52 リンリン、王都へお使いへ行く
前回のあらすじ
かつてゴブリンロードを仲間にしたゴブリンの森に拠点を作ることを決めたシド一行。
立派なログハウスが完成し、森の中の優雅なスローライフ生活に夢を馳せるのであった。
リンリン・リングランド――リンと呼ばれている奴隷の少女は、王都の大通りをいつものメイド服で歩いていた。
ゴブリンの生息する森に小屋を建てて生活しているシド一味を代表し、日用品や食料の買い出しにリンが選ばれたのである。
「ほ、本当に大丈夫でしょうか……?」
現在シドは王子殺害の重罪を犯し全国指名手配中。
そして、シドがラギウ族の奴隷を飼っているという情報も出回っている。
もしリンがシドの奴隷だとバレれば、タダでは済まないだろう。
「っ!?」
おっかなびっくり――顔を伏せながら通りを歩くリンの正面から、2人組の王都の衛兵が歩いてきた。
「(そ、そうだ……ビクビクしてちゃ駄目だ……堂々としろって、エカルラート様に言われたんだった)」
リンはエカルラートの助言を思い出し、伏せていた顔を上げて正面を向いて歩く。
パトロール中であろう衛兵はチラリ――とリンを一瞥したものも、特に気にした様子はなくすれ違っていく。
「ほっ……良かった……やっぱエカルラート様の言う通りだ」
胸を撫でおろすリンは、エカルラートの言葉を思い出す。
シドは顔もフルネームも割れていて、何より王族殺しの張本人。
人相図は王都の至る所に張られ、1000万Gの懸賞金までかけられている始末。
王宮の兵士も聖教会の聖騎士も血眼になって探しているのは疑いようがないだろう。
だがリンの方は名前も顔もバレていない。
ラギウ族の少女を奴隷にしている――という情報しかないのだ。
そして王都は大陸で最も人口が多く、最も奴隷がいる都市。
若いラギウ族の奴隷など、王都を探せばいくらでも見つかる。
木を隠すなら森のなら、人を隠すなら都市の中――というエカルラートの作戦は見事に的中。
むしろ人口が少ない農村の方が、余所者だとすぐにバレてしまう危険性がある。
「(まさかご主人様の奴隷が堂々と王都を歩いているとは、誰も思わないでしょう)」
更にエカルラートの作戦を付け加えれば、リンはエカルラートの趣味で仕立ての良い上質なメイド服を着ており、血色も良く顔立ちも整っている。
奴隷事情に心得のある人間であれば、リンのことを貴族――もしくは富豪の所有物であると予想するはずだ。
しかもただ家事をこなす奴隷ではなく――主人の寵愛を受けた愛玩奴隷だと。
となれば、衛兵も下手に乱暴な方法でリンの身元を問いただすのは憚られる。
貴族のお気に入りの奴隷に乱暴を働いたとバレたら、最悪衛兵の首が飛びかねない。
触らぬ神に祟りなし――触らぬ奴隷に祟りなし――というエカルラートの目論みも見事成功していた。
『リン――おぬしはとんでもなく可憐じゃ――ま、妾程ではないがの。故に堂々と歩け! 自分はとても価値のある高価な奴隷であると周囲に思わせるようするのじゃ!』
というのがエカルラートの談。
「(わ、私なんかがそんな、価値のある奴隷だとは、到底思えませんが……)」
リンは出かける直前まで不安を抱いていたが、後押しとばかりにシドからも――
『あー、そういう事を本人に言うのは慣れてないんだが……リン、お前は可愛いよ。自信を持て』
――と背中を押され、リンは王都へ潜入するという大役を引き受けたのであった。
「(ご、ご主人様に……か、可愛いって……い、言われちゃった……えへへっ)」
リンはシドの言葉を思い出し、頬が緩む。
死にかけていた自分を助けてくれて、更には今まで仕えてきた主人の中で最も優しくしてくれたシド。
しかも背も高く顔立ちも整っている年上の男――リンが恋心を抱かないというのは無理というものである。
「よ、よし! それじゃあ日が沈む前に買い出しを済まさないと!」
リンは自分の頬をパンパン――と2回叩き気合を入れると、早速商店街の方へ歩を進めるのであった。
***
――数時間後。
複数の店をハシゴして、目的の品を全て購入することに成功したリンは、大きな紙袋を抱えながら、大通りを歩いていた。
「花壇に植えるお花と野菜の種、それからハーブの苗――食材は牛肉と赤ワインに新鮮なお野菜、それにスパイスも買えたから、ご主人様が好きなビーフシチューが作れそうです。それから保存の利く食料に、あと1番大切なのはエカルラート様に頼まれたリンゴ――よし、全部ありますね」
結構な量を購入したのもあり、リンが抱える紙袋はかなりの大きさで、小柄なリンでは前が見えない程であった。
「きゃっ!?」
――それがいけなかった。
視界が遮られていたリンは、正面から歩いてくる通行人と衝突して尻もちをついてしまう。
リンは思わず紙袋を落としてしまい――零れたリンゴがコロコロと道を転がる。
「も、申し訳ございません……前をよく見ておりませんでした……っ!」
「いってェ~~~~いてェよ! あ~こりゃ絶対骨折れてるわ……痛すぎるんですけど……どう責任とってくれんのお嬢ちゃん? なあ゛ァ?」
リンは慌てて謝罪の言葉を口にする。
だが、ぶつかった相手が悪かった。
大柄な体躯にガラの悪い人相の男は、大袈裟にぶつけた腕を抑えてリンを責め立てる。
「ちょっとこれは慰謝料払って貰わないと駄目だなァ?」
「ああ――全くもってその通りだ。責任はちゃんと取って貰わねェといけねェなァ?」
「ひ、ひぃ……っ!?」
リンと衝突した男には仲間がいた。
2人組の悪人面は、リンの細腕を掴んで無理やり立たせると、大通りから人気のない路地へと誘拐する。
「ここなら人もこねェだろ」
「へへ、それじゃあお嬢ちゃん、慰謝料、払って貰おうか?」
背の高い建物に挟まれて、薄暗くジメジメとした路地裏の突き当りにリンは連れてこられる。
「(ご主人様からお金は余分に預かっていますので、この方達が満足して頂けるだけのお金を支払うことは出来ます。ですがこれはご主人様のお金……こんな悪党に渡していいはずがありませんっ!)」
怯えて身体の震えが止まらない。
それでもリンは、自らに発破をかけ、毅然とした態度でチンピラと対峙する。
「あ、あなた達に渡すお金はありませんっ! ぶつかってしまったことは謝ります! で、ですがっ! 骨が折れたというのは絶対に嘘です! か、帰ってくださいっ!!」
「あ゛あ゛ァ!? 奴隷が随分と舐めた口聞くじゃねェかおいッ!!」
「あんな大量に買い物をしてたんだ。ご主人様から財布を預かってるんだろッ!? それ渡せば痛い目見ないで済むっつってんだよッ!」
「きゃっ!?」
チンピラの片割れは、片腕でリンの首を抑えて壁に押し付け逃げられないようにし――もう片方の手で懐からナイフを取り出す。
そしてナイフを振り上げ、リンに振りかざすその直前――――リンの足元の影がわずかに揺れ、そして――――
「ちょっとそこのお2人さん――可愛い子猫ちゃんに、何しようとしてんスか? ウチも混ぜて貰って――良いっスか?」




