37 奴隷の少女、リンリン・リングランド
前回のあらすじ
ウィンディーネの回復魔法で奴隷の少女の傷を治し、シドとエカルラートは目が覚めるのを待つのであった。
「「これはまぁ――よもやよもやだな」」
俺とエカルラートの声が被る。
思わずエカルラートの口癖が移ってしまうほどの驚きがあったからだ。
――A級ダンジョン【藍蘭湖】にて、ウィンディーネを仲間にした翌日。
ウィンディーネの回復魔法で一命を取り留めた奴隷の少女は、翌日に目を覚ました。
まず少女に食事を与え、その次に風呂の準備をした。
彼女を洗ってあげるようエカルラートに頼んだところ、「よもや妾に下女の真似事をさせるとはシドも偉くなったものじゃ」――と文句を垂れていたが、なんだかんだで面倒見よく彼女を洗ってくれた。
そして現在――清潔な服に着替えさせ、シーツも新品に取り換えた少女はベッドの上にちょこんと座っている。
「君は……シカイ族ではないのか……?」
「褐色の肌、紫の髪と瞳――紛れもなくラギウ族じゃなァ」
購入当初、少女の髪や肌は汚れて、何らかの病に侵されていて瞳も濁っていた。
肌の色もまた、外仕事での日焼けと汚れだと思っていた。
故に俺は彼女を俺と同じシカイ族だと思っていたのだが――身体の汚れを落として彼女本来の姿を見て、ようやく俺は勘違いに気付いた。
「ごっ……ごっ、ごめんなさい……ごめんなさい……っ! ごめんなさいっ!」
驚く俺とエカルラートを前に、奴隷の少女はベッドの上に縮こまり、許しを請うように額をシーツに擦り付けている。
紫の髪と瞳、そして褐色の肌――大陸南部に住む少数部族――ラギウ族。
勇者パーティのアサシン、ルゥルゥ・ジンジャーとは同族に当たる。
「カカッ、あの狸商人にいっぱい食わされたのゥ」
「ごめんなさいっ!」
少女は謝罪の言葉を繰り返す。
自身がシカイ族ではないことが主に知られたことを謝っているのだろう。
「君が謝る必要はない。俺が一方的に勘違いしていただけだ」
「して――どうするかのゥシド? 返品しに行くか?」
「そんなことはしないが――まずは首輪を外す」
奴隷の首輪を見ていると、俺が奴隷時代だった時のことを思い出して気分が悪くなる。
少女の首輪に手をかけようと伸ばす、が――
「やッ!!」
少女は首輪を庇うように両手で覆い、ガタガタと怯えだす。
「捨てないでください……なんでもしますっ! なっ、なんでもっ! だから、すっ、捨てないで……ッ!」
「この小娘、シドに捨てられると思っておるな。こやつはおぬしに捨てられたら生きていくことはできぬ。じゃが――奴隷の主は奴隷の衣食住を保証する義務がある。飼ったペットがイメージと違うからといって、森に放流することは許されぬことじゃぞ?」
「マジ? それ初めて知ったんだけど」
宿の厩舎で寝泊りして、食事は残飯、襤褸を纏って生活していた俺は果たして、勇者パーティから衣食住を保証されていたのだろうか……?
「とにかく――捨てるつもりはない。首輪が窮屈だろうと思っただけだ」
「小娘はそうは思っておらぬようじゃが」
「悪かった。別にお前がシカイ族じゃないからといって捨てるつもりはない。ただ首輪は必要ないと思っただけだ。でも、お前がその首輪を付けたいというのであれば、無理に外しはしない」
恐らくこの子は物心ついた時には既に奴隷だったのかもしれない。
奴隷である自分しか知らないから、奴隷でなくなるのが怖い。
自由な空より、安全な鳥かごを選ぶ飼いならされた鳥のように。
「ほ、本当ですか……? 私、シカイ族じゃ……ない、ん、ですよ……」
「例えシカイ族じゃなくても、一度買った奴隷の面倒は最後まで見るつもりだ」
「でも私……あなたを、騙しました。熱にうなされていたとき……本当は、喋る力が……残っていました……それに、2人の会話も聞き取れていました。自分はシカイ族じゃないから、助ける必要はないって、言えました……でも、私……死にたくなくて……喋れない、振りを、してました……」
少女は告白する。
誤解されていることを自覚していながら、誤解させたままにしておくのは、騙しているのと同じと言えるかもしれない。
でもきっと、俺は彼女がシカイ族ではないと分かっても、目の前で死にたくないと願う少女を見たら、同じように助ける手段を探していただろう。
俺だって――死にたくなかったから。
まぁ――俺は死んじまったがな。
「それにお前にはエカルラートも影霊も見られちまってる。もはや運命共同体だ」
「そうじゃな。頑なに妾や影霊の存在をひた隠しにするシドが、おぬしには晒している。これは信頼の証と言っても過言ではなかろう」
「その……あ、ありがとうございます……あなたのおかげで……私、生きてるんですよね……?」
「そうだな」
「半分は妾のおかげじゃがな」
「私、なんでもします……ですから、捨てないでください……もう、あそこに戻りたく、ありません……っ!」
少女はまだ怯えている。
俺が怖いからではない。
俺に捨てられるのを怖いと思っている。
少なくとも、あの奴隷商人の所にいるよりも、俺の奴隷でいる方がマシだと思ってくれているのは確かか。
「分かった。それじゃあお前にはこの屋敷の管理を任せる――でも、まずは体調を万全に戻すのが先だ。今は飯食って寝る、それがお前に最初にする命令だ」
「は、はいッ!」
少女はぱっ! と顔を上げた。
「俺はシド・ラノルス」
「妾はエカルラート・ドレッドじゃ」
「お前の名前は……?」
「わ、私は……リンリン、リンリン・リングランドです」
こうしてシド・ラノルス邸に新たな仲間が増えたのであった。




