58 血のカイネ・赤のアニス
前回のあらすじ
《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルンは再度、《聖痕の騎士団》を招集する。
そこで《聖痕之伍》――セルヴァ・アルトゥスがシドに殺されたことを告げるのであった。
その後もヨハンナはいくつかの議題を取り上げた後、《聖痕の騎士団》の会議は解散の運びとなる。
「フロウちゃん――このあと一緒に食事とかどうっスか? 美味しいパンケーキのお店知ってるんスよ」
「申し訳ございませんアニス様――私はこのあと予定がございまして」
「えー! ざんねーん。フロウちゃんと仲良くなりたいのに――それじゃ、また誘うっスよ~」
「はいっ。機会があれば、その時は是非っ」
***
「振られちゃったっスね~」
アニスは1人、口笛を吹きながら大聖堂の廊下を歩く。
大聖堂に何人かいる知り合いの女子を代わりに誘おうかと思っていた矢先――
「アニス」
「ありゃ? 珍しいっスね――カイネ先輩が声をかけてくるなんて」
背後から《聖痕之肆》――カイネ・カイウェルに呼び止められる。
革の服飾品で全身を纏い、両腕と顔面には包帯を幾重にも巻いており、容貌が一切見えない狩人然とした姿。
唯一露出している眼部も、革の帽子を目深に被っているので、アニスからは確認することが出来ない。
常に血の匂いを醸しているのもあり、カイネは聖教会の中でも異質の存在と言えた。
「なんスか? あっ! もしかして食事のお誘いっスか? でもカイネ先輩、口も包帯で隠れてますしどうやって食事するんスか? ていうかカイネ先輩は普段何食ってんのか全然想像つかないんスけど」
「貴様と飯を食うつもりなどサラサラない」
「ありゃ……じゃあなんスか?」
「俺はなんとしてもシド・ラノルスを殺さなくてはならない――お前の捜索能力には期待している」
「あはは――期待っスか。そりゃどーも」
「真面目に捜索しろ――ということだ」
どうやらちょいちょいサボっていることを見透かされている様子。
釘を刺しにきたという事か――とアニスは面倒くさそうな顔をする。
「にしてもカイネ先輩、普段はクールなのに随分と熱くなってるっスね。シーナ先輩もカイネ先輩も、シカイ族になると目の色変わるっスよね――いや、カイネ先輩の目は見えないんスけど」
17歳のアニスにとって、10年前に終わったシカイ族の迫害は遠い過去のことだ。
当時7歳のアニスはシカイ族狩りに参加していない。
故に上の世代であるシーナやカイネが、異常なまでにシカイ族を嫌悪することにいまいち共感することが出来ずにいた。
「あっ! も・し・か・し・て――セルヴァ先輩の仇討ちっスか?」
「ふざけるのも大概にしろ。あいつとはただの――腐れ縁だ」
「腐れ縁――それって、カイネ先輩にとっては、親友って事――っスよね」
「…………」
「冗談っスよ。そんなに怒らないで下さいっス――言われなくても本気で探すっスよ――ウチもリンリンちゃんとまた会いたいと思ってっるっスからね!」
アニスはそう言ってカイネから逃げる様に廊下を走る。
ぷらぷらと――カイネへ背を向けた状態で手を振りながら、廊下の角を曲がり姿を消すのであった。
「ラノルス氏族の……シド・ラノルス」
残されたカイネは、静かな怒りを滲ませながら、シドの名前を呟いた。
***
――一方。
――フローレンス・キューティクルは王都の商店街通りを1人で歩いていた。
「(アニス様からの折角のお誘い、断ってよかったのでしょうか……こんな私にも優しくして下さるお方なのに、気を悪くしていらっしゃらないでしょうか……?)」
フローレンスはアニスからの食事の誘いを断ったことを気に病んでいた。
《聖痕の騎士団》の面々は、悪い者はいないことは重々承知している――だが歴戦の猛者達が放つ威圧感に、12歳の少女が耐えられるはずもなく、招集会議の張りつめた空気にはいつも縮こまってしまう。
