29 奴隷の少女
――S級ダンジョン【緋宵月】にて隠しボス、吞みくだすヴァナルガンドをゲットした翌日。
今日は王都の繁華街に繰り出して、日用品や家具の類を買いこんでいた。
折角広い屋敷を買ったのに、まともな内装の部屋は俺とエカルラートの寝室の2部屋のみ(俺の影の中で寝ればいいのに1部屋占領している)。
ヴァナルガンドの異空間に物を収納する能力を手に入れたのだから、ここらでまとめて購入しようという魂胆だ。
ヴァナルガンドの異空間能力は無限に物質を保管することができ、また収納中の物は時間が経過しない――劣化せず、腐らない――らしい。
家具屋でソファやテーブル、ベッドなどを購入してヴァナルガンドの中に詰め込んでいく。
店員は驚いていたが、そういう類の魔道具だと説明したら納得していた。
――一通りの家具、絨毯、寝具などを購入した帰り道。
『シド、あの露店の氷菓子を買ってくれ。コウモリの目を通して見たことはあるり、一度食べたいと思っていたのじゃ』
「あーん?」
エカルラートが影から手首だけ出して俺の足首を掴んで止める。
影から出た指が「つんつん」と指す方を見れば、『アイスクリーム』という看板が出ている。
「へいへい。よく食う吸血鬼だ」
不死の肉体になり食事が必要なくなったあとも、嗜好品として食事をすることがあるが、エカルラートは俺以上にその傾向が強い。
屋敷にいるときはいつも何か食べている気がする。
「店主、これを1つくれ」
「あいよー」
アイスクリームを購入し、周囲の目がこちらに向いていないのを確認してから、アイスクリームを影の中に落とした。
よくよく考えたら俺の影の中どうなってんだ……。
「おお、この奴隷は顔色も体格も良いな! これにしよう!」
「…………あ?」
エカルラートがアイスクリームを食べ終わり、再び帰路についている最中。
後ろから声をかけられる。
豪奢な服を着た中年の男だ。
「ふむ……首輪がないな? 全く管理がずさんだな! おい商人! この奴隷、首輪がないぞ!!」
中年は大声で商人を呼んでいる。
周囲をよく見れば、通りに面した広場に天幕が張られていた。
中を覗けば、奴隷の売買が行われている様子。
恐らく俺がシカイ族だから、商品として並べられた奴隷の1人だと勘違いしたのだろう。
「おっさん、俺は売り物ではない、他を当たるんだな」
「なに……? 貴様自由人のシカイ族か! 紛らわしい真似をするんじゃない!」
裕福そうな中年は、文句を吐き捨て去っていく。
「やれやれ……シカイ族イコール奴隷という認識はかなり根付いてんな……奴隷商店の前を歩くだけで怒鳴られるとは」
『それだけおぬしが良い男ということじゃ――とはいえ、あるじを貶されるのは良い気分ではない、早く場所を移そう』
「そうだな…………待て、あれは」
踵を返す直前、視界の端に天幕の中の光景が映る。
子供の奴隷が一列に並ばされており、手枷と足枷が両隣の奴隷と縄で連結して逃げられないようにしている。
その奴隷の中の1人――黒髪に黒目の奴隷に目を奪われた。
13歳くらい――いや、奴隷の栄養状態を考えれば、もう少し上――15歳くらいの少女の奴隷。
「……ッ!」
「おい! 4番! 勝手に座るんじゃあないッ!」
――ビシッ!!
「――んあ゛ッ!?」
黒髪の奴隷は立ち眩みを起こして蹲ると、奴隷商人であろう男が鞭で叩いて立たせようとする。
しかし4と書かれた札を首からさげた少女は、立ち上がる体力がないようで、商人に叩かれるがままにされていた。
――おいシド! 何度言ったら分かるんだ無能がよッ! 殴られねェと理解できねェのかカスッ!
脳裏にフラッシュバックするのは奴隷時代に受けていた暴言暴力。
それがシカイ族の奴隷の少女と重なる。
『おいシド……まさかとは思うが、あのシカイ族の奴隷を買うと言い出すんじゃなかろうな?』
「(エカルラート、邪魔はするなよ)」
俺とあの少女との面識はないし、他の集落の子供なのは確かだ。
だが同じ民族であることに変わりはない。
「おい」
奴隷商人の鞭を振るう腕を、後ろから掴んで止める。
「おや、お客様ですか……って、あ゛ァ? シカイ族かおめェ」
奴隷商人は奴隷を商品として扱っている。
それだけシカイ族と接する機会も多く、俺の顔を見た瞬間汚らわしい物を見るように、腕を振り払った。
「なんの用だ? 自分自身を奴隷として売りにきたのかァ?」
「4番の奴隷、売ってくれ」
「はッ! シカイ族が奴隷を買うたァ、お笑いだなッ! んん? ――――ははーん、なるほどねェ」
商人は俺と奴隷の髪色を交互に見て、察したように笑みを浮かべる。
「いいぜ、売ってやる。200万Gだ」
『シド、やめておけ。足元を見られているぞ。明らかに栄養失調で全身傷だらけ、にも関わらず相場の3倍を提示しておる』
「おっと、悪いが1Gたりともまける気はねェぜ」
「構わん。これでどうだ」
ロングコートのポケットの中とヴァナルガンドを繋げ、中から金貨の入った袋を取り出す。
商人はシカイ族がぽんと200万G出すことに驚いていたが、目の色を変えてすぐに中身を数えだす。
「確かに丁度あるな、まいど! 劣等民族同士仲良くやりな! いうてこのガキも長くは持たねぇと思うがな。ああ――でもシカイ族ってのは死体ともヤるんだろ? 禁術で死体を動かして、『あん❤あ~ん❤』ってよ」
「…………」
流石に堪忍袋の緒が切れた。
既に支払いは完了し、契約書にサインを書き、首輪に魔力を流して主従契約も更新した。
これ以上耳障りな言葉を黙って聞いていられるほど、俺は利口じゃない。
――奴隷商人の太った腹を蹴り上げる。
「――ごはッ!?」
商人は吹き飛び、天幕の柱に背中から激突した。
鞭で打たれて蹲っている少女をお姫様抱っこで抱きかかえる。
随分と衰弱して、目は閉じていて、胸が小刻みに上下している。
驚くほどに軽い。
こんな状態で、よくもまあ商品として売ろうと思ったな、と呆れる。
「お、おげェ……!? お、お前らッ! あのシカイ族を……こ、殺せッ!!」
かなり加減して蹴りを入れたが、商人は胃袋の中身を全て吐き出し、目を充血させながらもがき苦しんでいた。
息を整えた商人は怒声を上げて部下を集めた。
――ザザッ!!
商人の部下が俺を取り囲むように包囲する。
奴隷が脱走したり反乱した時に使うのか、全員が刃物を持っていた。
『随分と剣呑な商隊じゃな――この奴隷達も違法なやり方で無理やり誘拐してきてるんじゃないかと疑ってしまうのゥ』
「邪魔だ――失せろ」
「「「「ッッッッ!?」」」」
殺意を周囲に放つ。
すると商人の部下達は皆震えだし、俺に道を譲った。
俺のレベルは既に78。
A級冒険者の平均レベルが50なのを考えれば、既に人間の域を超越している。
冒険者でない一般人など、殺意を向けられただけでひとたまりもないだろう。
奴隷の少女を抱きかかえ、俺は天幕を後にした。
なんでなろう説の主人公はすぐ奴隷の女の子を買っちゃうの……?




