166 俺も好きだよ
前回のあらすじ
ソブラを倒し、南の島でスローライフを満喫するシド一味。
リンやエカルラートと共に平穏な日々を過ごすシドの前に――ソブラの腹心ルゥルゥ・ジンジャーが姿を見せるのであった。
「ソブラの仇討ちって所か?」
争いとは無縁の俺達だけの楽園。
しかし現在、ルゥルゥを前に――張りつめた緊張感が周囲に広がる。
リンは勿論、エカルラートもまた警戒態勢を取った。
「…………」
俺の問いかけにルゥルゥは答えない。
否――コイツが今まで一度だって、誰かの言葉に返したことがあっただろうか。
「申し訳ございませんご主人様――全て私の失態です」
「気にするな。それにお前は不死になろうとも、人殺しになる必要なんかねェ」
3ヶ月前の王都奪還戦。
リンには城下で聖火隊のサポート及び、ルゥルゥの相手をする役割を与えていた。
俺の言いつけ通り、リンはルゥルゥを足止めに成功したのだが――
『申し訳ございません――彼女に逃げられてしまいました』
――俺の手によってソブラが葬られたことを知るや否や、アサシンのスキルを駆使して逃走したと、リンから伝えられたのを思い出す。
とはいえルゥルゥはもはや敗残兵。
今更アサシン1人にどうこう出来る訳もなく、放置していた次第だ。
コイツへの復讐心も、とっくのとうになくなっているからな。
「とっとと得物を抜けよ。俺は復讐を否定しない――最後まで付き合ってやるからよ」
影霊の長剣を召喚しながら言う。
だがルゥルゥは未だ空手のまま。
とはいえ、油断していい理由にはならない。
コイツは陽動の《分身》であり、本体は別の場所に潜んでいる可能性は十分にありえる。
アサシンの厄介さはルゥルゥといい、《聖痕の騎士団》のアニスで嫌というほど思い知らされたからな。
「サンダーエンチャント」
「よもやよもや――久々に運動でもするかのゥ」
リンもまた、フルーツの皮を剥くのに使っていたペティナイフに雷属性の付与魔法を発動。
エカルラートも赤爪を鉤爪のように伸ばして戦闘態勢をとる。
よもやルゥルゥも不死身3人に勝てるとは思っていないだろう。
主を失い、生きる意味を失い、死に場所を求める哀れな敗残兵――
「…………」
「ッ!?」
――と、思っていた。
「なんのつもりだ?」
ルゥルゥは両膝を地面につけると、三つ指をついて跪いた。
そこには殺意も敵意もなく――俺に対する悪意すらないように感じた。
「お願いがある――シド・ラノルス」
「お前……喋れたのか!?!?」
今までアサシンの突拍子のない行動の数々に驚かされたきたが――ルゥルゥが喋った衝撃の方が上回る。
喋れないのではなく――喋らなかったのか!?
今まで一言も口を聞くことがなかったルゥルゥ。
そんな彼女が地面に跪いてまで要求する事とは――
「ソブラ様に……会わせて欲しい」
「…………そういう事か」
「ソブラ様が、《悠久》の体内で、生かされていることは、知っている。お願い――ソブラ様に会わせて。会わせてください。お願いします」
これまでの人生で会話したことなど殆どなかったのだろう。
たどたどしい喋り方。
ぎこちない会話。
けれども――強い意志と誠意を感じる。
「よく知ってるな」
「……調べた」
王宮の元諜報員だけあって、情報収集はお手の物という訳か。
たった3ヶ月で俺達の隠れ家(しかも離島)の場所を突き止める能力があれば、おかしな話ではない。
「ソブラ様は、私の全て、ソブラ様に会いたい、どうしても会いたい」
地面に額を擦りつけ、惨めで無防備な背中を晒しながら、ルゥルゥは要求を続ける。
生殺与奪の全権を俺に握らせているようなものだ。
交渉も駆け引きもせず、ただただ――要求するだけ。
でもそれは――俺に最も効く。
「分かった――会わせてやるよ」
***
「良かったのですか? 彼女の要求を飲んで」
「問題ない」
――数分後。
無人島には再び俺、リン、エカルラートの3人のみろなり、隣に座るリンが心配そうに問いかける。
俺はルゥルゥの要求を許諾し、彼女をヴァナルガンドの体内――その最下部に送り込んだ。
無論――ヴァナルガンドの異空間で、何か悪さが出来そうな魔道具を隠し持っていないか身体検査はさせて貰ったが。
しかしルゥルゥはナイフ一本すら持っていなかった。
「ソブラはさ――復讐を達成できなかった俺なんだ」
俺は勇者パーティに復讐を達成することが出来た。
だがソブラが復讐を抱いたのは世界そのものだった。
「そしてルゥルゥは、俺と通じ合えなかったリンなんだ」
奴の復讐は達成されることなく、志半ばで砕け散り――俺のように他者を思いやることで、己もまた幸せになる方法を取ることができなかった哀れな復讐鬼。
ソブラとルゥルゥは、俺とリンのようにはなれなかった。
でも――今なら。
「優しいのですね、ご主人様は」
「んな訳ないだろ」
リンが微笑む。
俺はそれを誤魔化すように、リンが切り分けたくれたフルーツを乱雑に口の中に放り込む。
「いえ、ご主人様は優しいです。だから私は――そんなご主人様が大好きなんですっ!」
リンは俺の目を真っすぐ見て笑う。
「ッ! リン、面と向かってそういうの、やめろ……恥ずかしいだろ」
動かない心臓が跳ね、巡らない血液が顔に集中する感覚に陥る。
「やめませんっ! それで――ご主人様は、どうなんですか?」
「よもやよもや……でもないか。クカカ――こりゃ100年は退屈しそうにないのゥ」
そんな俺とリンのやり取りを見て、エカルラートは愉快そうに笑う。
俺はポリポリと頭を掻き、「はぁ」とため息を付き、未だ俺の目を見つめ続けているリンに向かって、「1度しか言わないからな」と前置きした末に――――捻り出す。
「俺も好きだよ――リン」




