51 超高速で進めるスローライフ
前回のあらすじ
王宮騎士団に襲撃されるも返り討ちにするシド。
シドは身を隠すために王都を脱出するのであった。
「ご主人様、コーヒーです」
「おっ、丁度飲みたかったところだ。ありがとうリン」
「えへへ、そんな気がしたんですっ♪」
エカルラートの趣味でメイド服を着ているリンの頭を撫でながら礼を言う。
リンも随分と明るくなり、よく笑うようになったと実感するこの頃。
早速リンの淹れたコーヒーを口に含み、舌の上に広がる苦みに舌鼓を打ちながら読書に勤しむ。
穏やかな午後のティータイム。
「では――私はお掃除をしようと思いますので、御用がありましたらお声がけください――――あっ」
リンは箒を手に取り部屋を後にする――――とみせかけ、既にこの空間に部屋の概念がないことに気付いた。
そう――ここはヴァナルガンドの口の中。
四方が彼方の先まで闇色に包まれた無限に続く空間。
埃が溜まらないので掃除もクソもないのである。
吊り下げた光魔水晶が周囲を照らし、光の届く範囲にテーブルやら椅子やらを設置した簡易的な居住空間。
それが現在のシド一味の住処であった。
シンプルな床面積なら王都の屋敷よりも広い。
なにせヴァナルガンドの体内にある異空間の広さは、エカルラート曰くこの世界の同じくらいあるらしいからな。
とはいえ、日光が入らず外界と遮断されたこの空間に長時間いると、精神的に参ってしまうのが人という生き物。
「リン……妾はリンゴが食べたいのじゃが……」
「すみませんエカルラート様。リンゴは昨日召しあがったのが最後の1つです」
「そ、そうか……駄目じゃ……退屈過ぎて力が出ない……」
俺――シド・ラノルスは王子殺害の罪で全国指名手配となってしまった。
王都に買ったマイホームにガーレンの兄であるグレイス率いる王宮騎士団が押し寄せた事件から3日が経過。
リンを人質にするという外道な作戦を取る騎士団を返り討ちにし逃走したはいいものも、行く当てのない俺達はヴァナルガンドの口の中で生活することを余儀なくされていた。
エカルラートの賢眼で王都の様子を確認して貰ったが、シカイ族の俺が王族を殺害した挙句、王宮騎士団の将軍にまで手にかけた事件は新聞で大々的に公表されたとのこと。
ただでさえ地位の低いシカイ族の扱いが、更に悪くなっている様子。
罪のないシカイ族までが民衆の批難の的となっていて、罪悪感で胸が痛い。
更に指名手配犯なのだから、勿論マイホームは差し押さえられた。
冒険者協会に足を踏み入れることもできないため、魔石を買い取って貰うことも出来ない。
つまり金を稼ぐことが出来ないということだ。
とはいえ――贅沢しなければリンを養いながら数年間は生活できるだけの貯蓄はあるし、ヴァナルガンドの中に買い溜めしていた食料もまだ余裕がある。
そもそも俺とエカルラートは食事をする必要がない。
まぁ――エカルラートは俗世にすっかり染まってしまい、リンの卓越した料理スキルもあって、毎日飯を食わないと満足できない身体になっているのだが。
「(俺もリンの淹れてくれたコーヒーが病みつきになっている訳だから人のことを言えない訳だが……)」
「お屋敷に置いてきたお花、大丈夫でしょうか? 誰かがお世話してくれているといいのですが……」
「うう……そろそろ日の光を浴びないと気がどうにかなってしまいそうじゃ」
「お前吸血鬼だろうが」
リンもエカルラートも閉鎖的な環境(広くはあるが)に精神の限界が来ている。
リンは趣味である花やハーブを育てることが出来ずフラストレーションが溜まっているし、今も屋敷で働いていた時の癖でする必要のない掃除をしようとしていた。
俗世に染まったエカルラートも引きこもり生活に耐えられず、だらしなく地面に横になっている。
