70 不死と吸血姫とメイドの珍道中
「リン、疲れてないか?」
「いえ、大丈夫です! お気遣いありがとうございます、ご主人様っ!」
俺、リン、エカルラートのシド一味一行は現在、街道沿いを影霊ダークホースに騎乗して移動していた。
リンは俺の前に座り、後ろから抱き支える形の2人乗りをしている。
ちなみにエカルラートは影の中だ。
まだ《聖痕之肆》――カイネから食らったダメージが完治していないので、大人しくしている。
「ダークホースちゃんは平気? 私が乗ってるから、いつもより重いよね?」
『ヒヒ――――ンッ!』
リンの労いに、ダークホースから頼もしい嘶きが返ってくる。
かつては鎧を纏ったデュラハンを乗せて駆け回っていただけあり、少女1人分重くなっても、その足取りは普段と変わっていない。
頼もしい限りだ。
『リン、妾には気遣いの言葉はないのか? 妾も大変だったんじゃぞ?』
「あっ、申し訳ございません。エカルラート様は疲れていませんか?」
「めんどくせェなコイツ……」
影の中でメンヘラってくるエカルラートに悪態をつきながら、ダークホースは街道を進み続ける。
***
俺達は数ヶ月間生活したゴブリンの森の隠れ家を捨て、新たな拠点を探すための旅に出ている。
半日前。
《聖痕之陸》――アニス・レッドビーに隠匿していたはずの隠れ家を襲撃されたからだ。
ヴァナルガンドの空間転移を使っていたにも関わらず、なぜバレたのかは不明だが――聖教会に特定されてしまった以上、あの場所はもう使えない。
即座に荷物をまとめ、ゴブリンの森を後にした。
花壇に植えた花がようやく咲いて、畑の野菜は収穫寸前というところで、2度目の引っ越し。
リンは名残惜しそうな顔をしていたが、聞き分け良く了承してくれた。
王都の屋敷を捨てることになった時と違い、荷物をまとめる余裕があったのが幸いだった。
いくつかの花は植木鉢に移せたので、新天地で植え直すことが出来る。
――で。
そんな俺達の最終的な目的地は――大陸南部。
リンの故郷。
褐色肌に紫髪という特異な特徴を持つラギウ族の集落。
その集落の1つ――〝リングランド〟と呼ばれる村を目指している次第であった。
ゴブリンの森を抜ける際――――
『リン、この隠れ家はもう使えない。そこで、どこか行きたい場所はあるか?』
『ご主人様――厚かましいお願いであることは重々承知の上なのですが……私、故郷へ行ってみたいです』
――――と、いうのが理由である。
エカルラート曰く、王都から大陸南部にあるラギウ族のテリトリーまではダークホースの足なら1ヶ月とのこと。
ヴァナルガンドの能力があれば、王都にはいつでも戻れる。
ヴァナルガンドの転移ポイントを拡大するのにも丁度いいと思ったので、気長な旅を前向きに楽しんでいた。
聖教会の本拠地は王都にあるのだから、距離を取ればそれだけ襲撃されにくいという思惑もある。
『しかしリンよ、故郷に戻ることに抵抗はないのか? おぬし――親から身売りされて奴隷となったのじゃろ?』
影の中でエカルラートが尋ねる。
それは俺も気になっていたことだ。
「はい――仰る通り、私の故郷は貧しい農村でして、姉妹全員を養うことは出来ないと、奴隷商人へ売り飛ばされてしまいました」
『おぬしを奴隷に落とした両親を恨んではおらぬのか? ――それとも、復讐でもするつもりか? もしそうなら手を貸すぞ?』
復讐大好き吸血姫が楽し気に笑う。
影の中で凄惨な笑みを浮かべているのが容易に想像できた。
「今は恨んではおりません。確かに奴隷としての人生は辛いことばかりでした。でも、そのおかげで私はご主人様に出会えましたので」
「リン……」
「今はご主人様の元で働けて幸せです。だから、こうして元気な姿を見せたくて……それから、私のご主人様を紹介したくて……へへっ」
馬上のリンは、照れくさそうにはにかむ。
『シドも随分と懐かれておるのゥ、罪におけぬなァ』
「はい、私はきっと、世界一幸せな奴隷かもしれません」
「…………」
果たしてそれはどうだろうか?
リンは今、確かに幸せを感じているかもしれない。
少なくとも――俺と出会う前と比べれば。
でも――それはマイナスだった幸福度が0に戻っただけだ。
相対的に幸せを感じているだけだ。
現に俺は第二王子シルヴァンを殺したことで、リンを危険な目に合わせてしまっている。
俺の近くにいるだけで、リンに危険が及ぶ。
故郷で家族と共に生活する方が、リンはもっと幸せになれるのではないか?
そんなことを思ってしまう。
俺も幼い頃に奴隷に落ちた身だ。
しかしリンは俺と違い――まだ故郷も家族も残っている。
俺と違って、家族との幸せを取り戻すチャンスが残っている。
だから…………。
「(リンにとって最上の幸せ――それは、俺の元にいることでは……ないのかもしれねェな)」
リンの帰郷の旅。
旅の果て。
リンが俺の元を離れ、故郷に残ることを望むのであれば、俺はそれを受け入れる所存だった。
俺は普通の幸せを手に入れることを諦め、復讐鬼となる道を選んだ。
代わりとして、俺が望んでいた〝普通の幸せ〟を手に入れる道をリンに託した。
リンに幸せになって欲しい。
それが俺の望みなのだから。
「ご主人様……? どうかなさいました?」
俺の憂いを機敏に感じ取ったのか、リンは後ろを向き、上目遣いで心配そうに聞いてくる。
「なんでもない。前向いとけ。危ないから」
そっと頭を撫で、クルリ――とリンの首を前に戻す。
ダークホースは歩を進める。
一歩一歩――確実に。
旅の終わりに向かって。
その旅がどのような形で終わるのかは――分からないけれど。




