おまけ エミリーさんの恋慕
本編前に宣伝となりますが、本作「最強クラス【影霊術師】に覚醒し、俺を捨て駒にした勇者パーティと世界の全てに復讐する」が、この度コミカライズされることになりました!
皆読んでね☆
詳細は2026年1月8日投稿の活動報告を参照ください。
コミカライズ祝いとして、番外編を執筆した次第です。
冒険者協会の受付嬢エミリーさんにスポットを当てたエピソードです。
彼女のことを忘れてしまった方は、10話11話を読み返して頂くと、思い出して下さるかと思います。
過去のエミリーさんのAIイラストも一緒に載せておきます。
王都を占領し、大陸全土を混乱に陥れた最凶最悪のシカイ族、シド・ラノルス。
その影の魔王は、聖火隊率いるフローレンス・キューティクルが討ち倒され――ということに世間ではなっており――王都を奪還。
フローレンスが入洛を果たしてから――1年が経過した。
影霊術師による国家転覆事件の真相は、歴史の影の中に隠されており――世界を泰平に導いた真の英雄こそが、そのシド・ラノルスであることを知るものは、聖火隊の中の極々一部の者にしか知らされていなかった。
元・王都の冒険者協会の受付嬢――現・新政府体制における、冒険者協会本部の総責任者を務める女性、エミリーもまた、真実を知る数少ない者の1人であった。
そんなエミリーはといえば、現在――
「うわああああんっ! 仕事が、仕事が終わらないんですけどもーっ!!」
夜の帳が空を黒く塗りつぶす深夜帯。
奪還した王都の冒険者協会――受付カウンターの内側にある執務机の上で、書類を親の仇のように睨みつけながら、悲哀な絶叫をあげていた。
彩度の高い亜麻色の髪を、太い三つ編みに編んで肩に垂らした髪型が特徴的な、整った顔立ちの女性。
しかし現在は――クリクリとした小動物のような瞳は、激務と睡魔によって半分程閉じられており、今にも閉じてしまいそうな瞼を押しとどめようとピクピクと痙攣している。
色白の肌には濃いクマが刻まれていた。
「今何時!? 深夜2時!? 朝までにこれ全部終わらせるって正気!?」
影の魔王を打ち倒すべく、フローレンス・キューティクルが発足した反抗組織・聖火隊。
その聖火隊設立当初から、慈愛の聖女の元に集い、協会の受付嬢としての経験を生かして裏方仕事で聖火隊を支え続けていたエミリーは、10年間の功績を評価され、28歳という若さで新体制における、冒険者協会の総責任者に任命されたのであった。
しかし――まだ新体制が始まってから1年しか経過していない。
影の魔王ソブラによって刻まれた大陸各地の傷は未だ癒えておらず、聖火隊と元領主が必死に内政に取り組んでいるものの、時間も人材も足りていない――というのが現状であった。
「でも忙しいのは私より5つも若い聖女様も同じ……私も頑張らないと」
治山治水・官道整備・魔物災害――新政府が清算しなければならない過去の負債は数えきれない。
前の2つを、フローレンスを頂点に据えた聖教会並びに元領主が担当し、元冒険者や冒険者協会の職員が、最後の魔物災害の対策を担当していた。
新体制の官僚は、誰もが1日でも早く復興を果たしたいと、寝る間も惜しんで働いている。
故にエミリーも、魔物対策の総責任者として、泣き言を言っていられない――と、頬を叩いて眠気を誤魔化しながら、己を鼓舞するのであった。
現在執務机の上に広がっている書類は――崩壊寸前のダンジョン一覧。
ダンジョンは誕生してから一定の時間が経過すると――〝ダンジョン崩壊〟という現象を起こし自然消滅する。
その際――ダンジョンの中にいる魔物が全て地上に放出され、獣害とは比べ物にならない被害が人里に降り注ぐ事になる。
いくら村や町、道路を整えようと、魔物に壊されてしまえば――フローレンス達の努力が水泡に帰してしまう。
それを食い止めるべく、現状動かせる冒険者を、適切に、ダンジョンに派遣する業務を、現在エミリーは取り込んでいるのであった。
「人類最強アマルガルドさんがいてくれれば1日でなんとかなったんですけども……今彼女は北方地方に派遣されて不在ですし……ダンジョンの等級に合わせて冒険者の方々を振り分けないといけないものの、戦力の分配をミスってしまえば、私の采配で冒険者を殺す事になってしまう……かといって慎重過ぎになって戦力の過剰投入で1つづつダンジョンを潰していっては、ダンジョン崩壊に間に合わない……うう、胃が痛いよぉ……物語なら、魔王を倒してそれでハッピーエンドなのになあ……はあああああ〜〜っ」
