154 聖女の影霊
前回のあらすじ
勇者パーティの勇者シルヴァンから強奪した《宝剣・バルムンク》により、ソブラから不死性を剥ぎ取った末に斬首することに成功する。
しかしそれはソブラの分身体であり、シドが分身と戦っている間に、はるか上空で影霊術師の奥義――《影門・卍髏の剣》を発動し、シドに叩きこんだのであった。
――背骨の先から脊椎に走る激痛で、意識が戻る。
「かはッ!?」
大地に叩き付けられ、不格好に血反吐で口元を汚しながら、俺は現在の状況を分析する。
「ぜぇ、ぜぇ……ッ!」
不死殺しの宝剣、バルムンクで奴の不死性を剥ぎ取り、首を刎ねることに成功した――はずだった。
だがあれは《分身》で作り出した偽物だった。
俺が偽物と滑稽な剣戟の応酬を繰り広げている間――本物のソブラははるか上空で、悠々と卍髏の剣を発動して力を溜め込んでいたという訳か……。
俺は真上から卍髏の剣を喰らい――そのまま地面に叩きつけられ今に至る。
右腕の魔導義手はまだ動く。
左腕は千切れており、ククルカンの創造の権能でコピーしたバルムンクで切断されたせいで、傷は再生することなく、とめどなく血が流れ続けている。
――HP870/4000
「うあ゛ッッ!?」
立ち上がろうとすると、背中を中心に激痛が走る。
――HP820/4000
起き上がれない。
背骨を中心に全身の骨にヒビが入っているのだろう。
――HP810/4000
――HP800/4000
――HP790/4000
「血が……止まらん……くそ」
溢れ出る血と共に生命力《HP》が流れていく。
傷を手当をするのも10年ぶりか……。
火属性魔法が使える影霊を召喚し、左腕の断面を焼灼させる。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
――HP710/4000
――HP710/4000
――HP710/4000
腐肉の焦げる不快な匂いと引き換えに止血し、出血ダメージによるHPの減少が止んだ。
不老不死となって10年。
不死身故に無茶な戦いを続けていたおかげで、痛みには慣れているはずだった。
しかし――受けたダメージが即座に回復する体質にかまけていた事で、継続する痛みへの耐性が薄れていることを自覚する。
それにしても……なぜ卍髏の剣の直撃を喰らってこの程度のダメージで済んでいるんだ……?
ソブラがどのくらいの影霊を生贄に捧げたかは不明だが、十分なエネルギーを溜め込んでいれば、俺は一撃で骨も残らず消滅していたはずだ。
『クゥン……ッッ』
「ヴァナル……ガンド、お前が……庇ってくれたのか……?」
横を見ると、浅い呼吸を繰り返す、ボロボロのヴァナルガンドが横たわっていた。
どうやら卍髏の剣を喰らう直前、ヴァナルガンドは転移による回避が間に合わないと判断し、俺に覆いかぶさり盾となってくれたのだろう。
そのおかげで、俺は上空から地面に叩きつけられるだけのダメージで済んだという事か。
「ほぅ――まだ生きているのか。じゃあ、もう一発ぶち込んであげよう。出血大サービスだよ」
「クソが……どう見ても出血してんのは俺の方だろ……ッ!」
遥か上空。
ワイバーン型の影霊の背に立って滞空しているソブラの背後に、再び影門が出現する。
開いた門から、黒いエクトプラズムが溢れだす。
ソブラの掲げる剣に纏わりついていき、白紙に一滴のインクを零すように、空の一部が黒く塗りつぶされていく。
「ま、まずい……」
傷が回復しない俺は、背骨を負傷したことで起き上がることすらままならず、ヴァナルガンドも瀕死。
これでは空間転移は出来ない。
「(寝ころんだ状態でこちらも卍髏の剣で迎撃するか……?)」
それも無理だ。
卍髏の剣は発動までにチャージを要する。
ソブラの方が先に発動した都合――どうしても出力に差が出てしまう。
それに俺とソブラでは影に溜め込んだ影霊の量が違う。
俺は10年前に手持ちの影霊を殆ど失ったが、ソブラは影霊操術として、最低でも30年のキャリアがある。
エカルラート、リン、フロウ率いる聖火隊がソブラの影霊を少しずつ減らしてくれているはずだが、現段階で影霊の消費合戦をすれば、今はまだソブラの方に軍配が上がるだろう。
『『『『グオオオオオオオオッッッッ!!!!』』』』
「くそ……ッ! ソブラの影霊か……ッ!?」
次の一撃で確実に俺を殺すつもりなのだろう。
逃げ道を潰すように、周囲を青い瞳の影霊に取り囲まれる。
横たわったまま、俺も影霊を召喚して迎撃するが、だんだんとエネルギーを蓄えていく卍髏の剣への対抗策は未だ見つからない。
「ここまで……か……ッ!?」
全身を駆け巡る痛みに後押しされ、弱気になっていたその時――
〝私を召喚してください〟
――声が聞こえた。
「(なんだ……この声は……?)」
耳からではなく、魂に問いかけるような、不思議な声音。
影?
影の中にいる影霊が呼んでいるのか?
