160 影血・衂滅月斬
前回のあらすじ
エカルラートはソブラの影に侵入し、ソブラが保有している影霊を殺し尽くした。
そして逃走の手段である、転移魔法を扱える影霊――悪魔神官バロムの生け捕りにも成功する。
かくして、シドはついにソブラを追い詰めるのであった。
「はぁッ……はぁッ……こひゅ……ッ!?」
不敵な笑みを貫いていたソブラの顔が絶望に染まる。
ようやっと次はなく、ここで自分が死ぬことを理解したのだろう。
不老不死であり、テレポートが出来るソブラにとって、敗北は死ではなかった。
故に薄れていた〝死〟という概念を――数十年振りに取り戻したソブラの顔が、醜く歪む。
体の震えは、負傷により呼吸が荒くなったためか、それとも恐怖か。
「待て! シドは僕と同族だろう! 同じシカイ族という意味ではない! 生き方がだ!」
「待たねェよ」
「僕もお前もこの世界の理不尽に当てられ絶望し、世界の全てに復讐を誓った同志のはずだ! なぜ、なぜなぜなぜ! どうして人間の味方をする!? 搾取され、虐げられ、差別され、殺された――故に復讐を誓った! もはやお前も僕と同じバケモノだろうがッ!?」
「…………確かにな」
初めて見せるソブラの感情的な、悲痛を乗せた叫び。
その言葉を俺は噛みしめ――答える。
「テメェのいう通り、確かにこの世界は理不尽だ。クソったれだ。間違っている」
ソブラの復讐に憑りつかれた目を見ながら続ける。
ソブラの瞳に映っている俺の瞳もまた、ソブラと同じ復讐鬼の目をしていた。
だから分かるよ――お前の気持ちは。
「俺の故郷は焼かれ、両親は殺され、奴隷に落とされ、荷物持ちとして権力者に虐げられ、挙句最後は捨て石にされて殺された」
思い出すのは勇者パーティの荷物持ちをしていた時の記憶。
死体を操るというシカイ族の能力が、聖教会の教義と異なるというだけで、故郷は滅び、俺は奴隷に堕とされた。
ただ普通に生きていただけなのに。
「暴言と暴力で俺の尊厳は踏みにじられた。故に俺はそれを上回る力を手に入れ――暴力でもって報復を果たした。そしたらどうだ? 俺は人殺しの犯罪者になった」
王族殺しの大罪人として、大陸全土に指名手配書が行き渡った。
「俺はずっと勇者パーティにボロ雑巾のように扱われ、最後は殺されたというのに! 同じ方法でやり返したら許されないときた! 俺を殺した奴等だけが可哀想な被害者のように扱われ、王宮に、聖教会に――仇討ちとばかりに憎しみをぶつけられた。大義も正義も向こうにあり、俺だけが悪だと突きつけられた!」
次に思い出すのは聖教会の《聖痕の騎士団》との記憶。
王族を殺した仇討ちというのは建前で、影霊操術という存在が世界の平穏を脅かす力を秘めているとう理由で、俺は大陸の果てまで追われた。
そして奴等は――なんの罪もおかしていないリンを誘致し、俺を脅し、最後はリンを殺そうとした。
結果――俺はリンが殺されたと思い込み、聖教会の本拠地である大聖堂に攻め込み、聖職者共も殺しまくった。
「この理不尽な世界に希望なんか求めていない。テメェのいう通り、俺も憎しみと絶望に憑りつかれ、膨大な力を怒りに任せ暴力のために使う影の魔王だ。そんな俺の希望はただ1つ――大切な家族と平穏に暮らしたい、ただそれだけ。聖火隊と手を組んだのだって、テメェを殺すために利用したに過ぎない」
人殺しであり、その罪を償おうとせず、のうのうと生きている俺に寄り添ってくれたリン。
血で汚れ、まっとうな人生を歩めなくなった俺の代わりに、同じく奴隷であったリンに幸せになってもらうことだけが、俺の望みだった。
「俺のスタンスはずっと変わっていない――邪魔な存在をぶっ殺すだけ。そこに人としての善性も人類への希望もねェ。そして――今回邪魔な存在はソブラ……テメェだってことだ」
大陸を統治していた王族によって、世界は泰平の世を築いていた。
だがその平穏とは、農民に課した血税と、奴隷の労働力によって一部の特権階級が楽をするという政策によって維持されているクソみたいな世界なのは否定しない。
だがそれでも――イタズラに世界を混沌に陥れ、世界を統治をしようとせず、ただ破壊を繰り返すだけのソブラによる暗黒の10年間よりかはマシだ。
「(それに今はその王族もいねェし、少しだけ期待している――影の支配が終わり、フロウが作る新しい世界ってやつを)」
「嫌だ……死にたくない……! 僕の復讐はまだ終わっていない! 僕の受けた痛みを、まだ世界に返していないんだ! そして僕は創らないといけない! 理不尽のない本当に平等な世界を!」
「痛みを痛みで返すような小せェ心のテメェが創造神になっても、ロクな世界は創れねェよ――話は終わりだ」
ソブラへ向けてバルムンクの切っ先を向ける。
「じゃあな――愛を得られなかった不運な俺」
体内に渦巻く影の力を――刀身に纏わせるイメージ。
焚火に油を注ぐように――バルムンクが纏う黒炎の如き影が膨れあがる。
――――炎ッ!
切っ先から放たれた影の獄炎が――哀れな復讐鬼を焼く。
「影血――――衂滅月斬」




