21 屋敷を購入したら幽霊屋敷になった件
「シド、家を買おう。なるべくでかい家を」
「藪から棒になんだよ……」
本日も宿で目を覚ますと、ベッドに潜り込んでいるエカルラートの顔面が至近距離にあった。
これだけ近距離で見てもくすみは勿論、毛穴やそばかす1つ見つからない。
宮廷画家に限界まで美化させて描かせたかのように欠点のない美貌だった。
それはそれとして勝手に影から出てくるのはやめて欲しい。
エカルラートは影霊の能力ではなく、吸血鬼の能力で影の中に潜んでいるので、彼女の意思で自由に出たり入ったり出来るのが困りものだった。
「いつまで宿暮らしなんかするつもりじゃ。金はたんまりあるのだから、ここらで拠点を構えるべきではないかのゥ? それにこの宿は窮屈でたまらん」
「狭くて嫌なら俺の影の中でじっとしてろ」
「影の中はもっと窮屈じゃ」
「影の中ってそういうモンなんだ……」
「昨晩丁度良い空き物件を見つけた、そこを買おうではないか!」
「どうやって見つけたんだよ」
もしかして俺が寝ている間にこっそり抜け出したりしてるんじゃないだろうな……?
「妾の目と耳はこの世の全てのコウモリ、ネズミ、蚊、ハエの視覚と聴覚を共有することが出来る。シドが影霊と視界を共有するのと似た能力じゃな。それで昨晩それらの動物の視界を観察した所、良い感じの物件を発見したという訳じゃ」
それは非常に強力な能力だ。
ずっとダンジョンの中に閉じこもっていたのに、俗世に詳しかったり、先日攻略した【黒首塚】ダンジョンの情報を知りえていたのも、その目が理由だったのだろう。
「あらゆる知識を溜め込み、あらゆる情報を会得し続ける、妾が賢眼の吸血姫と呼ばれる所以じゃ」
エカルラートは誇らしげにそう言った。
***
「シドさん、こちらがその物件になります」
「エミリーさん、わざわざありがとうございます」
「いえいえ! 冒険者の住まい探しをサポートするのも冒険者協会の仕事ですから!」
エカルラートが目を付けた物件は、冒険者協会が管理する建物だった。
なので協会のエミリーさんにそのことを伝えると、立ち合いに付き合ってくれた次第だ。
「うーん、思ったよりボロいな、夜中お化けとかでそう」
『おぬしも妾も広義の解釈では既にお化けじゃろ。気にすることではない』
それもそうか。
「あはは……長年買い手が見つからずに管理も雑になってしまいまして、そのせいで更に買い手が見つからないという状態でして」
エミリーさんは耳が痛そうに乾いた笑みを浮かべる。
建物自体は2階建ての大きな建物で、周囲は柵と生垣で囲まれて、庭もかなり広い。
ただ彼女のいう通り手入れが行き届いておらず、草は生え放題、外壁も汚れておりツタが張り付いていて幽霊屋敷のような有様だった。
「その分お安くなっておりますので、ご容赦ください」
『だそうじゃ。お買い得じゃぞ』
影の中のエカルラートの「買え買えコール」がうるさい。
俺との共存生活にも慣れていたのか、当初の圧倒的上位種としての威厳が薄れてきている。
「ただシドさんは先日冒険者登録を行ったばかりな上、B級クラスとはいえソロで活動しるのもマイナス査定になってしまいまして、あとは……その、ご出身のこともあり、賃貸契約及びローンの申請が通りませんでした、私が至らないばかりに申し訳ございません」
「エミリーさんが謝ることじゃないですよ」
彼女は俺が奴隷時代の時から差別することなく、優しくしてくれていた唯一の人なので、彼女の前では強く出ることが出来ないでいる。
それに賃貸契約やローン申請を却下したのは彼女ではなく、その上司の判断だろう。
まぁ、俺が協会の上役だったとしても、新人のソロ冒険者――そして悪名高いシカイ族に家を貸そうとは思えない。
「キャッシュ一括決済なら構わないんですよね、いくらですか?」
「700万Gとなります」
昨日B級ダンジョン【黒首塚】をクリアした功績がなければ一括購入でさえしぶられていた可能性もある。
「まぁ、王都の郊外、このボロさとはいえ、この家が700万なら安いか。分かりました、買います」
「しょ、承知しました! お買い上げありがとうございます! シド様の冒険者ライフがより快適になることをお祈り申し上げます!」
恐らく冒険者に物件を売りつければ彼女の営業成績にも加算されるだろう。
奴隷時代から続く日頃の感謝を込めて、気前よく購入させて頂く。
***
一度冒険者協会に戻り契約書にサインして金を払う。
これでこの屋敷は俺のモノだ。
改めて内装をチェック。
1階は応接間、食堂、厨房、談話室、トイレ、風呂、倉庫。
2階は個室6つと小さな談話室といった内装。
恐らくは冒険者パーティが同居するために建てられた物件だろう。
作りとしては下宿用の物件に近い。
「さて、まずは掃除からだな」
街で掃除道具を一通り購入し、影霊を召喚して掃除をやらせる。
影霊の忠誠心の高さ、ゴブリンの賢さと器用さは先日のダンジョン攻略で把握済みなので、1度仕事を教えればテキパキと働いてくれる。
周囲が生垣で囲まれていて近隣住民に影霊を見られにくいのも都合がいい。
「うわここの窓割れてんな……とりあえず板で塞ぐか。花壇の方は雑草全部抜いたら逆に殺風景だな……ま、とりあえず住めるようになりゃ十分か」
半日がかりで庭、外壁、内部の掃除があらかた完了する。
「よし! それでは新居購入を祝して、ここは派手に宴でも開くとするかの」
「それは却下だ」
「な、なぜじゃ!」
「もう金がない」
S級ダンジョン【緋宵月】でのミノタウロスの魔石――600万G
ゴブリン討伐とゴブリンロードの魔石――50万G。
B級ダンジョン【黒首塚】のダンジョンコア――60万G。
合計710万G。
それらの報酬でしばらく働かなくても生きていけるだけの金を得たはずだったのだが、今回この家を購入&ゴブリン達に使わせる掃除道具、諸々の諸経費を合わせると財布の中はほぼ空だった。
「明日からまた貧乏冒険者生活だ」
そもそも俺もエカルラートも既に死体の身。
飯を食う必要もないのだから宴を開く必要もない。
「そんなぁ~~~~~~~~」
――後日談。
近隣住民に真っ黒な影(恐らく影霊)が夜中に出現するという噂が広がり、我が家は幽霊屋敷認定を受けるのだが、あながち間違いではないので否定できなかった。
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