53 物臭尼僧アニスちゃん
前回のあらすじ
指名手配犯になったシドに代わり、物資の補給のため1人で王都へ行くリンリン。
しかしガラの悪いチンピラに難癖を付けられカツアゲされてしまうも、謎の少女が仲裁に入るのであった。
チンピラがナイフを掲げ、リン目掛けて振りかざす――その直前。
「ちょっとそこのお2人さん――可愛い子猫ちゃんに、何しようとしてんスか? ウチも混ぜて貰って――良いっスか?」
「うぐッ!? て、手が動かねェ……ッ!?」
「だ、誰だテメェはッ!?」
チンピラの振り上げた腕――その手首を後ろから掴む少女が1人。
割り込んできたのは、赤い髪に白い法衣が特徴的な聖職者だった。
少女は大柄な男の身動きが取れなくなる握力で手首を掴んでおり、男に冷や汗が流れる。
更に少女の空いた手には、先ほどリンが落とした紙袋を抱えていた。
「通りすがりの生臭尼僧っスよ。街の治安を守るやる気はないっスけど――かわい子ちゃんが危ない目に遭っているとなれば、手を出さずにはいられないたちなんス」
「いでででででででででッッッッ!?!?」
赤髪の聖職者はチンピラの腕を捻り上げる。
そして――ポキッ――という音が男の肩から鳴る。
「うぎゃあああああああッッッッ!?」
男はナイフを落とし、肩を抑えて蹲る。
「大袈裟っスね。関節外しただけっスよ。でも――これで本当に慰謝料請求できるっスよ?」
「この女ァ!!」
もう片方のチンピラは、相方が落としたナイフを拾い上げると、赤紙の少女へ切っ先を向ける。
「ほあちゃー! ――っス!」
「うぎゃッ!?」
尼僧は拳を握り――中指の間接だけを突き出し、男の肩を素早く突いた。
肩からポキッ――という音が鳴り、ナイフを落として先ほどの男同様に蹲る。
「ほい。それじゃあ本当に怪我したことですし――慰謝料っス」
尼僧は法衣から硬貨を取り出し地面に投げる。
チンピラ達は関節が外れていない方の手でしっかりと硬貨を回収すると、「覚えてやがれー!」と捨て台詞を吐いていった。
「医者に見せたらすぐハメ直して貰えるっスよ~」
チンピラ達の背中が見えなくなるのを確認し、赤紙の少女はリンと向き合う。
「あっ、ありがとうございました! あ、危ないところを助けて頂いて……!」
「いいっスいいっス――はい、落とし物っスよ」
少女はリンに紙袋を渡した。
「でも気を付けるっスよ。王都は国王陛下のお膝元とはいえ、冒険者の街でもあるっス。ああいうガラの悪い連中も沢山いるっスから」
「冒険者の方は言動が多少乱雑なのは存じてますが……まさか白昼に恫喝まがいのことをされるとは思わなくて……」
「あいつらは多分元冒険者っスね――片方は利き腕の指が2本なくなってましたし、もう片方は片目が潰れてもう片方の目も殆ど見えてないみたいっス。魔物との戦いで大怪我をして冒険者を引退、以前のように稼げなくなったけど、乱暴さだけは以前のまま――そういう輩が犯罪に走るのはよくある事っスよ」
「そ、そうですよね……私の注意不足でした……なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「いやいや、お嬢ちゃんは悪くないっスよ。でも、そうっスねぇ――――チュ❤」
「ひゃわっ!?」
耳元にそっとキスをされる。
リンはいきなりの行動に驚き、紙袋からリンゴを1つ落としてしまった。
赤髪の少女は、それを空中でキャッチする。
「お礼はかわい子ちゃんへのちゅーと、リンゴ1個ってことで」
「ひゃ、ひゃわ……」
リンは過去いくつかの主の元で働いていた。
だがまだ幼かったことと、栄養不足で今のような可憐さを持っていなかったこともあり、性的な奉仕をしたことは1度もない。
肉体接触に慣れていない故に、軽いキスだけでリンの顔は真っ赤に染まってしまう。
「おっと、そういやまだ名乗ってなかったっスね――ウチはアニス・レッドビー。お嬢ちゃんは?」
