30 助ける理由
前回のあらすじ
シド――――女の子の奴隷を購入。
奴隷の少女を抱えて屋敷に帰宅。
召喚した影霊に門と玄関を開けてもらい、少女をベッドの上に寝かせた。
「まずは飯だな、その次は風呂か。普段シャワーで済ませてるからお湯の魔水晶足りるか?」
「シド、風呂はやめておけ。この小娘に体力的に、身体が濡れたらそのまま死ぬぞ」
「どういうことだ?」
エカルラートは影の中から出てくると、未だ意識が朦朧としている少女を診察する。
「小娘をよく見てみよ。枯れ枝のような手足、黄褐色に変色した肌、濁った瞳、左腿には大きな裂傷がある。裂傷は2週間は放置されておるな。まともな治療もされずに劣悪な環境にいたせいじゃろう――膿んで表面が壊死しておる」
「あのクソ奴隷商人……ッ」
「よくもまあ売り物である奴隷をこんな状態になるまで放置していられるのゥ。まともな奴隷商なら価値が下がるのだから、大切な商品を傷つけるようなことはせんはずじゃが……ま、そんなことはどうでもよいか。重要なのは、この小娘は数日中に死ぬということじゃ」
「…………ちッ」
「ま、こうしてベッドの上で静かに逝ける、それだけで小娘にとっては幸せじゃろう。おぬしは良いことをした。妾からすれば、金の無駄遣いと言わざるを得んがのゥ」
握りこぶしを作り、奥歯を強く噛みしめる。
「なにか手はないのか?」
「並みの医者や回復魔法の使い手では手に負えぬ」
「お前は賢眼の吸血姫なんだろ? 何かあるんじゃないのか? 別の手段が!」
「逆に問おう。なぜこの小娘にここまで入れ込む? シカイ族じゃからか? 孤独を紛らわすためか? 善行を行って気持ちよくなりたかったのか?」
「……それは」
エカルラートがあげた指摘。
それらは全て、少なからず当てはまることだ。
シカイ族が虐げられている光景を見て怒りが湧き、可哀想だと思ったから助けた。
だからといって、エカルラートに嘲笑されるいわれはない行いのはずだ。
俺は既に死んでいるが、感情は残っている。
復讐のために生きているが、憎しみのみに生きている訳ではなく、他者を思いやる気持ちだってある。
「シカイ族だから助けたのならば、今後おぬしはシカイ族の奴隷を見つけるたびに例外なく購入していくのか? 孤独を紛らわすためなら、妾の賢眼を使ってコウモリやネズミの視界を共有し、他の健康なシカイ族の奴隷を探してやろうか? 善行を行いたいのなら、今この場で引導を渡して安らかな死を与えるのが最善と言えよう――もしくは妾の血を飲ませてこの小娘も不死にするか?」
「…………」
エカルラートの言葉に1つも言い返せない自分が情けない。
「少なくとも、この場で介錯するのもお前の血を飲ませるのは却下だ。この子はこの場で死ぬことも、不死の肉体も望んでいない――そして俺の感情とこの子が死ななければならないことは関係のないことだ。まずは助ける。それから彼女の言葉を聞こう」
「…………」
俺はエカルラートの目を見る。
エカルラートも俺の目を見つめる。
「……少し意地悪が過ぎたのゥ。すまぬ……シドが取られると思って嫉妬していた」
「嫉妬って……」
「本当に幼いのは妾の方だったようじゃ。おぬしの目を見て妾の方が間違っていることに気付いた。おぬしの偽善を責めることと、今この場で罪のない少女が命を落とそうとしていることは、確かに関係のないことじゃ」
「で、助けられる方法はあるのか?」
エカルラートは遠い目をしながら言葉を紡ぐ。
「《慈愛の聖女》フランシス・キューティクルという類稀なる回復魔法の使い手がおった。聖教会の聖職者であり、《聖痕の騎士団》の1人じゃった」
《聖痕の騎士団》――聖騎士の中でも魔物討伐を専門とする少数精鋭の特殊部隊。
不死のエカルラートを殺し相打ちとなった聖人――オズワルド・ワイデンライヒも《聖痕の騎士団》だと聞いた。
「彼女はあらゆる病、あらゆる傷を瞬時に治す最高の回復魔法の使い手じゃった。そして最もシカイ族を殺した聖騎士でもある」
「シカイ族を……?」
「聖教会がシカイ族を異端とみなし大規模なシカイ族狩りが行われた時、フランシスは聖騎士の指揮官としてシカイ族との戦場に立った。運ばれてくる負傷兵を次々に治療し戦線に戻したその手腕は、聖騎士団の兵力を10倍にしたと言っても過言ではない功績であった――故に、最もシカイ族を殺した聖女と言われておる」
「シカイ族を虐殺した聖女にしか、シカイ族のこの子を治せない……ってことか?」
そんな奴がシカイ族の身体を治してくれるだろうか……?
