156 シューティングヘイルメアリー
前回のあらすじ
フロウを助けた謎の影霊。
その正体は20年前に死んだ母親、先代の《慈愛の聖女》フランシス・キューティクルだった。
「けど――どうしてお母さまが、お母さまは20年前に既に……」
なぜ20年前に戦死したはずの母が、シドの影霊操術で蘇り、こうして力を貸してくれているのか。
他にも考えるべきことは沢山あった。
だが――他に真っ先にやるべきことがあるだろうと、フランシスは抱擁を解くと、頭上を指差した。
フロウも釣られ、指先が差す――はるか上空を見上げる。
地上――王都の城下町跡地で戦っている聖火隊の面々は、誰1人気付いていないだろう。
だがフロウの黄金の右目――【義金の聖眼】が自動的に視力補正され、常人には豆粒にしか見えない高度にいる――怨敵の姿を捕えた。
「影の魔王――ソブラッ!」
10年振りに見る、仲間の仇にして、世界を混沌に陥れた魔王。
冷笑を浮かべるソブラは、ワイバーン型の影霊を足場にして空中に滞空している。
その背後には、禍々しい雰囲気の門のようなものが展開されており、開いた門から黒い霊魂のようなものが次々と、長剣の刃に纏わりついていく光景が見えた。
空中にシドの姿が見えない。
けれども――黒く膨大なエネルギーを溜め込んだ一撃を、シドに打ち込むのであろうことは明確であった。
「シドさんッ!」
フロウの焦りを諫めるように、フランシスは手に持っていた杖を、フロウに握らせた。
「こ、これは……もしや」
まるで宝石と見紛うような、高度な技術で加工された魔石が取り付けられた杖。
勤勉なフロウは、その杖の正体を即座に把握する。
「《雷燼杖・アロン》」
300年前のダンジョン崩壊によってA級ダンジョンの魔物が地上に溢れだした際、当時の《聖痕の騎士団》がそれを用いて放った魔法で、黒龍を撃ち落とした逸話を持つ――聖遺物。
『…………』
次いでフランシスは、自分とほぼ同じ身長にまで伸びたフロウの肩を掴むと、額と額を重ね合わせた。
「な……ッ!? 情報が頭に……直接、流れ込んでッ!?」
額を重ねたことで流れ込んできた情報。
それは聖遺物の本来の力を発動させるための起動コードである――詠唱文。
「この力で、シドさんに助力するべきと、仰るのですね」
『…………(コクン)』
影霊は首を縦に振り、肯定の意を示す。
フロウは即断で、聖遺物《雷燼杖・アロン》を天空に掲げた。
アシストするように――フランシスはフロウの背中に回り、そっと手を重ね、手の甲を包み込む。
そして――紡ぐ。
「【其は悪瘍清める聖の鏃】【闇夜を照らす天明の斜光】【畏み申すは慈愛の聖女】――」
つい先ほど、脳に直接流れ込んできた――秘められていた詠唱文を唱えるフロウ。
「――【主よ我等を試し給え】【捧げるは廉潔の鮮膜】【血を知らぬ乙女の果実】――」
周囲に魔力の奔流が迸る。
フロウとフランシスの髪が、渦巻く魔力で生じた風で煽られる。
「――【聖女の胞衣を剣の贄に】【聖女の祈りを天秤に】――」
右目に埋め込まれた【義金の聖眼】の瞳孔が――ピントを合わせる映写機のレンズのように回転しながら大きさを変え、黄金の瞳にも魔法陣が刻まれる。
「――【祈り叶いし時】【顕世を癒す黎明の輝とならん】――」
――祈る。
――神へ。
――切に。
それは物心つく頃には既に当たり前に行っていたことであり、本日に至るまで、一日たりとも欠かしたことのない行為であり、一度たりともその存在を疑わず、真摯に信じ続けた、我等人類の創造主の姿。
愚かにも、その創造主と同じ次元へ昇華しようとする、愚かで醜悪な悪鬼羅刹を討ち滅ぼさんために――フローレンス・キューティクルは祈った。
悪を打て――と。
「――【心叶の聖祈】」
雷燼杖・アロンの先端から放たれた――目を焼かんばかりの光の奔流が――天空に打ち上げれられた。
状況解説
シドの落下地点は大聖堂跡地にある聖人墓でした。
そしてフロウが髪飾りとして付けていたスイレンの生花の髪飾りが、カイネとの戦闘の余波で千切れ、風にのって聖人墓まで流れ着きました。
天の国へ入ろうとせず、フロウのことを思い続けて魂だけとなって現世にとどまり続けていたフランシスは、スイレンの花の匂いでフロウの身に危険が迫っていることに気付き、シドにコンタクトを測ります。
シドは届いた声に従い影霊操術を発動させ、フランシスを影霊にし、10年前元勇者パーティの魔術師リリアムから強奪した聖遺物《雷燼杖・アロン》を渡したのでした。
シド「それは流石に無理があるんじゃねェか?」
リン「私はロマンチックでアリだと思います!」




