159 エカルラート・孤軍奮闘
前回のあらすじ
体内に収納することが出来る忌緋月の特性と、影霊をエネルギー化して武器に纏わせる《影門・卍髏の剣》の特性を掛け合わせ、エネルギー化した1万体の影霊を体内に取り込むことで、超越したパワーを入手することに成功したシド。
シドの力に圧倒されたソブラは、シドが纏っている影以上の影を溜め込んだ《影門・卍髏の剣》を叩き込もうとするも不発、訝しいがるソブラの影から飛び出してきたエカルラートの爪が、ソブラの胴を切り裂いたのであった。
「よもやよもや――随分と面妖な姿になりよったな、シド」
ソブラの影から飛び出してきたエカルラートが、俺の隣に寄り添う。
これどうなっとるんじゃ――と影霊化した俺の体をつんつんとつついている。
「な、なぜ真紅の吸血姫が僕の影から出てきたんだ……そして、なぜ卍髏の剣が発動しない……!?」
ソブラはワイバーン型の影霊の上で膝を付き、苦しげに喘ぎながら俺を睨めつけた。
その全身は、俺との剣戟で無数の切り傷が刻まれ、挙句エカルラートの爪撃を直撃して相当な深手を負っている。
そしてその傷は――不死性を失っている故に修復されることはない。
「エカルラートは影を抽出する影霊操術ではなく、死体をそのまま動かす死霊操術で使役している」
エカルラートが普段俺の影の中に潜んでいるのは、影霊としての能力ではない。
吸血鬼が生まれながらにして持っている特性だ。
「俺がテメェと戦っている間、エカルラートはテメェの影の中で、殺し続けていたんだよ――テメェの影霊をな」
そしてエカルラートはソブラの中にいる大量の影霊を余すことなく殺し尽くし、ついでとばかりに影から飛び出した際にソブラに奇襲の一撃を叩きこんだ訳だ。
俺はソブラを倒すために、卍髏の剣で溜め込んだ膨大なエネルギーを体内に取り込むことで、超越したパワーを手に入れるという作戦を取った。
だが――俺が卍髏の剣で影霊の鎧を纏ったように、それ以上の数の影霊を消費した卍髏の剣を使われれば、影霊の鎧を砕かれる可能性があった。
故に――エカルラートにはソブラの影霊の殲滅を依頼したのである。
「い、いつの間に……!?」
「最初からだ――バーカ」
リュシフィールの砲撃で王都を包む霧を晴らし、王城に乗り込んだ時のこと。
玉座の間で俺とソブラは同時に影霊領域を展開し、陣地を奪い合うようにお互いの影を接触させた。
その時にエカルラートは俺の影からソブラの影へと乗り移り、侵入を果たしたのだ。
俺はエカルラートを使役した際に、精神がリンクしたのが原因で、ステータスや影霊の状態をウィンドウと呼ばれる板で把握する――理を見通す眼が身についた。
だがソブラにはそれがないため、所持している影霊が消滅しても、そのことに気付けなかったのだ。
「まったく吸血姫扱いの悪い主様じゃ――文字通り骨が折れたわい。骨どころか四肢まで失ったぞ、計10本くらい」
「別にいいだろ再生するんだから――でも、おかげで助かった」
影霊操術が所持出来る影霊の数は、レベル×100。
レベル210のソブラが所持している影霊は推定2万強。
俺がソブラとの戦いで倒した影霊は数十体。
地上で聖火隊が倒した影霊は数百体程。
影門・卍髏の剣でソブラが消費したと思われる影霊は数千体。
それでも残り1万体強――それだけの数の影霊を――エカルラートはたった1人で倒し尽くしたのだ。
エカルラートの口ぶりからして、影の中で繰り広げられた戦闘は筆舌に尽くしがたい規模だったのだろう。
今回のMVPと言っても過言ではない。
「真紅の吸血姫が出てこないと思えば、まさか……僕の影に入り込んでいたとは……!?」
「ソブラのMPは4200。MPを全て使っても再顕現させられる影霊の数は精々40体程度だろう。詰みだ」
「ぐぅ…………ッ!!」
ソブラは血反吐を吐いて口回りを汚しながら、恨めし気に俺とエカルラートを順番に睨む。
もはやソブラには使える策は残っておらず、どう勝つかではなく、どう負けるのが一番傷が浅くなるかと考えているのが丸わかりな、悔しそうな表情。
「分かったよ――今回は負けを認めよう。だが! 今度は僕がチャレンジャーになるだけだ! バロム――アジトまで転移しろ!」
……。
…………。
「ははッ!」
「クカカッ!」
…………しかし、何もおこらない。
俺とエカルラートは同時に鼻を鳴らし――傷だらけのソブラを嘲笑した。
「どうなっている!? バロム! 早く僕を転送しろと言っているんだ!!」
「よもやじゃが――貴様が探しておるのはコイツのことかのゥ?」
『……ギャ……ギャ……ッ』
エカルラートは自身の影に腕を突っ込むと、収納していたモノをソブラに見せつけた。
それはエカルラートに首根っこを捕まれた、羊の頭部を持つ人型の影霊。
しかしその四肢は無惨にも引き裂かれ、頭部も3割ほど抉れている。
だが――辛うじて生きており、ピクピクと痙攣していた。
「バロム!?」
エカルラートにソブラの影霊を殲滅させたのには、もう1つ理由があった。
ソブラは転移魔法が使える悪魔神官バロムという影霊を所持している。
過去ソブラが行った数々の暗躍――大規模ダンジョン崩壊や、王都襲撃、それらは転移魔法によってスムーズに行われており、ソブラにとって非常に重宝している影霊。
その有用さも恐ろしさは、俺もヴァナルガンドを所持しているので十分に理解できる。
強襲にも逃走にも使える転移魔法が使える影霊。
例えソブラを追い詰めても、バロムの転移魔法で逃走されれば、ここまでの頑張りは水泡に帰してしまう。
影霊操術はMPを使い、消滅した影霊を復活させることが可能だ。
だが――HPが残っていて消滅していない状態で捕えれば?
影霊を復活させることは出来ず、転移魔法で逃げることも出来なくなる。
「故に――生け捕りにさせて貰ったぜ」