役人官僚も現場作業員も足りない現状を嘆き、エミリーは深いため息を漏らす。
「人類とためとはいえ、何やってるんだろう私……分相応に総責任者になんかなっちゃってるし……気付いたら三十路直前の28歳。立派なお局だよ……私の人生プランでは、今頃金持ちと結婚して2人目の子供を産んでいる頃だったんだけどなあ……」
エミリーが受付嬢の仕事に就いたのは15歳の時。
冒険者って高給取りだから玉の輿狙っちゃうぞ♪ 強くて金持ちの旦那さんゲットだぜ♪――という、不純な理由で受付嬢の仕事を選んだエミリーだった。
しかしいざ就職してみれば――高給取りの冒険者など上澄みの極一部。
殆どの冒険者は、貯蓄の概念を知らない金遣いの荒い、その日暮らしの根なし草ばかり――しかも性格はチンピラ同然の荒くれ者。
数少ない人格者は、同じパーティーの異性とくっついているのがお約束。
受付嬢に下心で距離を縮めてこようとする者も多くいたが、その手の軟派者はエミリーの好みではなかった。
そういう訳で――彼女の夢は、就労から1ヶ月足らずで見事に打ち砕かれたのである。
「だからって私もう28なんですけど! 再来年三十路なんですけど! 過労でお肌カサカサなんですけど! 王子様はいつになったら私を迎えにきてくれるんですか!? おい! なぁ! おい!」
虚空に向かって叫ぶエミリー。
しかし――無人の冒険者協会に、返事をしてくれる者は1人もいない。
「はあああああぁ〜〜」
エミリーは何度目になるのか、もはや覚えていないため息を吐く。
このままでは集中できないと判断し、席を立つと、空になったコーヒーカップを持って給湯室へ向かう。
魔水晶に魔力を込め、水を沸騰させコーヒーを淹れると、再び席に着いた。
彼女はチビリ――と、まだ熱いコーヒーを啜ると同時に、懐から1枚の紙を取り出した。
それは――エミリーが自分の精神を落ち着けるために、10年間続けてきた儀式。
「シドくん……シドさん……」
紙に描かれているのは――黒髪黒目の青年――シド・ラノルスの人相図であった。
所々擦り減った文字で、王族殺しの指名手配犯、捕えた者には1000万G――と書かれている。
11年前――シドが勇者パーティーのリーダー、シルヴァンを殺害した際に、大陸全土に配布された手配書の1枚だ。
「懐かしいな……」
思い出に浸るように、感慨深い顔で、エミリーは、悪人顔に描かれたシドの人相図を見つめ続ける。
彼女が初めてシドと出会ったのは11年前。
しかし――シド・ラノルスという名前のシカイ族と出会ったのは、更に1年前の12年前のことであった。
それはレングナード王朝・第二王子のシルヴァン・レングナードが率いる勇者パーティーの荷物の奴隷の少年だった。
様々な身分、様々な人種による混成パーティー。
彼らは皆、華々しい装備を身に着けていたけれども、奴隷の少年だけはいつも襤褸を纏っていた。
小柄で瘦せこけ、暗い顔を俯かせた幼い顔立ちの奴隷。
そんな彼を始めて見た彼女は――可哀想だと、同情を覚えるのであった。
そして――気付いたら目が離せなくなっていた。
シドの身体はいつも生傷や痣で絶えなかったが、受付嬢として数多くの冒険者を見てきたエミリーは、それが魔物との戦いでついた傷などではなく、人の手によってできたものであると即座に見抜いた。
例えば――木刀で滅多打ちにされたような、人の拳で殴られたような――そんな傷。
表面上は、いずれS級ダンジョンを攻略する英雄として扱われる勇者パーティー――しかしその実体は、弱者を虐げる悪逆非道の輩であることを、エミリーはシドの傷で察したのであった。
それにシドの身なりを見れば、勇者パーティーと同じ寝床や食べ物を与えられいるとは、到底思えない。
『このサンドイッチ、昼食に買っておいたんだけど、食べる暇なくなっちゃった。シドくん、代わりに食べてくれる?』
『ありがとう……ございます』
そんなシドを放っておけなかった。
勇者パーティーがダンジョンで集めた魔石を、買取査定に出すのもシドの仕事で、エミリーはその際に、協会に併設された酒場で騒いでいる勇者パーティーにバレないよう、こっそりと食べ物を与えたりと、なにかとあれば、シドの世話を焼いた。
