57 聖痕の騎士団の様子
今回は《聖痕の騎士団》に焦点を当てた3人称視点です。
――王都大通りの一角にある花屋。
「いらっしゃいま――ッ!?!?」
そこに来店した客の姿を見た花屋の看板娘は、いつもの営業スマイルを忘れて言葉を失った。
「…………」
その客の容貌が――あまりにも異質だったからである。
190センチ弱ある長身。
革のコートに革の帽子、腕と顔面にはミイラ男のように幾重にも包帯が巻かれて皮膚の一切が隠れており、血と錆びた鉄の臭いを放っていた。
冒険者の街とも言われる王都。
人相の悪い荒くれ者を見るのは慣れている――だが、目の前にいる男はどちらかというと殺人鬼のような外見の男であった。
男の正体は聖教会の聖騎士――その精鋭のみで構成された《聖痕の騎士団》の1人。
《聖痕之肆》――カイネ・カイウェルであった。
「(み、見かけで人を判断しちゃ駄目よね……それにコートについてる天秤と剣の記章――聖教会の人だわ)」
圧巻されていた看板娘だが、持ち前の接客魂を思い出して正気を取り戻す。
どんな容貌であろうと、花屋に来たということは、花を買いにきたということ。
花屋の娘として生まれた彼女は――花を買いにくる人間に悪い奴はいないという持論をモットーにして生きてきた。
「これは聖騎士様、どうなされましたか?」
看板娘は聖騎士に近づく。
花の香りが血の匂いで掻き消されるのを感じたが、笑顔は崩さない。
「…………」
カイネは店内を見渡す。
深く帽子を被っていて分かりにくいが、どうやら目の部分だけは包帯が巻かれていない様で、視界は確保しているみたいだ。
「スイレンの花はあるか?」
包帯越しのくぐもった声。
「スイレンですか? 勿論ございますよ! よろしければいい感じにお包みしましょうか?」
「では――100本、用意してくれ」
「100本ですか!?」
「そうだ」
「(100本の花束――も、もしかして、これからプロポーズでもするのかしらっ!? だ、だとしたら気合入れて用意しないとねっ!!)」
花屋の娘として、なんとしても満足のいく花束を用意しなくてはならない。
そんな使命感を抱きながら、10分以上の時間をかけて、彼女は納得のいく渾身の花束を作り上げたのであった。
「お客様! できましたよ!」
「そこに置いてくれ」
「え? あ、はい」
カイネは丁度空いている台を見つけると、花束を置くように指示する。
看板娘は言われた通りに花束を置き――カイネはそれを手に取った。
「(身体が触れるのが嫌なのかしら……? よく見たら包帯、内側から血が滲んでる……魔物との戦いで出来た傷かしら?)」
「これで足りるか?」
カイネは花束を手に取った後、5万G銀貨を台の上に置く。
「あ、はい。大丈夫です――おつりをご用意しますね」
「釣りはいらん。銀貨以下は持たない主義だ」
「(はえー、聖騎士様って随分と稼ぎがいいのね……)」
カイネは店を出る。
手元の花束に目を向けると、包帯越しに触れている包み紙が、ボロボロと劣化して崩れていた。
すぐに外縁部のスイレンも、水分が抜けて鮮やかな花弁がシナシナに干からびていく。
「ちッ……」
急速な劣化は花束の外縁部から中心部へと浸食していき、このままではあと数分もすれば全ての花が枯れ果てる速度であった。
「少し急ぐか……」
独り言ち、大通りを早足で歩く。
花束が、肉体に刻まれた呪いで枯れ尽きる前に。
「全く持って――厄介な祝福だ」
***
――時間は少し巻き戻る。
――カイネ・カイウェルが花屋に足を運ぶ数時間前。
王都の中央区にそびえ立つ聖教会の総本山――通称〝大聖堂〟。
その中の《聖痕の騎士団》にあてがわれた会議室にて。
「ちっス~。遅れて申し訳ないっス!」
現在空席である《聖痕之壱》に代わり、まとめ役をしている《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルンの招集命令によって、《聖痕の騎士団》の面々が一堂に会していた。
