165 最後の因縁
前回のあらすじ
シド、リン、エカルラート――南の島でスローライフを満喫。
「――いてッ!」
「大丈夫かリン!?」
「ええ、ちょっと指を切っちゃっただけですから」
フロウのことを思い耽っていると、隣でフルーツをカットしているリンが小さな悲鳴をあげる。
手元が狂ったのだろう。
ナイフで指先が切れて出血していた。
しかし――その傷は即座に塞がり、傷一つない綺麗な肌が蘇る。
「はい、切れました――どうぞ召し上がってくださいご主人様。丁度食べごろなんですよ」
「ああ。サンキュー」
「はい、あーん」
甘く熟れたフルーツをリンに食べさせて貰いながら、ずっと思い悩んでいたことを、改めてリンに問いかける。
「本当に後悔してないのか?」
「ん? なんのことですか?」
「エカルラートの血を飲んだこと――だ」
エカルラートが復活し、ソブラとの最終決戦に臨む準備をしていた時のこと――リンは神妙な顔つきで、「エカルラートの血を飲ませて欲しい」と俺に頼み込んできたのを思い出す。
ソブラとの王都決戦において、最大限役に立つため、不老不死になりたいと申し出たのだ。
俺はリンが安心して暮らせる世界を作りたいが為に、フロウと手を組みソブラと戦う決心をした。
にも関わらず、結果的にリンもまた戦地に赴かせてしまうことを申し訳なく思っていた。
不老不死というのはいいことばかりではない。
普通の人生を送れなくなることを意味する。
しかし――俺の予想に反し、リンの覚悟は既に決まっていた。
「ええ。私はエカルラート様の血を飲んで不死になってから、1度も悔やんだことなどありません。むしろ、ご主人様と同じ身体になれて嬉しいんです」
リンは俺の手を取って言う。
その手は俺と違い、熱を帯びていて――温かい。
俺は自分が死ぬ直前、自分自身に死霊操術をかけ、アンデッドとなった状態でエカルラートの血を飲んだため、今でも心臓は動いておらず動く死体のままだ。
しかしリンは生前に血を飲んだので、全身に血が巡っているため、人肌の体温を宿している。
「私はずっと――ご主人様よりも先に死んでしまうことを悩んでおりました。私だけが老い、ご主人様を残して死んでしまうのが、死ぬことよりも怖かったんです。いつか、ご主人様が私のことを、忘れてしまうんじゃないかと思って」
彼女は俺の手の甲に乗せた手をさすり、肌と肌が触れ合う感覚を確かめながら続けた。
「そして――ご主人様を1人にしてしまうのが嫌だったんです。私にとって、ご主人様がいない人生など考えられませんし、ご主人様の隣に私がいないことを許容できません。ですからどうか、これからも隣に置いてください。ご主人様のその身が朽ちる、その時まで」
「……リン」
俺はバカな質問をしたと後悔し、空いた手で更にリンの手の甲を重ねる。
隣でそれを見ていたエカルラートが「クカカ……こりゃもう実質告白みたいなもんじゃろ」と囃し立てるので、リンは顔を真っ赤にして、パッと手を離した。
「その……これからも隣に置いてくれますよね? ご主人様……?」
リンは恥ずかしそうにしながらも、上目遣いで問いかける。
「勿論だ。お前を不死にした責任は最後まで取るつもりだし――俺も、お前がいない人生などありえない」
「えへへ……ありがとうございますっ♪ これからもずっと一緒ですよっ! ご主人様っ♪」
リンと顔を合わせて笑う。
こうして、俺達の平穏なスローライフは、これからも末永く続くのであった――――
――ザリッ。
――――と、思っていたのだが。
「誰だッ!?」
背後のジャングル帯から、ザワザワと葉を鳴らしながら、人影が1つ、姿を見せる。
人間だ。
この島は完全に無人島だ。
俺達以外に島民が存在しないことは調査済み。
つまり――侵入者。
「…………」
「テメェは……!」
俺の前に姿を見せたその人物の顔を見て、思わず息を飲む。
リンと同じ――紫の髪と瞳に、褐色の肌。
リンと違う――世界全てに興味を失ったかのような、冷たい瞳。
忘れようはずがない。
そのラギウ族の名前が、口から零れる。
そいつの名前は――――ソブラの腹心。
「ルゥルゥ」
彼女が姿を現した理由。
それは果たして、ソブラの仇討ちか、それとも――――