――そんな〝シドくん〟が死んで、〝シドさん〟と出会ったのは、勇者パーティー発足から1年後。エミリーが17歳の時。
『あッ! シルヴァン様御一行! おかえりなさい! あれ……? シドくんの姿が見えないのですが?』
『彼は死んだよ』
『えッ!? シドくんがですかッ!?』
『ボクらは今日、S級ダンジョン【緋宵月】――その地下19階層までの攻略に成功した。しかし20階の階層主のミノタウロスとの戦闘で撤退を強いられた。そこで大切な友であり日頃影からボクらをサポートしてくれたシドが自ら囮役を名乗り出てくれたんだ。ボクらが今こうして生きているのはシドのおかげだ、彼の死を無駄にはしない、そして散っていった仲間の為に誓おう、必ずボクらがS級ダンジョン【緋宵月】を攻略してみせると!』
そんな耳障りの良い言葉を並べながら――勇者パーティーはシドを見殺しにした。
甲斐甲斐しく、こっそりと彼に世話を焼いていたエミリーは、その言葉を聞いて、眩暈から足から崩れ落ち、倒れそうになった。
受付嬢として働いていれば、冒険者の訃報など毎日のように聞く。
にも関わらず、それだけ彼女がショックを受けたのは、それだけエミリーがシドに肩入れしていたからだろう。
「(だからかな――〝シドくん〟の代わりに、〝シドさん〟に惹かれてしまったのは。だって、雰囲気がそっくりなんだもん)」
エミリーは再び、記憶の続きに思いを馳せる。
〝シドくん〟が死んだ日――珍しくボロボロになって帰還した勇者パーティーの重騎士ガーレンは、エミリーにポーションを要求した。
王宮騎士団に所属しているとは思えないくらい、ガーレンは口が悪く、いかにもなチンピラ風情の彼を、エミリーは元から好いていなかった。
『そんでエミリーちゃん、悪りィけどポーションくれねぇか?』
『ポーションですね、1つ3000Gです』
『財布も全部落としてきて持ち合わせがねェんだ。ツケにしといてくれ』
『申し訳ないですが、そういったことは許可されておりません。冒険者の方1人1人にツケの管理をしていては、協会のリソースがいくらあっても足りませんので』
『勇者パーティのオレが言ってんだぞッ! そンくらいの融通は効かせろな! 気が利かねェ女だな!』
『無理なものは無理です!』
勇者パーティーと言えども特別扱いは出来ない。
気丈に振舞うエミリーに、ガーレンは拳を振り上げた。
『きゃッ!?』
『勇者パーティの癖にポーション1つ買えないんだな、王宮がバックについていると聞いたが、中身はチンピラと同じか?』
――だが。
大男の拳を受け止めたのが、その日冒険者登録をしたばかりのシカイ族の青年――〝シドさん〟であった。
〝シドくん〟が死んで、精神が参っていたのも理由の1つだったのだろう。
身を挺して自分を守ってくれた、同じシカイ族の青年に――エミリーは、不覚にもときめいてしまった。
「(今思えば――あの時には既に、惚れちゃってたんだろうな)」
それからというものエミリーは、冒険者協会でシドと言葉を交わすのが生きがいになった。
シドは目まぐるしい速度で冒険者ランクを上げていったが――突如、王族殺しの汚名を被ると同時に、表舞台から姿を消した。
その数ヶ月後――王都近隣のダンジョンが一斉にダンジョン崩壊を起こす、大規模ダンジョン崩壊の危機に晒され、その首謀者がシド・ラノルスであるとお触れが出され……。
その更に数ヶ月後――王都が突如として影の魔王によって濃霧に覆われ、国家転覆の犯人がシド・ラノルスであると、聖教会が触れ回った。
「(私が聖火隊に入ったのは――その真意を確かめるため、だったのかもしれない)」
そして――聖火隊の元で働いていたエミリーはある日、フローレンスから全ての真実を明かされた。
きっかけは本当に偶然だった。
聖女に用事があり、彼女の執務室を尋ねたエミリーであったが、部屋の主は不在であった。
仕方がないので、置手紙と共に、確認して欲しい報告書を執務机に置いていこうとした時――机の上に、見覚えのある文字を見つけた。
その金打流な文字は――受付嬢時代に、シドがクエスト報告書のサイン等で、見慣れたはずの筆跡であり――一目でシドによって書かれた手紙であることを察した。
それをフローレンスにしつこく問い詰めると――彼女は観念したように、全ての真実を語ってくれたのであった。