無言が続く厳粛な空気を壊したのは、剽軽な態度で最後に入室した赤髪の少女――アニス・レッドビー。
先日シド・ラノルスの奴隷、リンリン・リングランドを元冒険者の悪漢から救った生臭尼僧である。
「アニスさん、ごきげんよう。時間丁度ですので、問題ありませんよ。席についてください」
「良かった~っス」
「アニス――最低でも5分前行動は基本だぞ」
「シーナ先輩、それパワハラっスよ」
「ッ! 私が言いたいのは《聖痕の騎士団》としての自覚を持てという事でだな……」
ヨハンナと共に上座に座る《聖痕之参》――シーナ・アイテールが咎めるも、飄々とした態度で受け流すアニス。
「ゆーて、セルヴァ先輩もまだ来てないじゃないっスか」
空席になっている《聖痕之伍》――セルヴァ・アルトゥスの席を見ながら愚痴るアニス。
「「「「…………」」」」
「――え? なんスかこの空気?」
最後に入室して事情を飲み込めていないアニスは、重苦しい空気に耐えきれずキョロキョロと周囲を見渡す。
見かねた《聖痕之漆》――最年少のフローレンス・キューティクルがアニスに耳打ちする。
「セルヴァ様は――殉職なされました」
「…………わーお」
空席のセルヴァの席を一目し、招集された事情を把握したアニスであった。
「セルヴァ先輩、ドヤ顔でシカイ族の居場所を突き止めたまでは良かったっスけど、返り討ちにあっちゃ意味ないっスよ……」
「あの……すみません」
おずおずと、末席に座るフローレンスが手をあげる。
「どうされましたか、フロウちゃん」
「どうしてセルヴァ様は、お1人でシドさん――いえっ――シカイ族の方の元へ行かれたのでしょう。影霊術師の強さは、セルヴァ様もよくご存じのはずですのに」
「セルヴァ先輩の戦闘スタイルは毒っスからね~。むしろ1人の方が強いんスよあの人は」
「にも関わらず……セルヴァは死んだ……ッ!」
今まで口を噤んでいた《聖痕之肆》――カイネ・カイウェルが続ける。
顔面を余すことなく包帯で隠しているため、表情は見えないが、その声音には確かな怒気が含まれているのが見て取れる。
「つまり――ターゲットには毒が効かないということです。その情報が分かっただけでも、セルヴァ君の死は無駄ではありませんでした」
「そう……だったのですね――セルヴァ様の御霊が、どうか天の門をくぐれる事を、お祈り申し上げます」
フローレンスは改めて、両指を組むとセルヴァへ追悼の祈りを捧げる。
「ごほん――さて」
まとめ役であるヨハンナは一度咳払いをしてから、本題に入る。
「皆さんの奮闘により、ターゲットであるシド・ラノルスの行方をある程度絞ることが出来ました。特にアニスちゃんは、ターゲットが所持しているラギウ族の奴隷の名前と顔――そして物資調達の為に王都に出没することがあることを突き止めて下さいました。改めて感謝の意を――お手柄です、アニスちゃん」
「いや~、偶然っスよ。かわい子ちゃん探してたら偶然それがシカイ族の奴隷ちゃんだったってだけで」
「そして今は亡きセルヴァ君は、市場に流通しているダンジョンコアの総数と、直近に攻略されたダンジョン数の相違に気付き、ターゲットが出没するであろうダンジョンの絞り込みに成功しました」
ヨハンナは老体を感じさせない張りのある声で続ける。
「これらの情報をまとめれば、ターゲットはまだ王都近郊――もしくは王都内部に潜伏している可能性が非常に高いということです」
「はえ~王都の中の可能性もあるんスね。大胆過ぎるっスな~」
「否――むしろ人口の少ない農村部より、人の多い王都に潜伏された方が見つけるのは難しい」
ヨハンナの推測に、シーナが補足する。
「そういう訳で、アニスちゃん――あなたには今度とも王都内のパトロールを続けて頂きます」
「はーいっス」
――ま、王都でパトロールするだけだから、好きな時にサボれるから楽でいいっスね。
返事だけは元気がいいが、その内情はやはりと言うべきか、物臭な少女であった。




