163 そして光に希望を込めて
前半は1人称。後半は3人称視点となります。
「はぁ……はぁ……ッ!」
「見事だ……フロウ」
――場所は変わらず崩落した玉座の間。
両手を投げ出し床にひれ伏す俺の腹部に、フロウが乗りかかっている。
彼女の手には忌緋月が逆手に握られており、俺の首を半分裂き、首の骨に遮られギリギリ切断されていないという状況になっていた。
「(半分切られた首の肉の再生速度が遅い……まさか、フロウの血が原因か?)」
高潔な聖職者が長年使い続けた道具に聖性が宿り聖遺物に昇華するように、高潔な聖職者の血にも聖性が宿るという話を聞いたことがある。
「これで……いいんですよね……?」
腹上に跨るフロウが問いかける。
彼女があと少し刃に力を込めれば、そのまま俺の首は切断されてしまうだろう。
俺の首がかろうじて繋がっているのは、彼女の躊躇によるものだった。
「ああ。そうだ――俺もまたソブラと同じ影の魔王だ。暴力に対してそれ以上の暴力でねじ伏せるやり方しか知らない俺は、英雄には成り得ない。そこから先――平和な世を作るのは、お前の役目だ」
「これでもう……お別れなんですか?」
「そうだ。世界は俺という存在を許さない。俺も許して貰おうとは思わない」
「シドさん……ッ」
「どうした聖女様――手が震えてるぜ? お前の覚悟は所詮その程度だってことか? 耳障りのいい綺麗ごとを口にして、ただ気持ちよくなりたいだけの偽善者か?」
「ううッ……嫌です……ッ! こんな別れ方は……こんな偽悪的な言葉を、使わないでくださいッ! シドさんは本当は優しくて、こんな風に世界に恨まれてはならない人なんです! こんな終わり方では私、あなたのいない世界で頑張れません……ッ! 私がここまで頑張れたのは、同じくらいシドさんが頑張っていたからなんですッ!」
顔に液体が降り注ぐ。
血ではない。
それは――彼女の目から零れ落ちる涙であった。
「ふっ――悪かったよ」
ゆっくりと手を伸ばし、フロウの目尻に指を添え、そっと涙を拭きとる。
指に触れたその雫は、死人の俺には火傷しそうな程、熱かった。
「ここまでよく頑張ったな――だから泣くな。いや、泣いてもいい。それでも前に進んでくれ」
「ううっ……反対側の目も、お願いします」
「……」
「左目は、聖遺物の義眼ですので……私本来の目は……青い右目です。ですから、そっちも拭って下さい。そしたら私……頑張れますから」
「やれやれ……全くワガママな聖女様だ」
「ありがとうございます、シドさん――私、頑張りますっ」
フロウが笑う。
俺も笑う。
忌緋月を握る手に力が籠る。
首の骨が切断され、俺の意識はプツリと途切れた。
***
「フロウ様!」
フロウがシドの首を刎ねた数分後。
玉座の間にシカイ族の青年――聖歌隊の副隊長――スキア・レッドビーが駆けこんできた。
スキアの目に入ったのは、床にへたり込んでいる聖女の背中。
「影の魔王を……シドを……倒したのですか?」
「はい……私が、この手で」
スキアの問いかけに答えるフロウ。
その両手にはシドの生首が大切に抱え込まれていた。
「(私が本当に癒したかった方にとって、私の光は毒でしかなかった)」
フロウは背後にいるスキアに見えないように、シドの生首を胸元に手繰り寄せ、黒髪をそっと撫でる。
「(それでもあなたは私を信じ、希望を託してくれた。だから私は進み続けます。果てなき修羅の道を。誰もが飢えず、誰もが笑顔で、誰もが幸福で生きれる世界を目指して)」
その瞳にはもう――涙は流れていない。
「(そして私は生涯忘れることはないでしょう。誰からも賞賛されることなく去っていった、本当の英雄の顔を――)」
フロウはスキアに背を向けたまま、そっとシドの唇に――唇を重ねた。
それが――決別の合図となった。
優しく抱え込んでいた生首を乱雑に、頭髪を掴みながら立ち上がり、見せつけるようにスキアの前に突き出す。
「おお……どうか他の聖火隊の面々にも見せてください。影の魔王の首を。影の世界が終焉したことを!」
「ええ。スキア君も、頑張ってくれました」
フロウはスキアを労うと、玉座の間の壁に大きく空いた穴の前に立つ。
王城が半壊したことで、半ばテラス状になっており、階下に目を向ければ、地上では聖火隊の面々がフロウを見上げていた。
各々が喜びを表現する雄叫びをあげており、フロウの顔を見るなり、その歓声は更に大きくなる。
「皆さんの奮闘により、ついに――影の魔王シド・ラノルスを討ち取ることに成功しました!」
シドの生首を掲げると、聖歌隊は「うおおおおおおお!」「聖女様! 万歳!」と雄叫びがあがる。
フロウの黄金の右目には、喜びで溢れた聖火隊の面々の顔が、この距離からでも鮮明に映っている。
逆に言えば、黄金の目に映っていない者は、この戦いで……。
その全員の顔と名前を、一人漏らさず脳裏に思い浮かべ、彼等彼女等に追悼の意を示し、祈りを捧げながら――フロウは続けた。
「影の時代は終わりを迎え、人の時代が再びやってきます! 私は誓います! この10年で壊れてしまった世界を修復し、泰平の世を作ってみせると! 私達の本当の戦いはまだ終わっていません! むしろ、これから始まるのです! ですから皆さん、どうか私に力を貸してください!」
フロウの呼びかけに呼応し、再度聖火隊の絶叫が響き渡る。
影によって暗黒に塗りつぶされた世界。
それでも小さな火が抗うように灯り、闇を僅かに照らし続けた。
希望が絶えぬよう、人々は薪を集め、火にくべ続け、耐え忍び、小さな火は同じ志を持つ同志達の手によって飛び火していき――聖火となった。
やがて夜は明け――
「(シドさん――どうか見守っていてください。私達が作る世界を)」
――陽が再び世界を照らした。