勇者パーティーの殺害の理由は――元はと言えば勇者パーティーの不義理が発端であったこと。
大規模ダンジョン崩壊の真相は――かつて聖教会が仕留めそこなった影霊術師・ソブラによって引き起こされたものであること。
王都を魔霧で包んで大陸全土を混乱に陥れた犯人もまた――シドではなく、ソブラであること。
そんなソブラを討ち倒すべく、シドは影からソブラに対抗する力を蓄えていること。
そして――フローレンスと定期的に手紙のやり取りをしていることを。
――包み隠さず明かされたのであった。
『そっか……やっぱりシドさんは……悪い人じゃ、なかったんだ……』
フローレンスから真実を語られた時、これで心意気なく、彼のことを恋慕することが出来ると安堵した――のだが。
同時にエミリーは、シドに対する思いを諦めることした。
なぜなら――シドのことを語るフローレンスの顔は、誰がどう見てもバレバレなくらい、恋する乙女の顔をしていたのだから。
聖火隊の総代として、まだ10代にも関わらずに気丈に振舞い続けたフローレンスは、聖火隊内で浮いた話を一切聞いたことがない。
そんな聖女様が――シドのことを喋るときだけは、いじらしい年相応の子供の顔を見せるのだ。
人類最後の希望として、多くの重責を背負っている幼い聖女――その唯一の拠り所に、横恋慕を入れることなど、エミリーに出来るはずもなかったのだ……。
そして数年後――エミリーが27歳の時、苦節10年の歳月をかけ、ついに聖火隊は影の魔王を討伐し、王都を奪還したのであった。
「って――今そんなこと考えている場合じゃなかった。というか、やっぱまだ、未練タラタラじゃん……私」
――そして時間は、再び現在。
光の魔水晶が照らす手元の書類は、未だ空欄の目立ち、そして埋まる目処が立っておらず……。
「くっそー! 仕事だ! 私は仕事に生きるんだ! 私の人生を、玉の輿なんていう他人任せにしてたまるか! 私は高級役人としてキャリアを積み上げるんじゃー!」
過去の回想によって、温くなってしまったコーヒーを飲み干し、気合を入れ直す。
もう一杯コーヒーを入れた後に――エミリーは再び、早急に攻略すべきダンジョンと、現在活動可能な冒険者名簿を照らし合わせながら、カリカリと筆を動かし続ける――
「ぐ……ぐおぉ……ぐおおおおおおぉっ……がくん」
――はずだった。
コーヒーを飲んで眠気を吹き飛ばしたはずなのに――気付けばエミリーは、気絶するように眠ってしまった。
日頃の過労が、ついに限界を迎えたのであろう。
――チュンチュン。
――コケコッコー。
目を覚ました時には――既に窓から朝陽が差し込んでいた。
「むにゃむにゃ……はッ!? もしかして私寝てた!? 今何時!? うげええええ!?!? 朝6時!? 一時間後には冒険者の方々が集まってきちゃうんですけど!?」
エミリーは飛び起きると同時に、顔の血の気が失せていくのを実感する。
なまじ睡眠をとってしまったために、頭の中が聡明になり、ことの重大さを正確に把握してしまっている。
常に人手は不足しているのだ。
動かせるはずの冒険者を遊ばせておく余裕など、1秒たりともないのに。
「って……なに、これ……?」
頭を抱えるエミリーは、執務机の上に放置してしまった――崩壊寸前のダンジョンをピックアップした書類に、明らかに自分のものではない文字が書かれていることに気付く。
それは――デカデカと、そして、どこかで見たことのある筆跡で――〝済〟と書かれていて……。
「これも、これも……どういうこと? 全部の書類に〝済〟の文字が……怪現象? 全然済んでないんですけども!? っていうか、なんな肩にかかってるんだけど……どうりで温かいと思った……これは、コート?」
同時にエミリーは気付く。
自分の肩に、自分の体躯には大きいサイズの――黒いロングコートがかけられていることに。
厚手の生地が毛布の役割を果たし、良質な眠りになってしまったのも、朝まで寝落ちしてしまった理由の1つだろう。
周囲に起こった変化はそれだけではない。
机の上には――見慣れない小瓶が置かれていた。
受付嬢として長いキャリアを持つエミリーは、それがダンジョンから出土したアイテムの類いであることを即座に察する。
最後に――コートと謎の小瓶と引き換えであるかのように、淹れ直したはずのコーヒーカップが空になっているではないか。
「なにこれ……?」
