていない。
ガルーダを突撃させた本当の目的は――奴の視界を遮ること。
『キョエッ!?!?』
ガルーダを全て振り払ったグリフォンは――肉薄する俺の姿を見て驚愕の鳴き声をあげる。
俺はガルーダを飛ばすと同時に、ゴブリンロードの上半身のみを召喚し、肩を足場に跳躍。
更に空中で再度影霊を召喚し、疑似的な空中ジャンプを行い――玄室の天井ギリギリに滞空するグリフォンの懐に到達したのであった。
「安全なところで一方的に攻撃してんじゃねェよ――鳥野郎!」
――斬ッ!
デュラハンの剣がガルーダを切り裂く――はずだった。
「お、思ったより硬てェぞコイツッ!?」
刃がグリフォンの胴部を切り裂く直前――ギリギリの所でグリフォンは翼を丸めて長剣を受け止めた。
奴の翼は想像以上に硬く、刃が弾かれる。
「(そういやコイツ……飛ばした羽が地面に突き刺さるくらいの強度があったな……)」
空中で体制を崩す俺に、グリフォンは猛禽類の前足を振りかざす。
「あぶねェ!?」
デュラハンソードを横に傾け、右手で剣の柄、左腕の前腕で刃の腹を支えることで、グリフォンの鉤爪をなんとか受け止める。
『キェ――――ッッッッ!!!!』
しかし奴はそのまま地面目掛けて突進。
俺は上空から叩き付けられるように地面に激突する。
ドコーンッ――と大きな音が鳴り、玄室の床は俺を中心に蜘蛛の巣のようにヒビが入り、土煙が宙を舞う。
「ご主人様ッ!!」
背後からリンの声と一緒に、ウィンディーネの障壁を拳で叩く音が聞こえる。
『ギエェェェェェェェェェッッッッ!!!!』
「ぐおおおおおおおおッッッッ!!!!」
グリフォンは俺の上に覆いかぶさり、押しつぶすように前足に力を込める。
俺も負けじと、下からデュラハンソードを支えて押し返す。
鉤爪と長剣で鍔迫り合いする形だ。
『ギエェェェェ!!』
痺れを切らしたグリフォンは鍔迫り合いを続けたまま、鷹の頭部が持つ鋭い嘴を仰け反らせ――俺の顔面目掛けて振り下ろす!
「させるかよッ!」
奴が嘴を振り下ろした瞬間――デュラハンの剣の召喚を解いた。
一瞬にして長剣が消失する。
『ッ!?』
前足の支えがなくなり、グリフォンはバランスを崩す。
顔面に突き刺さるはずだった嘴は、俺の頭部スレスレの床に突き刺さる。
支えを失った前足も、俺の両肩から数センチずれた所に着地した。
つまり――奴の懐に潜り込んだ訳だ。
「今日は可愛いメイドが参観してんだ。いつまでも不格好な所見せらんねェからよ――そろそろ決めるぜ?」
俺の全面にあるのは、無防備に晒されたグリフォンの腹部。
強靭な翼が届かないそこに――再度召喚したデュラハンの剣を突き立てる!
「(四足歩行の動物は、普段隠れている腹部が弱点だと相場は決まっているからなッ!)」
『ギェー―――ッッッッ!?!?』
「うるせェ!」
グリフォンの悲鳴で鼓膜が破けそうになるが――どうせ破れても再生する。
耳の痛みに耐えながら、三点倒立の要領で肩を支え――揃えた両足で突き立てたデュラハンソードの柄頭を蹴り上げる!!
更に深く突き刺さる刃――血が吹き出しながら、グリフォンの巨体が宙へ浮かぶ。
自前の翼で飛行したからではない――俺に蹴り上げられて吹き飛ばされたのだ。
ズドン――と鈍い音を立てながら、グリフォンは地面の上でのたうち回っている。
追撃のチャンスだ。
「リン! サンダーエンチャントをかけてくれ!」
連続バックステップでリンの元へ戻り、最後は滑りながらブレーキをかけて停止すると、ミノタウロスの斧を召喚する。
風属性の魔物には雷属性が有効だからだ。
「はい!」
リンは待ってましたとばかりに付与魔法を発動。
ミノタウロスの斧が――バチバチ――と音を立てながら電気を帯びる。
「流石だ――リンも立派な冒険者だな!」
リンに礼を良い、斧を構えながらグリフォン目掛けて疾走する。
10メートル程手前で跳躍――空中で一回転し、重力と遠心力を乗せた渾身の斧撃を叩きこむ!!
「おらああああああッッッッ!!!!」
――――斬ッッ!!
『ギョエ―――――ッッッッ!?!?』
グリフォンは断末魔を上げながら――鷹と獅子の境目となる首を落とすのであった。
――シド・ラノルスのレベルが上がりました。
――レベル103 → 104
――リンリン・リングランドのレベルが上がりました。
――レベル18 → 31
A級ダンジョンのボスが持つ大量の経験値――その半分がリンに入った。
レベル31――ステータスだけ見れば中堅クラスであるC級冒険者に匹敵する強さを、たった半日で手に入れたことになる。
ダンジョンの主を討伐したことで、ダンジョンコアと共にドロップアイテムが出現する。
「ドロップアイテムが2つ? いや、2つで1つの武器かこれは?」
グリフォンの討伐報酬であるドロップアイテムは、長剣より短く、短剣よりは長い双剣だった。
グリフォンの鋼鉄の羽を連想させるデザインの双剣だ。
――隼刃の双剣
――ランク【A-】
――【効果】MPを消費することで風属性魔法を刃に纏わせることが出来る。
短剣や長剣は使い慣れているが、半端な長さの双剣を使った経験はない。
だがスピードを重視する戦い方をする俺にとって、双剣の技術は覚えといて損はないだろう。
これを機に双剣の修行もしようと決意し、《隼刃の双剣》を回収した。
「ご主人様凄いです! 最後あんな大きな武器を持ってだだだーって走って、ぴょーんって飛んで、ずばーんって!」
グリフォンの討伐を確認し、リンが俺の元に駆け、飛び込むように背中から抱きついてきた。
「あっ! もっ、申し訳ございませんっ! わ、私……奴隷の身でありながら、ご主人様に馴れ馴れしく」
「いや、構わない。これは俺とリンの2人の勝利――よくやったな、リン」
興奮冷めやらぬ為か、顔を赤くしているリンは俺から離れる。
そんな少女の頭をそっと撫でながら、リンを労った。
むしろ年相応にはしゃいでくれた方が、俺としては嬉しいくらいだ。
リンは自分が奴隷であることに安心感を覚えている。
奴隷である限り、主は奴隷の衣食住を保証する義務があるからだ。
でも俺としては――リンは自由に生きて欲しい。
それが――かつて奴隷だった俺の願いなのだから。
この旅を通じて、リンと共に過ごす時間が一気に増えた。
それがいい方向に作用しているようで――旅を始めて良かったとさえ思っている。
「どうだった? 初めてのダンジョンは?」
「はいっ! とっても――楽しかったですっ!」
リンは満面の笑みを浮かべて即答する。
案外リンは、冒険者の才能があるのかもな――そんなことを思いながら、リンを後ろから抱きかかえて持ち上げると台座の上に乗っている――ボス撃破の証であるダンジョンコアをリンに回収させるのであった。
リンは目をキラキラとさせながら、両手に持ったダンジョンコアを掲げる。
「綺麗ですね、ご主人様っ!」
「ああ――そうだな」
『(こいつらいつまでダンジョンでイチャイチャしとるんじゃ……)』