「あ、えっと……リンリン……リングランドと申します」
「そっか! それじゃあリンリンちゃん! また機会があれば!」
赤髪の聖職者――アニスは爽やかな笑みを浮かべると、リンの元から去っていった。
そして――リンの影がゆらりと蠢く。
「危ない危ない――危うく聖教会の輩に妾の姿が見られるところじゃったわい」
「エ、エカルラート様!? いらしていたのですか!?」
リンの影からエカルラートが出現する。
首から上だけを露出している形だ。
リンは自分の影の中にエカルラートがいたとは思わず、ビックリして片足を上げる。
「心配性なシドに頼まれてな。いざという時は妾が助けに入るつもりじゃったが、妾が助けに入ろうとした直前にあの聖騎士が現れたもので、焦ったわい」
エカルラートは影霊の能力ではなく、生来の吸血鬼としての能力でシドの影に潜んでいる。
つまり影霊と違って、シド以外の影に入ることも可能なのだ。
そうしてリンの影の中で、初めてのお使いを見守っていた訳であった。
ちなみにエカルラートはアニスと違って慈悲を持ち合わせていないので、チンピラを容赦なく殺すつもりだった。
チンピラ2人はあずかり知らぬ事だが、結果的にアニスに助けられた形になったのであった。
「にしてもリン、妾のリンゴを聖教会なんぞにくれてやるとはどういうつもりじゃ!」
「も、申し訳ございませんっ!」
「ま、妾は寛大じゃからからな――リンゴ1つくらい許してやろう。まだリンゴは残っておるようじゃし。だが、あのアニスとかいう小娘に本名を名乗ったのは頂けぬな。良いか? シドは王宮だけではなく、聖教会からも命を狙われておるのじゃ……更には厄介なことにあの小娘は聖痕の――いや、何でもない。おぬしが知る必要のないことじゃ」
「も、申し訳ございません! つい咄嗟に名乗ってしまい……!」
「よいよい。リンが無事だった。それだけで良しとしよう――さて、それじゃあ帰るとするかの――ヴァナルガンド、妾達をシドの元まで送ってくれ」
『ワオンッ!』
リンの足元が闇色に染まり、ヴァナルガンドの巨大な顎がリンを丸呑みにする。
往路もヴァナルガンドの空間移動で王都の路地裏に転移していたので、勿論帰りも同じ方法である。
「ええッ!? ヴァナルガンドちゃんも私の中にいたんですか!?」
S級ダンジョンのボスであるエカルラートとヴァナルガンド。
その2体に守護されたリンは、もはや最も手を出してはいけない少女となっていたのである。
こうしてリンのお使いは無事終了したのであった。
***
――ヴァナルガンドの空間転移によって人気のなくなった路地裏。
「よっと――いやぁ、まさか偶然助けたかわい子ちゃんが、シド・ラノルスの飼ってる奴隷ちゃんだったとは思わなかったっスねェ」
背の高い建物の屋根に身を隠していた少女は、軽快な身のこなしで路地裏に着地する。
アニス・レッドビー――先ほどリンをチンピラから助けた聖職者である。
「リリアムちゃんの仇はラギウ族の奴隷を飼っている――ふと思い出して、まさかなと思って様子を伺っていたら大当たりっスよ。敬虔に祈りを捧げれば神様が応えて下さるっていう聖典の言葉は嘘っスね。毎日てきとうに生きてるウチがこんなドンピシャ引き当てるんスから」
アニスはリンが消えた地面を確認する。
やはり――痕跡は殆ど残っていない。
だがシド・ラノルスの情報――真紅の吸血姫を従えており、空間転移能力を持っているという特徴と見事に当てはまる。
リンリン・リングランドがシド・ラノルスの奴隷というのは間違いないと見ていいだろう。
「可愛い子猫ちゃん――また会えると良いっスね」
アニス・レッドビー――《聖痕の騎士団》に所属する《聖痕之陸》――はリンから受け取ったリンゴを取り出すと、法衣で軽く皮を擦ってから――ムシャリと1口齧るのであった。