エミリーは訝しりながら、その小瓶を手に取った。
そして――そのモヤモヤを晴らすべく、冒険者協会の設備である、成分解析装置の魔道具に小瓶を設置した。
ダンジョンからのドロップアイテムの買取も、冒険者協会の仕事の一環であるため、正確な査定を出すべく導入された成分解析装置である。
「ええと……滋養ポーション。効能は……滋養強壮、疲労回復、美容促進……ランクは……A!?」
どうやらそれは、高純度の滋養ポーションであることが判明する。
「も、もしかして……」
エミリーはこれらの怪現象を、冷静に1つ1つ分析していく。
肩にかけられた大きな男性用のロングコート。
高等級のダンジョンからでしかドロップしないレアアイテムの置き土産。
空っぽになったコーヒーカップ。
――エミリーが寝ている間に、冒険者協会に侵入した者がいる。
そんな神出鬼没な芸当が出来る者は限られており――そして、最後の後押しに、エミリーは、どこか見おぼえるある、黒いロングコートを手に取ると、そっと……自分の鼻に埋めた。
懐かしい匂いが、エミリーの鼻孔を包み込んだ。
その時――
「ギルドマネージャー! 緊急の報告です!」
「ひゃああああああっっっっ!?!?」
――冒険者協会に飛び込んでくる、元聖火隊の伝令係。
現在は新政府の伝令係として、エミリーの部下でもある男だった。
その声に驚き、エミリーは即座に鼻どころか、顔の半分まで埋めていたコートを放り投げる。
「ギルドマネージャー? 何をしているのですか?」
「なんでもありません。それで、緊急の報告とはなんですか? まさか!? ダンジョン崩壊が既に起きてしまったのですか!?」
「いえ……その逆です。目下攻略を急ぐはずだった、崩壊寸前のダンジョンが全て――消滅しました」
「消滅? 崩壊ではなく?」
「崩壊ではありません。ダンジョンから魔物が溢れだした形式はありませんので。あれはまさに――|ダンジョンが攻略された《・・・・・・・・・・・》形跡でした」
「崩壊ではなく……攻略?」
ダンジョンの最下層に待ち構えるダンジョンボスを倒し、ダンジョンコアを回収することで、ダンジョンは消滅する。
その手順でダンジョンを消滅させれば、ダンジョン内の魔物が地上に解き放たれることはない。
だが――ダンジョンを1つ攻略するのにだって、決して短くない時間を要するにも関わらず、それが全て攻略されたというのだから、エミリーは耳を疑わざるを得なかった。
「それはつまり――我々人類にとって、都合いい状況ということですか?」
「我々監視班も、状況を十全に把握できておりませんが、そういうことになるかと……」
冒険者協会の真夜中の侵入者――それ自体は、アサシン系統のクラスを持っていれば、不可能という訳ではない。
だが――一晩で複数のダンジョンを攻略するなどという芸当は、人類最強と呼ばれるアマルガルド・エルドラドでさえなし得ることは叶わないだろう。
しかし――エミリーはたった1人だけ、その偉業を成し遂げることの出来る人物を知っていた。
表舞台からは姿を消したはずの――
「待って……じゃあこの〝済〟って……」
――エミリーは自分の執務机の上に、デカデカと文字の書かれた書類を手に取る。
それが――真相を暴く最後のピースとなった。
「シドさん……あなたなんですね……」
〝彼〟が生きていることは、知らされているとはいえ――実際に〝彼〟がそこにいた残滓を読み取ると、不思議と目尻が涙で滲んでしまった。
部下にそれを悟られないよう、エミリーは背を向けて、さりげなく目尻を拭うのであった。
「あの、ギルドマネージャー? どうしましたか?」
「なんでもありません。信じがたい出来事ですが、これも神の思し召しというやつでしょう。報告ご苦労様です。従来の業務に戻ってください」
「は、はい……分かりました」
冒険者協会を後にする伝令係がいなくなったのを確認してから――エミリーは再びコートを手に取った。
今度は――丁寧に、優しく、両手で包み込むように。
「シドさん……あなたは優しい人ですけど……乙女心を理解するのが下手ですね……折角踏ん切りがついたはずだったのに……こんなことされたら……諦めきれないじゃないですか……遅れた婚期の責任を……取るつもりもない癖に……」
エミリーはもう1度、黒いコートを抱きしめる。
この世界を救った本物の英雄に、思いを――恋慕を馳せながら。