「否――《慈愛の聖女》フランシス・キューティクルは10年前にシカイ族との戦争で戦死した。3つの部落を滅ぼし、最後の戦いで刺されて死んだ。コウモリを通してこの賢眼で見ていたから間違いない」
もう死んでるのかよ!?
「てめェ! 時間がないっつってんのに既に死んだ人間の話をしてんじゃねェ!」
「話は最後まで聞け――妾は長いことダンジョンの中で人間社会を見てきた。この傷を治せるのはフランシスくらいのものであり、そして以降フランシスと同等の回復魔法を操る者は現れておらぬ」
「……つまり、どうしたって助からないってことか?」
「そういうことよな」
「畜生……ッ!」
握りこんだ爪が皮膚に食い込み血が流れる。
「……はぁ、あい分かった。妾も少し、シドの泥臭さを見習ってみよう。少しまて――」
エカルラートは目を瞑る。
「なにをしているんだ?」
「世界中のコウモリやネズミ、その他使役可能な動物を使って情報を収集しておる――――おろ? おろおろおろ? よもやよもや――こんな都合の良いことが起こるとは……!?」
「あったのか!?」
真紅の瞳を開いたエカルラートの口元は、わずかにほころんでいた。
「先日シドが攻略したB級ダンジョン【黒首塚】――消滅後に新たに誕生したダンジョンを、冒険者協会は調査の末A級ダンジョン【藍蘭湖】と命名したようじゃ」
「そこにこの子を助ける方法があるのか?」
「ダンジョンボスの名はウィンディーネ――上位の精霊型の魔物で、あらゆる傷や病を治す力があると言われておる。本来であれば魔物が人間の傷を治すことはありえぬ……じゃが――」
「――【影霊操術】で使役すれば、ウィンディーネの治癒能力でこの子を治せる」
「そういうことじゃ」
「でかしたエカルラート。感謝する」
「お礼は食べた氷菓子10個といった所じゃな」
「店ごと買ってやる」
俺は手持ちの影霊からデュラハンとゴブリンロード、そしてゴブリン5匹を召喚する。
「ゴブリンはこの子の看病を頼む。デュラハンとゴブリンロードは万が一この家が襲撃された場合、なんとしてでもこの子を守れ」
『『『『グルルッ!』』』』
ゴブリン族は勢いよく返事をし、声帯を持たないデュラハンは片膝をついて跪くことで了承の意を示した。
「ヴァナルガンド――王都の外まで飛んでくれ」
次いで俺の影がぐにゃぐにゃと歪むと、ヴァナルガンドの巨大な顎が俺とエカルラートを丸飲みし、そのまま闇色に染まった影の中に潜っていった。
・魔水晶について
冒険者がダンジョンから持ち帰ってきた魔石は、魔石職人の手によって様々なものに加工され、そのうちの1つが魔水晶と呼ばれるものになります。
お湯の魔水晶ならお湯を出し、火の魔水晶なら火を出したりと、現実世界の家電やインフラのような役割を果たしています。




