41 シド・ラノルスの覚悟
前回のあらすじ
転移石を使い勇者パーティを分断したシドは、まずガーレンの元へ姿を見せるのであった。
「死に晒せェ!」
――斬ッ!
飛び掛かるガーレンの左腕を切断する。
「ウィンディーネ――治せ」
――斬ッ!
ガーレンの足を切断する。
まだだ。
「ウィンディーネ――治せ」
――斬ッ!
足りない。
「ウィンディーネ――」
――斬ッ!
この程度で死ねると思うなよ。
「――治せ」
――斬ッ! 斬ッ! 斬ッ! 斬ッ!
斬る。
治す。
斬る。
治す。
繰り返す。
何度も、何度も。
――あれから1時間が経過した。
俺はガーレンの身体を切り刻み、同じ回数治した。
「はッ! はッ! はッ!」
「ウィンディーネ――治せ」
「ま、待ってくれ……も、もう……殺してくれ……たっ、頼む……ッ!」
全身血まみれで、右腕と左足を失ったガーレンが跪きながら懇願する。
「まだ分からないぞ。次は勝てるかもしれないだろ?」
「いや……無理だぁ……絶対に、勝てない……もう、殺して、くれぇ……!」
無様なもので、ガーレンは涙と鼻水で顔面を汚しながら敗北を認めた。
何度切り刻まれても修復され、また刻まれる。
その繰り返しでガーレンの精神状態は限界を迎えてしまった。
俺は何度ボロボロになって、全身に穴が空いても、お前らへの復讐のために立ち上がったというのに。
俺は今までこんな雑魚共に、いいようにされていたのかと、怒りさえ湧いてくる。
「だったら何か、俺に言うことがあるんじゃないか?」
「わ、悪かった……今まで、お前には酷いことをしちまった……今までのことは謝る……だから……ッ!」
「王宮騎士団の隊長様は敬語も使えないのか? 『今までのことは謝る』とは言うが、具体的な謝罪の言葉はいつになったら聞けるんだ?」
「…………」
ガーレンは歯を食いしばりながら、残った腕で握り拳を作る。
やがて観念したように、ゆっくりと口を開いた。
「も、申し訳ございませんでした。シド様にした今までの仕打ち、申し訳なく思っております……どうか、どうか恩赦をください、ませ……」
ガーレンの目から流れる涙は、死を願うまでに精神が摩耗したからか、奴隷にプライドにズタボロにされた屈辱からか。
とにかくまぁ、酷い有様だった。
「それは言葉だけか? それとも心の底から思っているのか?」
「心の底から、申し訳なく思っております……その言葉に嘘はありません……だから……もうッ!」
「しょうがねェな。ウィンディーネ、これが最後だ――治せ」
『~~~~♪♪』
「…………?」
ガーレンの傷を癒したウィンディーネに「ご苦労様」と言って影の中に戻す。
そして俺はガーレンに背を向けた。
「心を入れ替えたみたいだな。お前の誠心誠意の謝罪に免じて命までは取らないでやるよ。これからは他人に優しく生きろよ。あとこれは戦利品として貰ってくわ」
床に転がっている義手を回収し、ヴァナルガンドの口に放り込む。
そのままガーレンの元を離れるのであった。
「(ありえねェ……ありえねェありえねェありえねェ……! このオレが、シカイ族に、奴隷に……あんな媚びた言葉を口にしただと……んなことあっていいはずがねェ! オレは王宮騎士団の部隊長、エリートだぞ! あんな舐めた真似されて、生きていける訳がねェだろうがッ! あいつは今油断している……甘めぇんだよクソがッ! オレが反省なんかする訳ねェだろ!! 死ね! 死ねえええええええッッッッ!!!!)」
『シド――――』
「(問題ない、分かってる)」
――ガーレンは俺が背を向けて去っていくのをみて、ゆっくりと立ち上がると、背後から大剣を叩きこもうとする。
「良かった。心底安心したよ――お前が最後の最後まで救いようのないクソ野郎でな」
「――――あぇ?」
振り向きざまに一閃。
ガーレンの首は宙を舞う。
ボトリと、生首が足元に転がった。
死んでしまえば、もうウィンディーネでも治せない。
『どうじゃ? 初めて人を殺めた気分は?』
「ああ、随分と気分がいい。なんせ、このためにしぶとく現世にしがみついてたんだからよ」
俺はろくでもない人間だ。
勇者パーティの奴らを責めることが出来ない悪人で、人殺しだ。
俺は覚醒してから誰からも搾取されることのない力を手に入れた。
普通に生活する分には困らない十分な金を手に入れた。
俺を慕い、甲斐甲斐しく世話をしてくれる可愛いらしいメイドも手に入れた。
復讐なんか辞めて、このまま王都の屋敷で幸せに暮らすことも出来た。
――それでも、俺は復讐を選んだ。
俺が俺であるために。
失った誇りを取り戻すために。
オレは奴隷が抱く怒りの感情を選んだ。
その結果、リンに顔向け出来ないクズ野郎になったとしても。
俺は地獄に落ちるだろうが、その代わりにリンが幸せになってくれればそれでいい。
俺は人殺しの罪を被ってでも、誇りと尊厳を取り戻し地獄に落ちる。
代わりにリンは俺が手に入れることが出来なかった人としての幸せを手に入れる。
それが奴隷であるリンに込めた俺の願いだ。
「それが俺の選択だ」
『ククッ! クハハッ! アッハッハッハ! そうじゃ! それで良い! シドは妾と共に修羅の道を進め。良かった、おぬしが奴隷の少女に絆されることがなくてな――おぬしが妾を捨てて、1人で幸せになろうとしなくて、心底ほっとした』
「お前も大概クソ野郎だな」
いや、エカルラート。
お前もきっと、俺と同じような経験をし、俺と同じ選択をしたのだろう。
だからコイツはリンを買うのを止め、助けるのを渋った。
でも、お前がリンを助けてくれたから、俺は憂いなくお前と同じ場所に堕ちることが出来たんだぜ。
「あと3人か」
ガーレンの生首を蹴り飛ばし、ダンジョン各所に展開した影霊達の視界を共有する。
いくつも展開しら板の映像を次々にチェックし――
「見つけた」
ダンジョン17層。
転移石でランダムジャンプさせられた――魔術師リリアムを発見した。
【最後にシドが長々と語っていた一人語りの解説】
シドには2つの願いがありました。
1つ目は勇者パーティに復讐すること。
2つ目は奴隷の身分から解放されて普通の幸せを手に入れること。
しかし人殺しに堕ちてしまえば、2つ目の幸せを手に入れる資格はないとシドは考えています。
そこで自分と同じ境遇であるリンに、自分の代わりに〝普通の幸せ〟を手に入れてもらうことで、間接的に2つ目の願いが達成すると考えていました。
シドはリンという元奴隷の少女を幸せにすることで、憂いなく復讐を遂行する決断を下せたのです。