お前ダンジョンボスやってた時代どうやって生きてたんだよ……。
そして俺も――いつまでもこうして引きこもっているのも退屈になってきた。
「確かにいつまでもここで引きこもってる訳にもいかねェな。地上に新しい拠点を用意するか」
その言葉を聞いて、リンとエカルラートは「本当ですか!」「マジか!?」とパッと顔を上げる。
やっぱ人間、太陽の下で生活してなんぼだな――と痛感するのであった。
***
「ここなんかいいんじゃねェか?」
「はい。比較的日当たりもよくて、良いかと思います」
新しい拠点として目をつけたのは、かつてゴブリンロードを仲間にした王都近隣の農村――その近辺にある森の中だ。
俺はもう王都には足を踏み入れられないし、全国指名手配なので別の町に行っても同じことだろう。
上から指示された仕事をこなしているだけの善良な衛兵や騎士団を返り討ちにするのも気が引けるため、魔物が生息して人が寄り付かない森の中をチョイスした次第である。
「んじゃ早速始めるか――影霊顕現」
影の中から影霊をいくつか召喚する。
ミノタウロスやゴブリンロードといったパワータイプの影霊に周囲の木々を伐採させつつ、根っこも引っこ抜いてもらい地面を均す。
倒した木はゴブリン影霊が木材に加工し、新居の資材にする。
「エカルラート、《忌緋月》貸してくれよ。木を倒すのがミノタウロスとゴブリンロードだけじゃ時間がかかる」
「シドお前っ! 妾の《忌緋月》を木こりの真似事に使うつもりか!?」
「しょうがねぇだろ。手持ちの手斧はゴブリンに貸し出してるし、新しく街で調達することもできねェんだから」
渋々と口から忌緋月を出すエカルラート。
ヴァナルガンドを倒したときに使った血の斬撃を飛ばす技で、並んだ木々をまとめて薙ぎ払うと気持ちよくてストレス発散に丁度良い。
「おらッ! 《衂滅月斬》」
「おいコラ! 安易に必殺技を使うでない! ここぞという時に使うのじゃ!」
――数時間後。
家を建てるのに必要なスペースと資材の確保が完了した。
場所と材料が揃ったら、次は建築の時間だ。
エカルラートの蓄えた膨大な知識には、木製の家の作り方も備わっており、俺が作ったざっくりとした設計図を元にエカルラートが影霊に指示を出すことで家を建てていく。
こうして半日後――無事新居が完成したのであった。
「石造りの屋敷もいいが、森の中のログハウスも温かみがあっていいな」
「はいっ! 私もそう思いますっ! 素敵なおうちですね、ご主人様っ!」
「周囲の木を倒したことで、日の光も入ってきて良い感じじゃな」
新居は個室3つに食堂兼談話室を内蔵した1階建て構造。
王都と違い下水道がないため、トイレと風呂と厨房は離れに用意した。
ウィンディーネの水属性魔法と、ガーゴイルの火炎放射を併用することで、お湯の魔水晶を必要とせず湯を張れるのもポイントが高い。
トイレは肥溜めに落として、溜まったら影霊に捨てにいかせる予定だ。
リンは早速ヴァナルガンドの口内にしまっていた調理器具などを、新居の厨房に移動させている。
ヴァナルガンドは下顎を地面と接地させ、口を開けっ放しにしており、口内を往復するリンを従順に見守っていた。
別世界の月まで飲み込んだと言われた巨大狼も、気付けばラノルス家のペット枠である。
「ご主人様、この辺に花壇を作りたいのですが」
家財を移動させ終えたリンは、今度は花壇の設置場所について提案してくる。
「ああ、いいな。ていうかこんなに広いんだから、いっそ畑にするか」
「いいですね! 私、ご主人様の為に一生懸命お野菜作ります!」
「妾知っとるぞ……これはいわゆるスローライフってやつじゃな!」
かくして、新たな拠点を構えた俺達の新生活がスタートするのであった。