違う――影からではない。
他の場所からの声だ。
〝影霊操術を〟
「(誰だ……?)」
走馬灯というやつか。
何度も死にそうになったことがある故、走馬灯も沢山見た。
だがこんな走馬灯は初めてだ。
〝私の魂を抽出してください〟
出所不明の声が止まない。
こうなればもう、他に手はないのだから――従う他ない。
周囲を見渡しても使える死体はない。
強いて言えば、石材の地面の上に、いつからそこにあったのか、乾燥して萎びた花弁が1枚あるだけ。
カラカラに渇き、指でつまめば砕けてしまいそうだが、仄かに花の香りがする。
これと同じ匂いを俺は――よく嗅いでいた気がする。
「(そうだ……フロウが寄越す手紙と一緒に同封される、花の匂いだ)」
その匂いが、俺の砕けた背中を後押しした。
「影霊――――操術」
その声に従って、影霊操術を発動した。
同時に、上空のソブラが掲げた得物を振り下ろし――深黒の斬撃を放つ。
「終わりだ――影門・卍髏の剣」
――キィィィィンッ!
膨大なエネルギーを溜め込んだ黒の斬撃。
俺を塵一つ残さず消し去る膨大なエネルギーを持った負の砲撃が――命中する寸前。
卍髏の剣が――卍髏の剣以上に硬質な壁に拒まれる音が、響いた。
『…………』
「斬撃が――直前で止まっている……?」
見れば――俺の目の前に、見たことのない影霊が立っていた。
人型――否、生前は人間だったのだろう影霊。
その正体不明の影霊は、俺の前に立って分厚い障壁魔法を発動すると――ソブラの放った卍髏の剣を受け止めたのであった。
――パリィィィィンッ!!
卍髏の剣が消失すると同時に、謎の影霊の展開した防壁魔法も砕ける。
「なッ!? 卍髏の剣が防がれた!? ウィンディーネの障壁魔法如きで防げるハズがない! シド――まだそんな奥の手を隠し持っていたのか!?」
「ちげぇよ――完全にアドリブだ……」
「ならば――さっきより出力を上げれば、流石に防げまい!」
ソブラは三度目の影門を展開する。
同時に――謎の影霊が振り向き、俺の顔を見つめた。
影霊故に、全身は黒く塗りつぶされ、瞳だけが赤く光るのっぺらぼうの相貌。
髪は背まで伸ばした長髪で、聖職者の法衣を羽織ったようなシルエット。
体つきを見るに女性のようだ。
『…………』
影霊化した人間は喋ることが出来ない故、ただじっと俺を見つめるのみ。
だが、俺の真実を見通す瞳が――ウィンドウと共に彼女の正体を明かす。
「そうか……そんなことも……ありえるのか……」
改めて周囲を見渡すと――俺が今いる場所は墓地だということに、今更ながら気付いた。
墓地の下、肉体はとっくに朽ちているはずなのに、まるで誰かを見守り続けるがため、魂だけとなってなお地上に残り続けた霊魂が、俺の影霊操術に呼応して――蘇ったのか。
『…………』
――キィィィン
その影霊は再度分厚い障壁を展開すると――俺に背を向け、とある方向へ目を向ける。
視線の先へ行きたいと言いたげな瞳。
影霊はどういう訳か、自分から俺に声をかけて、召喚するように命じた。
何もかもイレギュラーな影霊。
そして彼女のおかげで俺は窮地を凌げた。
であれば――きっとあの郷愁を帯びた横顔の先に、解決の糸口があるのかもしれない。
根拠などどこにもないが、そんな気がした。
それにもし彼女の正体が、俺の予想通りなら、信憑性も増す。
「これを持っていけ」
俺はボロボロのヴァナルガンドの口に手を突っ込み、彼女に丁度いい得物を投げ渡す。
彼女はそれで俺の意図を察したのか、得物を握ったまま背を向けると、ふわりと浮き上がって戦線を離脱していく。
残ったのは彼女が残した障壁が1枚だけ。
「――影門・卍髏の剣」
影霊の背中を見送りながら、俺もまたソブラと同じスキルを発動する。
掲げる武器は――魔刀・忌緋月。
影霊の総量はソブラの方が多いが――それでも彼女が残した障壁と合わせれば時間稼ぎにはなるはずだ。
「あとは俺1人でなんとか時間を凌ぐからよ、頼んだぜ――」
そう言って俺は、彼女の名前を呼ぶ。
ウィンドウに表示された名前には――こう書かれていた。
「――フランシス・キューティクル」
AIイラスト付きおまけSS19弾です。
人類最強が農業します。
(空白の10年をおまけSSで埋めていくスタンス)
フロウ「ふぅ、書類仕事もひと段落つきましたし、気分転換に聖火隊で育てている畑の様子を見にいきますか」
アルムガルド「ふむ、いい色だ。今年は質も量も申し分ない豊作だな」
フロウ「え……畑に知らない人がいる……!? あの、ど、どなたですか!? ここは聖火隊の畑ですよ!」
アルムガルド「ん? そう言えば素顔を見せたことがなかったな。私だ、アルムガルドだ」
フロウ「アッ、アルムガルド様!? 女性だったんですか!? ていうかなんで甲冑脱いでるんですか!?」
アルムガルド「いや、鎧のまま農作業は蒸れるから……」
フロウ「そんな理由で!?!?」
・聖火隊七不思議
たまに誰も見たことない正体不明の美女が畑を弄っているときがある。