幼い頃から面倒を見てくれた《聖刻之参》――シーナ・アイテールとは序列の関係で席が離れているし、招集会議の時は普段と違い仕事モードなので、やはり他のメンバー同様に威圧感を放っていて近寄りがたい空気があった。
そんな中で自分と年が近く、席も近く、場の空気をいい感じに和ませてくれるアニスは、フローレンスにとって唯一の希望であったのだ。
出来るものならもっと仲良くしたいと思っている。
「(ああ……こんなことなら予定を後回しにしてでもアニス様のお誘いを受けるべきでした……きっとアニス様は気を悪くしたでしょう……)」
ちなみにだがアニス本人は全く気にしていない。
今後も懲りずにチャンスがあればフローレンスにアタックしていくつもりらしい。
フローレンスが頭を悩ませながら通りを歩いていると――
「この薄汚ねェコソ泥めッ!」
「汚れた血族がよッ!」
――なにやら物騒な声が路地裏から聞こえてくる。
足を止めて覗き込むと――自分よりも年下と思われるシカイ族の少年が、2人の男から暴力を振るわれていた。
その光景を見たフローレンスは、先ほどまでの悩みを忘れて、シカイ族との間に割り込んだ。
「なにをしているのですか!?」
成人男性2人を前に、物怖じせずに声を張りつめる。
「おや、聖職者様ではないですか丁度いい」
「コイツはウチの店から燻製肉を盗んだ泥棒だよ。だからこうやって懲らしめているんだ」
「聖職者様、この穢れた血族をしょっぴいて下さいよ」
「シカイ族の異端認定は10年も前に終わりました。穢れた血族という言葉は差別に当たります」
「でもコイツがウチの商品を盗んだのは事実ですぜ」
「だからと言って、大の大人がこんな小さな子供に暴力を振るうなんて……!」
「お嬢ちゃん、本当に聖教会の人間か? シカイ族を庇うだなんてよ。コイツが王子殺しシドの仲間かもしれねぇだろうが!」
「ッ!?」
――王子殺しのシド。
シドは第二王子シルヴァン・レングナードを殺害したことで、今や民衆を脅かす大罪人となっている。
更にそのせいで民衆からのシカイ族の差別意識は更に強くなっており、下手をすれば現場の衛兵の判断で関係ないシカイ族まで、軽犯罪であろうと大きな罰を課せられる可能性だってある。
「分かりました。このシカイ族は私が責任を持って衛兵の元へ送ります。これは駄目になってしまった商品の代金です」
フローレンスは《聖痕の騎士団》に配属された際に与えられた、オーダーメイド品の仕立てのいい法衣から硬貨を取り出し商売人に握らせる。
盗まれた品物を買っても十分なお釣りが出てくる額だ。
「んじゃ――頼んだぜ、お嬢ちゃん」
「こっちも商売なんでね、分かってくださいよ」
***
「あの、大丈夫でしたか?」
2人の男が路地裏から見えなくなったのを確認してから、フローレンスは法衣が汚れるのも厭わず、膝をついて倒れている子供に声をかけた。
「うぅ……ッ」
「酷い傷……なにもここまでしなくてもいいのに」
よく見れば、首には奴隷の首輪の痕がまだ残っていた。
「(首輪が食い込んだ痕――シドさんの一件でシカイ族の立場が悪くなったことで、主から捨てられてしまったのでしょう。お腹を空かせて盗みをするしか生きていくことが出来ずにこのような結果に……まだこんな小さいのに可哀想に)」
シカイ族の少年は随分とやせ細っており、小刻みに震えていた。
「まずは傷の治療をします――【ヒール】」
「僕……死刑になっちゃうんですか……?」
フローレンスの回復魔法で傷が癒えた少年は、怯えるように問いかける。
「大丈夫です。あの方々を納得させるために方便を使いましたが、あなたを衛兵に突き出すつもりはございませんよ」
「じゃあ……僕、これからどうなるの?」
「そんなに怯えなくても大丈夫です。お腹が減っているのでしょう。立てますか? お食事をご用意しますから」
「ほ、ほんと……?」
「ええ、本当ですよ」
少年の枯れ枝のようにやせ細った手を取り、ゆっくりと立たせる。
フローレンスは少年に肩を貸しながら、本来の目的地である場所へ向けて再び歩を進めるのであった。




