16 焼き菓子と世間知らずのシスター
前回のあらすじ
長い間攻略されずに放置されていたダンジョンに崩壊の兆しが見え、中の魔物が地上に溢れる危険性があるとのことで、冒険者協会からダンジョン攻略の依頼を受けるシド。
乗り合い馬車で目的のダンジョンに向かうのであった。
「あの……もしよろしければ、おひとついかがですか?」
「…………ん?」
引き続き各ステータスをチェックしていると、正面から声をかけられる。
顔をあげると、そこには随分と顔立ちが整った少女がいた。
手入れの行き届いた金色の髪に、濁りのない澄んだ碧眼。
可愛らしい顔は随分と幼く、12歳くらいに見える。
真っ白なシスター服を纏っており、胸元には〝天秤〟と〝剣〟が一体化したエンブレム。
――このマークは聖教会のものだ。
「いくらだ?」
「ふぇっ!?」
シスターの少女の手には焼き菓子が入った袋が乗っており、その手を俺に差し出している。
「あっ、いえ! お金はいりませんっ。もしよかったら……と思いまして。同じ馬車に乗り合わせたのも、神のお導きかと存じますので」
「……そういうことなら」
少女の手から焼き菓子を1つ摘まみ、口の中に入れる。
不死の肉体になってから食事を必要としなくなったが、五感は戻っているので味を楽しむことは出来る。
蜂蜜が練り込まれているのか、随分と甘い。
「(顔立ちも上品だし、高級品の蜂蜜を使った菓子を見ず知らずの人間の差し出す浮世離れした価値観――差し詰め貴族の次女か三女と言ったところか)」
家督を継がなかったり、嫁に出る必要のない2人目以降の貴族の子供が出家するのはよくある話だ。
冒険者くらいしか使わないダンジョン巡回馬車に乗っている理由が不明なのが気になるが……。
「うまい、ありがとな」
「えへへ、良かったですっ。あの、あなたはどこまで行かれるのですか?」
聖教会は故郷を焼き滅ぼし、俺を奴隷に落とした憎き組織だが、菓子を貰った手前無視するのも気分が悪い。
それにこの少女が俺の両親を殺した訳ではないことも理解している。
「【黒首塚】ダンジョンまでだ」
「そうなのですね! 私は【緑鳥林】ダンジョンへいく予定です。私は見習い聖騎士でして、今日は先輩にダンジョンでの心得を教授させて頂く予定なんです」
――聖騎士。
聖教会が召し抱える自警組織だ。
戦う聖職者全般をそう呼ぶので、復讐対象の1人、勇者パーティの魔術師リリアムも聖騎士所属という事になる。
年が近いのにあの生意気クソアバズレ女とは大違いだ。
「どうかあなたの旅路が、祝福で満ちたものでありますように、お祈り申し上げます」
「ご丁寧にどうも。あんたも気を付けな」
『この小娘――虫も殺せなさそうなナリして聖騎士見習いか。おとぎ話に影響された箱入り娘じゃな。多分近いうちに死ぬぞ。聖教会のガキがどうなろうと、妾の知ったことではないが。聖職者の血はまずいからのゥ』
どうやらエカルラートも聖教会のことをあまりよく思っていないらしい。
「――フロウ、シカイ族と馴れ馴れしく口を聞くな。魂が穢れるぞ」
「ッ! も、申し訳ございませんシーナ様。し、しかしシカイ族への迫害は10年前に廃止されております。そのような言い方は彼に失礼かと……」
「勘違いするな。迫害を廃止したからと言って、シカイ族が穢れた血族であることに変わりはない」
少女の連れと思われるもう1人の聖職者が声をあげる。
白色の鎧を纏った金髪碧眼の美女で、長く伸ばした髪をポニーテールに結んでいる。
『クフフ……こっちはいかにもな聖職者といった感じよのゥ』
「口の利き方がなっていないと思えば、奴隷の首輪が見当たらんな。自由身分のシカイ族か――それなら礼儀を持ち合わせていないのも頷ける。ろくな教育を受けなかったのだろうな。今は王国法に身分が保障されているとはいえ、王都で悪事を働いてみろ、私が切り捨ててやる」
「シカイ族と口を聞くと魂が穢れるんじゃなかったのか」
「ッ! 貴様ッ! ……まぁ良い、フロウ、降りるぞ、死臭が不快でたまらん。御者、私達はここで降りる、馬車を止めろ!」
「あっ、あのっ! すみませんでした。あなたの旅路が祝福なものでありますように、お祈り申し上げます! 主の祝福があらんことをっ! 失礼しました!」
彼女の鬼気迫る怒号に御者は慌てて馬車を止め、部下であるシスターの少女は申し訳なさそうに俺に頭を下げて馬車を後にする。
残りは歩いて向かうのだろう。
『全くもって不愉快な奴じゃったな』
「(シカイ族に対する扱いなんてこんなもんだ、例え奴隷の首輪がなくてもな。いちいち気にしていたらストレスでハゲる)」
『じゃがシスターの方は礼儀を弁えておったな。気持ちのいい小娘じゃった。聖教会なんか抜けて妾の眷属にしてやりたいくらいじゃ』
「(ただ世間知らずなだけだ。あの上司の元で修行してたら、あと数年もすりゃ立派な差別主義者の出来上がりだ)」
『達観しとるのゥ』
聖職者2人分軽くなった馬車は再び走り出し、冒険者達をダンジョンに送り届けるために車輪を回す。
神は信じてないけども、帰り道もあいつらと同じ馬車にならないことを祈ることにした。
主の祝福があらんことを――彼女が最後に言った言葉を思い出す。
俺の故郷は、その主ってやつを崇める奴らに滅ぼされたんだぜ……お嬢ちゃん。




