60 墓参りにスイレンの花束を
前回のあらすじ
フローレンスは、母親であるフランシスもかつて孤児院を運営していたこと、そしてシカイ族狩りに反対していたことを知る。
母親の意思を継ぎ、彼女もまたシカイ族の差別意識を取り除くために人生を捧げる覚悟を決めるのであった。
孤児院を後にするシーナを見送り、老夫婦に保護したシカイ族の少年を預け、孤児院の子供達と2時間程遊んだフローレンスは、再び大聖堂へ向かって歩を進めていた。
その手には途中の花屋で購入したスイレンの花束が握られている。
フローレンスは定期的に母親である故・聖フランシス・キューティクルの墓参りを行っており、今日も花を持参して墓参りを行う予定だった。
「(シーナ様に孤児院の運営を認めて貰えたこと、お母さまにご報告しなくては)」
フローレンスは聖教会より聖女認定を受けており、大聖堂の敷地内にある聖人墓に遺体が埋葬されている。
歴代の聖人達が眠っている荘厳な聖人墓に到着する。
「あっ、カイネ様」
「…………」
そこでフローレンスは、聖人墓から出てくる《聖痕の騎士団》の同僚と出会う。
全身に包帯を巻き、革のコートと帽子で余すことなく肌を隠す長身の男。
《聖痕之肆》――カイネ・カイウェルだった。
「カ、カイネ様もお墓参りでございますか?」
カイネは無口で常に血で汚れた包帯を纏っており、肉食獣のような鋭い威圧感を放っていてフローレンスは彼を前にすると萎縮してしまう。
だが同僚を前にして無視をする訳にもいかず、声をかけた次第であった。
「…………」
カイネとフローレンスの身長差は60センチ程。
彼はフローレンスを見下ろし、彼女が手に持っているスイレンの花に目をつける。
「誰の墓参りだ?」
カイネが口を開いた。
とはいえ、口も包帯で覆われているので、開いた所を見た訳ではないのだが……。
「お母さま……あっ、その……聖フランシス・キューティクル様の、です」
「なぜその花を選んだ?」
再度カイネが問いかける。
「えと……恥ずかしながら、勉強不足でございまして、聖フランシス様の好きなお花が分からず……だから、私が好きな花を持参した次第でして」
「フッ――血は争えぬということか」
「えっ? そ、それはどういう……?」
「…………」
カイネはフローレンスの問いかけを無視し、脇を抜けて聖人墓から姿を消す。
フローレンスはそれを静かに見送っていた。
「ど、どういう意味なのでしょうか?」
カイネがどういう性格なのか未だ掴めていないフローレンスだが、少なくとも、嫌われている訳ではなさそうだ。
「あら……既にお花が」
気を取り直してフローレンスは聖人墓を歩き、フランシスの墓の前で足を止める。
既に墓の前に花が添えられていることに気付く。
それは水分が抜け、萎びて色褪せたスイレンが3輪だけ。
聖人墓は僧籍を持つ者であれば自由に出入りすることが出来る。
故に過去の功績に憧れを持つ聖職者が、毎日誰かしらの聖人墓へお参りにくる。
なのでフランシスの墓に誰かが添えた花が置いてあっても不思議ではない。
だが――聖人墓は管理が徹底しており、花やお供え物は痛む前に管理人が回収している。
しかしフランシスの墓に添えられた花は、まるで数日が経過したかのように干からびていた。
「まぁ、そういうこともあるでしょう」
フローレンスは特に気にせず、花立てに持参したスイレンを飾る。
ついでにと、奇しくも同じ花である3輪の萎びたスイレンも一緒に花立てに飾るのであった。
「お母さま……私は元気にやっております……ですので、これからもどうか、天の国より見守ってくださいませ」
祈りを捧げる少女の頬を、穏やかな風が撫でる。
風に乗ったスイレンの香りと共に――微かに錆びた鉄の臭いが吹き抜けた。




