49 復讐の連鎖
第2章スタートです!
エカルラートの眼は賢眼と呼ばれ――ネズミ、コウモリ、蚊、蠅といった生命体の視界や聴覚をジャックする能力を持っている。
それで得た情報を聞いた俺は、ワインの酔いが一気に覚めていく感覚に陥った。
「つまり……この国そのものを敵にまわしちまった――ってことか?」
しとめ損なった唯一の勇者パーティ――ルゥルゥ。
あいつは王宮の諜報部隊の人間だった。
S級ダンジョン【緋宵月】を脱出したルゥルゥは王宮へ駆け込み、シド・ラノルスに勇者パーティが殺されたことを報告した。
息子の死の知らせを受けた勇者シルヴァンの父親――国王は勅令として俺の首を持ってくることを家臣に命じる。
その命令は王宮が召し抱える重騎士ガーレンの古巣――王宮騎士団へと届く。
また、同時に魔術師リリアムが所属している聖教会の最強戦闘部隊――《聖痕の騎士団》まで俺の命を狙っているときた。
「――っていうかルゥルゥも王宮所属だったのかよ。あらゆる人種、身分を集めた混成パーティとか言っときながら全員身内じゃねェか。庶民に支持される英雄譚作りも蓋を開ければエリート主義とか――夢も希望もねェな。どうりで俺だけ勇者パーティで浮いてたわけだぜ」
「あの、ご主人様……?」
片手で前髪を掻き揚げて、頭を悩ませている俺に、リンが心配そうに声をかける。
「すまないリン。コーヒーを淹れてくれ。悪いがワインの気分じゃなくなった」
「妾には紅茶を頼む。蜂蜜多めで」
今は気分を高揚させるアルコールより、落ち着かせるカフェインが欲しい。
まぁ、この肉体がアルコールやカフェインに左右されるのかは不明なので、雰囲気に酔っているだけ――いわゆるプラシーボ効果かもしれないが、ないよりマシだ。
それに――こっから先の話をリンに聞かせる訳にはいかない。
「かっ、かしこまりましたっ!」
リンはメイド服の裾を翻し、パタパタと厨房へ駆けていく。
「でも、覚悟はしてたさ」
リンの姿がなくなったのを確認してから、会話を再開する。
「俺は勇者パーティに復讐をした。だったら、俺に殺された奴らの身内が更にその復讐をするのを、俺は許容しなきゃならない――じゃないと筋が通らないだろ」
でも俺が本当に頭を悩ませているのはそこではない。
前髪を掻いた手を少し降ろし、指の間から目を覗かせながら、エカルラートの真紅の瞳を見つめる。
「――シカイ族が異端として聖教会から迫害を受けていたのは、かつて覚醒した【影霊術師】が国家転覆を狙ったから――ってのは、マジか?」
「マジじゃ――そもそも、聖教会と【影霊術師】との戦いは20年前にダンジョンの中で見ていた。今まで黙っていて悪かったのゥ」
「良い人間もいれば悪い人間もいる。だが1人――たった1人――悪いシカイ族が暴れただけで、シカイ族全てが迫害を受ける結果になった。んな決断を聖教会が下したのか? 道徳を説き世界平和を掲げ高潔を自称する聖教会が? とんだ騙りだな」
「それだけ坊主共は【影霊術師】を恐れているということじゃ。シドも自覚しているはずじゃ――おぬしに宿る影の力が、世界をひっくり返す力を秘めていることを」
1度も考えたことがないと言えば嘘になる。
倒した魔物を忠実かつ、何度死んでもわずかなMPで蘇る影霊として操り、影霊が倒した魔物もまた影霊として取り込めば戦力はネズミ算式に膨れがる。
影霊が魔物を倒して経験値は使役者に還元されていき、ますます戦力は拡大していく。
兵隊となる魔物はダンジョンに潜れば無限に手に入る。
いつしか――たった1人で国家に匹敵する軍団の完成だ。
人間との戦争になれば、殺した敵兵を影霊にして戦力を増強させられる。
――寝付けない夜にふと夢想する都合のいい妄想。
でも、【影霊術師】は理論上それを実現することが出来る。
「そして――前例がある」
聖教会が総力を挙げて俺を殺しにくるのも理解できる。
「一族のバカのせいで、俺の故郷は……俺の人生は……」
俺の前に覚醒したシカイ族に会えるもんなら、顔面一発ぶん殴ってやりたい。
「でも逆に考えるてはどうかのゥ――シド?」
「どういうことだよ?」
「シドを切り捨てた勇者パーティは、元を辿れば王宮が企てた英雄計画。つまり――復讐は元をたどれば王宮と聖教会にまで遡れる。そして聖教会はシドの故郷を焼き払い、家族を殺し、奴隷に堕とした。大義はどちらにもある」
「なるほど……俺の復讐は、まだ終わってねェってか」
「おぬしはたった1人で世界を変える強さを秘める最強クラス【影霊術師】。勇者パーティのみならず、世界の全てに復讐することさえ、不可能ではない」
エカルラートは楽し気に、凄惨に、愉快に笑う。
俺はコイツの過去は知らないが、俺が修羅に落ちることを望んでいる。
自分と同じ場所にまで落ちて、同族になることを願っている。
「どうせ後には引けねぇんだ。やるしかねェだろ。やらなきゃやられるもんな」
こうして――俺の復讐は再スタートするのであっ――――
――ドカンッ!!
「「――ッ!?」」
――その時、屋敷の玄関が強引にぶち破られた!




